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ロイドの故郷

リナが聖女の話をした時は事前にテーブルとイスが準備され、紅茶まで飲めるようになっていた。

今回は急遽ということで座る場所もなければ、飲み物もない。

台座に座る王竜の前に立つと、ロイドが急にリナを抱えて台座の上へと登った。

台座の上に降ろされると、淵に腰掛けるように言われる。

「少し話が長くなるだろう。椅子の準備が出来ていればよかったが、何もないから今回はここで我慢してほしい」

事前の準備がなかったことを謝っているようだが、ちゃんと話をしてくれるのだ。そんなことは気にしていなかった。

ロイドが先に座ると隣にリナも座る。足を投げ出すように座るのは、今まで体験したことのない座り方だったので違和感と少しの戸惑いがあった。後ろには2人を見守るように王竜がいる。

「俺がグリンズ王国の出身だということは知っているだろう」

隣に同じように足を投げ出して座ったロイドがまっすぐ前を向いて話し始めた。どこを見ているのかわからない。視線はまっすぐなのだが、見ているというよりどこかここではない遠くを眺めているようで、過去を思い出しているような横顔にリナは黙って話に耳を傾けることにした。

「俺があの国にいた時の身分は、グリンズ第3王子、ロイド=デュ=グリンズだ」

「・・・え?」

黙って話を聞くつもりでいたが、彼の告白に思わず驚きの声を漏らしてしまった。ロイドと出会ってから、彼の立ち居振る舞いを見ていると貴族出身であろうことは推察できていた。剣の腕も考慮すると、どこかの騎士の家系だったのかもしれないと思っていたが、まさか王族だとは思いもしなかった。

王族と暮らしていて、結婚までしてしまったのかと今さらながらに困惑してしまう。

あたふたし始めたリナを見て、ロイドはふっと穏やかに笑った。

「とは言っても、俺はすでに王竜ヒスイに認められた竜騎士だ。第3王子としての身分は捨てている。国としても国王が俺に王位継承権がないことを宣言してくれているから、王族というのは過去の話だ」

竜騎士となったことで王竜に属する者となったロイドは、祖国との縁を切ることとなった。そのためグリンズ王国との関係性を完全になくすために、ロイドの王子としての立場と継承権のはく奪するように国王陛下と取り決めが行われた。

「王族が竜騎士になれるものなのね」

「王竜にとっては人間の身分は関係ない。竜騎士として相応しいと判断した相手なら誰でも竜騎士になれる」

リナの素朴な疑問にロイドが答えると、後ろにいる王竜が喉を鳴らした。

「俺が17歳の時、今から8年前に王竜が新しい竜騎士の選定が始まったという噂を聞きつけて、俺は国を出てここへ来た」

その話は一度聞いたことがあった。ロゼストがロイドのことを話してくれたことがあった。竜騎士になった当時ロイドは誰にも心を開いていなかったとも聞いていた。過去に何があったのかそれを今から聞くことになる。

「国を出るまでの俺は、グリンズ王国で第3王子として過ごしてきたが、その日常ははっきり言って楽しいものではなかったよ」

彼が過去を語り始めると、どこか寂しそうな、疲れているような横顔へと変わっていく。

「俺の父親は現国王だが、母親は側妃だ」

グリンズ王国には正妃と側妃の2人がいるという話は聞いたことがあった。ギュンター王国には側妃という存在がいないので、複数の妃がいることがリナにはよくわからない。

「グリンズは男児が王位継承するという制度があるため、妃が複数いることが認められている」

女児は国王になることができず、どこかの貴族や別の国の王族に嫁ぐための政治的手段にされる。そういう歴史のある国なのだ。正妃が男児を産むことができればいいのだが、男児が生まれないことも考慮して側妃という存在があるらしい。

ロイドはそんな国の側妃の子供だった。

「正妃には2人の王子がいたんだが、国王はさらに国の強化を図るために側妃にも子供を産ませることにしたそうだ。いわば保険だ」

それが男なら王位継承権が発生するが、他の王子に問題が起きた時の予備にできる。女が生まれれば、高位貴族との政略結婚に利用する狙いがあったのだろう。

ギュンターにも政略結婚という概念はあるが、グリンズの方がより厳しい考え方を持っているように思えた。

「側妃は男の子を1人産んだことで、その子供には王位継承権第3位が与えられた。それだけなら何の問題もなかったが、男児が生まれたことを快く思わない人間が王族の中にいた」

