買い物の従者
ロイドと結婚してから街に買い物へ行く時はロイド以外の従者が付くようになっていた。荷物持ち兼護衛である。
ギュンター王国の聖女として狙われる可能性があった頃は護衛としてロイドがいつも側にいてくれたのだが、それが解決してからは1人で買い物に行くつもりでいた。だがそれをロイドが許すことはせず、必ず誰かと一緒に行くようにと言われている。
ロイドも神殿にいる時は一緒に来ることはあるが、基本王竜と一緒に空へと飛んでしまうので、その時はタイトに同行を頼むようにしていた。元傭兵の彼なら護衛兼荷物持ちとして十分活躍できると考えたからだ。
彼も料理の食材を買うために街へ行くことがあったので、簡単に了承してくれた。
ロイドの師匠が登場するという驚きの朝を迎えたが、いつも通りに朝食を済ませたリナは街に買い物へ行くためタイトと神殿の入り口で待ち合わせをしていた。
「お待たせしました」
陽ざしが少しずつ暖かさを含んできていることを嬉しく思いながら空を眺めていると、タイトが小走りに近づいてくる。リナを待たせていたことを申し訳なく思っているのか腰が低い。
リナがギュンターの聖女であることは神殿にいる者たちは知っている。それでも今まで通りに接してほしいと思っていたが、ロイドと結婚したことで竜騎士の妻という立場まで付けてしまったリナは王竜に属する者ということで、神殿の者たちは貴族の女主人を相手にするような態度になっていた。
いつも通りでとリナから要望を出してはいるのだが、冬を越えようとしている今でも皆どこか距離のある雰囲気を持っている。
それを少し残念に思いながらも、近づいてきたタイトに笑顔を向けた。
「それほど待っていないから大丈夫よ。それにもう1人まだ来ていないから」
護衛を兼ねてのタイトの同行はいつものことだが、今日はもう1人一緒に街へ行く人物がいたのだ。
「新人なのだからリナ様より早く来るべきではありませんか?」
「気にしていないわ。私が早く来ただけだから。それにまだ慣れていないことが沢山あって大変なようだから仕方がないわ」
現れていない人物にタイトが文句を言っていると、バタバタと慌てたような足音が廊下から響いてきた。
「お、お待たせしました」
「時間ぴったりよ、ゼオル」
息を切らせてやって来た男性はギュンター王国で聖女選定が行われた時にリナの監督神官をしていたゼオル=ヘルシークだ。
「お前は新人なんだから、リナ様より先に来て待っているくらいじゃないと駄目だろう」
タイトは元傭兵ということで、新人は先輩よりもなんでも先に行動できなければいけないという考えを持っているようだ。実力主義の傭兵団の中で生きてきたためか、新入りのゼオルには厳しくしようとしているのだろう。だが彼は元ギュンターの神官だ。タイトとは生きてきた世界が違いすぎる。
「申し訳ありません」
それでもゼオルも環境に馴染もうと努力していることが伝わってくる。
「そのくらいにして、街に買い物に行きましょう」
リナが口を挟むとタイトは何も言わずに先に歩き出した。その後ろをリナがついて行くと、ゼオルは背中を丸めるようにしょぼくれた態勢で後をついてきた。
「少しはここの生活に慣れたかしら?」
暗い顔をしている彼はどこか疲れているようにも見える。
「ここではすべて自分でやらなければいけませんので、覚えることもやることもたくさんあります」
つまり、まだまだ慣れていないということのようだ。だが、これも彼の使命のようなものでもある。早く慣れてもらうしかない。
リナがギュンター王国に戻ることなく聖女でありながら竜王国に残ることが決まると、聖女としてどうしてもやらなければいけない結界の強化のため一度神殿で祈りを捧げたことがあった。
祈りは無事に通じたようで結界は保たれたが、聖女の祈りは年に1度は必ず神殿で行わなければいけない。そのためリナはギュンター王国との連絡を欠かしてはいけないと思っていた。