「王子が生まれたことは喜ばしいことのはずだけど」

後継者に問題がなければロイドが国王になることはほぼないと言っていい状況だ。高位貴族の令嬢と政略結婚させることで王族としての利点もあっただろう。

側妃も子供が無事に生まれたことに安堵して、王子として恥ずかしくない大人に育てることを望んでいたらしい。

生まれたばかりのロイドはそんなことを知らずにただ母親の愛情を受けて育つはずだった。

「正妃は随分と嫉妬深い人だった。そもそも側妃さえ迎え入れるのを快く思っていなかったらしい」

国王からの愛は自分1人が受ければいいという考えを持った人だったのだ。そのため側妃が迎え入れられると機嫌を損ねていた。正妃はグリンズ王国の侯爵家の1人娘だったらしく、甘やかされて育ったためか、なんでも思い通りにいかないと機嫌を損ねる性格だった。

「側妃と顔を合わせると嫌味や嫌がらせは日常的。さすがに暗殺はしなかったけれど、精神的に追い込むことはしていたらしい」

側妃が嫁ぐと嫌がらせはすぐに始まった。それがエスカレートしていくと、国王は側妃を正妃から離すため離宮を用意した。

「ちなみに俺は母親似だ」

突然の言い方に一瞬首を傾げた、彼の言いたいことはなんとなくわかった。国王は側妃を正妃から離すだけで王族から追放するようなことをしなかった。その理由が側妃の美貌だった可能性が高い。ロイドが母親似なら美しい人であるのは想像がつく。

離宮に居を移すことになった側妃だが、国王は定期的に尋ねてきて逢瀬を重ねたのだろう。

それによって側妃はロイドを身ごもった。

「子供が生まれたことを知った正妃は当然のように激怒したらしい」

ロイドが生まれる前の事なので話に聞いただけのようだが、相当な怒りを正妃が持ったようだ。

側妃がいることを認めなかったのに、子供が生まれたということは国王の愛情を受けていたことになる。国王は国の繁栄のためにも側妃にも子供を産んでもらうつもりでいたが、正妃はそれを許さなかった。

「そこから正妃の嫌がらせが離宮に及ぶようになった。死にはしなくても毒を盛られたこともある」

黒幕が正妃であるとわかっていても、そこに辿り着けないように工夫しながら、側妃へのいじめが続いていった。

「側妃様は何か対応をしなかったの?」

やられてばかりでは、側妃の命にもかかわるかもしれない。ロイドだって危険な中生きていくことになる。国王へ願い出てもいいはずだ。

「証拠がないと正妃を罰せられない。それに協力してくれる人間も限られていた」

城内では正妃の力の方が圧倒的だ。離宮に閉じこもってしまった側妃を助けてくれる人間などほとんどいない。国王はロイドが生まれたことで満足したのか、それ以降離宮に来ること回数が減り、側妃が危険な目に遭っていても確固たる証拠がないためか傍観者となっていた。

「その繰り返しに耐えられなくなったのだろう。側妃は体調を崩して臥せってしまうようになった」

嫌がらせをしてくる正妃に、対応をしてくれない国王。精神的に追い詰められていった側妃は体調を崩して、いよいよ離宮から出られなくなった。

「完全に閉じこもってしまったためか、それ以降正妃からの嫌がらせがなくなった。それはある意味良かったのかもしれない。だが嫌がらせが完全になくなったとは言えなかった」

「どういうこと?」

「今度は側妃の子供に対象を変えたということさ」

そう言われてリナは息を飲んだ。嫉妬に狂った正妃は側妃を苛め抜いただけでは飽き足らず、その子供にまで手を出し始めた。

「とは言っても正妃は何もしなかった。自分の子供たちに、側妃の子供を見下すように言いつけていたらしい」

「それって・・・」

正妃の子供は2人いる。ロイドの異母兄たちだ。彼らにロイドをいじめるように言い含んでいた。

「同じ国王の子供でも、正妃と側妃では立場が圧倒的に違うのだと子供にも躾ける意味があったのかもしれない。だが子供同士のいじめは加減がわからない。俺に敵意が向けられたのは10歳になってからだったから、その頃の男の子というのは言葉や態度ではなく暴力で上下関係を示せる時期でもある」

暴力を振るうことを大人が止めて、なぜ駄目なのか諭すことがなければ王子たちは徹底的にロイドへの力の締め付けをしてくることになった。

「側妃は倒れたままだし、助けてくれる者もごくわずかだ。俺は日々彼らの暴力に抗う術を知らずに生きていた」

それがどれだけ絶望的であっても、ロイドは逃げる手段を知らず、助けを求めるという発想も持てなかった。

今は竜騎士として立派に務めを果たしているため、そんな子供時代を過ごしていたなど想像もしていなかった。

淡々と話していく彼の頬にそっと指を伸ばすと、触れた頬が思っていた以上に冷たかった。

触れられたことでロイドが振り向くが、どこか他人事のような表情をしている。その時の経験を自分の心が受け込めきれなかったのかもしれない。他人事のように切り離すことで、彼は精神を保てているような気がする。

「そんな顔をしなくていい」

「どんな顔?」

「今にも泣きそうだ」

辛いのはロイドなのに、淡々と話す彼の傷ついた心がリナの中に入り込んできたような気がした。代わりに泣いてあげたとしても、ロイドの過去は変わらない。それなら今の彼を支えてあげることがリナの役目だと思う。

触れていた指を離すと、彼の手を握った。

大丈夫なのだと、今はリナが側にいることを忘れないでほしいと願いながら。

「最初は俺も虐められるのを耐えることしかできない子供だった。だが、ある時偶然師匠と出会ってから、俺は身を護る術を学んだ」

それは本当に偶然だったという。離宮の近くで暴力を振るわれたロイドは、痛む体を引きずって離宮へと帰っていた。その途中、当時騎士団に所属していたマルスに声を掛けられた。

ボロボロの子供が最初誰なのかわからなかったマルスは、ロイドの怪我の手当てをして事情を聞いてしまった。そこで側妃の子である第3王子だということを知ったという。離宮には人が寄り付くことがなかったため、当時の側妃とロイドは幽霊のように扱われていた。マルスは何も知らずにロイドを助けたのだ。

「師匠は、俺に剣を教えてくれた。殴られてばかりで反撃することさえわからなかった俺を憐れんだのだろうな」

その時のマルスの心境はわからない。だが彼は傷ついたロイドを放っておくことができなかった。

「それ以降、俺は戦う術を覚え、攻撃されても身を護る方法を学んだ」

剣を教えてもらう中、マルスはロイドの才能に気づいたという。磨けば磨くほどその剣の腕はめきめきと上がっていったのだ。

「15歳になった時、俺は初めて攻撃されてばかりから、反撃をしたうえで相手が戦意を喪失するくらい圧倒的に勝った」

いい加減このいじめを終わらせたいと思ったロイドは、暴力を振るってきた王子を打ち負かした。それもこれ以上力で抑え込むことができないと判断できるほど圧倒的な剣術で地面に叩きつけたという。

そこにはこれまでの仕返しが含まれていたのだろう。

「その後しばらく平和が続いたんだが、今度は暗殺者を雇って襲撃を目論んできた」

自分達の力でどうすることもできないなら、金の力で解決しようとしたようだ。

「それも俺が撃退すると、違うやつを送り込んでくる繰り返しになった」

いつも狙われるようになると、肉体的だけでなく精神的にも追い込まれることになる。

「それと同時に側妃の容態が悪化していった。もうベッドから起き上がることさえできなくなった」

侍女が数名世話をしていたが、一向に良くなる気配を見せず、側妃は弱っていったという。ロイドは剣を持って強くなったが、その代わりのように母親は衰弱していく姿を見せていたのだ。彼の精神も相当削られていただろう。

「このまま年月が過ぎて行くのだろうかと思っていた時に、竜王国で王竜の竜騎士選定が行われ始めたと聞いたんだ」

ロイドが17歳になる直前だったという。それを聞いたロイドは17歳を迎え成人すると同時に竜王国へと旅立った。誰にも何も告げずに向かったのだ。

「竜騎士になれるかどうか正直わからなかったけれど、このままでいるよりはずっといいと思ったんだ。選ばれなくてももう成人しているから竜王国に身を置いてもいいだろうとも考えていた」

実質国から逃げる形になったが、それでもロイドは王竜に会って自分の力がどこまで通用するのか確かめてみたいという気持ちもあったようだ。どんな風に竜騎士が決められるのか知らなかったため、実力を見せることもあるだろうと思っていた。

しかし、竜王国へ来たロイドは、王竜ヒスイと面会しただけで剣の実力を見せることはなく竜騎士として認められたのだ。

「あっけないくらい拍子抜けする決定ではあったな」

当時を思い出したのか苦笑するロイドに、後ろで話を聞いているヒスイが低く喉を鳴らした。何か文句があるのかと言っているようにリナには思えたが、ロイドは何も反応することなく話を続けていく。

「その後すぐに竜騎士になったことと、国と王家との縁が切れる報告を手紙にして国王へ送った」

すべては決定事項。すでに竜騎士となり王竜に属する者となったロイドは、グリンズ王国が何を言ってこようと竜騎士として生きていくことを決めていた。

「国王様からのお返事は?」

「こちらも呆気ないくらい簡素に了承された。もともと王竜に逆らうようなことは出来ないとわかっていたのだろう。それに後継者もいるのだから、俺を連れ戻す必要もない」

リナは聖女であったことでギュンター王国に連れ戻されそうになったが、ロイドは最初から見放されていた。だからこそ、竜騎士になってもグリンズ王国の反応は薄かった。

「それ以降俺は、自分の生まれ育った国に戻ったことはない。これが俺の竜騎士になる前の話だ」

そう言ってロイドの話は終わりを告げた。


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