もしも結界に何か問題が起きた時にすぐに駆け付けられるようにするという意味もある。それにそれ以外で聖女が必要になった時すぐに連絡ができるようにしておかないといけない。
だがリナが神殿や王家と直接連絡を取ると、周りにリナが聖女であることを勘付かれる可能性があったため、監督神官をしていたゼオルを挟むことをリナが提案したのだ。
彼は聖女を自由に利用しようとしていた神官たちから脅されていたとはいえ、リナの誘拐に協力した罪として、神殿を追放されることになっていたのだ。大神官が他の神官たちの処罰を罪人として牢屋送りを決定した中、彼は温情を受けての追放処分だった。
反省もして自分の罪と向き合っていたゼオルだったからこそ、リナは竜王国で迎え入れて連絡役にすることにした。
手紙でのやり取りは神殿側とゼオルのやり取りにすることで周りの目を欺き、本当は神殿とリナのやり取りが行われる。
色々と神殿との調整をするためすぐには竜王国へ来ることができなかったゼオルだが、目隠し役としてやって来たのは1か月前のことだった。
それからというもの、彼はまず竜王国の神殿での生活に馴染むことから始まった。
「ロゼストは厳しい人ではないから、それほど苦労していないと思っていたけれど、仕事量が多いのかしら?」
「ロゼスト様は穏やかな笑顔で、丁寧に教えてくれます。私がそれに追いつけていないだけです」
ギュンターで神官をしていたことを考慮して、ゼオルには竜王国の神官としての職を用意した。
たった1人しかいなかったロゼストの部下になったのだ。
すべての説明をしてあったのでロゼストもすぐに受け入れてくれたが、彼1人で抱えていた仕事を分け合える相手ができたことで、ゼオルは到着早々に仕事を与えられていた。与えられた仕事は一生懸命こなしているようだが、その頑張りが過ぎるところがあるようで竜王国に来て数日で彼は疲れた顔をするようになっていた。
心配したロゼストが息抜きを提案しても、ゼオルは仕事の手を抜かない。
リナをギュンターから追放してしまうという失態を犯した罪悪感が彼の中にはまだあるのだろう。これもすべて自分に課された試練だと思い込んで仕事をしている節がある。
リナは国外追放を全く気にしていない。ずっと抱えていた公爵令嬢という枷をもぎ取られる形になったとはいえ、身が軽くなったことを幸運に思う方が大きい。
「これからも精進していくつもりです」
意気込むゼオルにリナはもっと落ち着いて周りを見られるようにと思いながら口を開いた。
「無理をしては駄目よ。あなたはギュンター王国との繋がりなのだから、身体を壊されてはここへ来た意味がなくなるわ」
「しっかりとした食事と休息。それに体力づくりはしないといけない。自分の体の管理もできないようなやつが、仕事だけ頑張っても周りに迷惑をかけることになるぞ」
先を歩いていたタイトは話を聞いていたようで、前を見つめながら足を止めることなく話しかけてきた。
「私は、そんなに倒れそうに見えますか?」
2人の言葉が響いたのか、ゼオルは自分の胸に手を当てて問いかけてきた。追い込んでいる自分では危機的感覚が鈍いのだろう。リナは微笑むと頷き、タイトは振り替えてため息をついた。
「大変な時は周りに声を掛けていいのよ。困っているのを放っておくような人たちはここにはいないわ」
リナも訳ありで神殿に足を運んだ1人だ。ただ王竜を見られればそれでよかったのだが、彼女の事情を知らなくても、知った後でも神殿の者たちはリナを受け入れてくれた。
「・・・以後気を付けます」
そう言った後ゼオルはしばらく何も話はしなかったが、納得はしてくれたのか疲れたように背を丸めていた姿勢が今は伸ばされていたことで、とりあえず大丈夫ではあるだろうとリナは結論付けた。




