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ある日の訪問者

いつも通りの朝。

いつも通りの時間に目が覚めて、今は冬が終わりかけということで少しだけ暖かさを感じられるようになってきたと思った。それでもまだ寒さはあるため今朝の訓練には必ず厚手のマントを持って行くべきだと考えた。

そんなことを寝起きから考えている自分に少し呆れながら半身を起こすと、ふと隣を見下ろした。

そこには布団がこんもりと膨らんでいる。布団をどければ、今度は毛布にくるまったリナが見えるはずだが、さすがにそんなことはしない。彼女は竜王国よりも南のギュンター王国出身ということで寒さにあまり慣れていないのだ。毎朝ロイドの方が先に起きるが、彼女は毛布にくるまって暖を取っている。厚手の布団をかけているが、それでも寒いのだろう。

ロイドという存在が隣に寝ているのに、毛布を優先していることが少し寂しく感じることがあるが、一緒に寝る回数を増やしていけば、そのうちロイドに抱きついた方がいいとわかってくれるだろう。いつか必ず毛布に勝つのだと内心思っていることは内緒にしている。

「・・・おはよう」

まだ夢の中の妻にそっと朝の挨拶をしてからベッドを抜け出した。

カーテンが引かれているためはっきりと外の様子は見えないが、今の時期だと日の出には少しだけ早いようだ。

それでもロイドのいつもの日課は変わらない。天候が悪くなければ神殿の庭で剣の鍛錬をするのが日常なのだ。

着替えを済ませてからベッドを覗くと、毛布の隙間から妻の茶色の長い髪がシーツに広がっている。その一房を掬い上げてキスをしてから隣の部屋へと移った。これも毎日の習慣となったが、目を覚まさないリナはきっと知らないだろう。

それが少しだけロイドに背徳感を持たせていた。

部屋を出て廊下の窓から空を窺うと、太陽の光が届いていない暗い空が広がっている。雲があるようには見えないので晴れた朝になりそうだ。

裏庭へと出られる大きな窓を開けて広い庭の中央へと歩みを進めた。

神殿は他国の城より大きいが、何もない庭も広い。王竜が楽に降りられる広さを作ってあるのだ。基本的に王竜の間に降りたつが、庭に降りることもある。その時に風を巻き起こすため、花壇は作られていない。突風で花が飛ばされたり、東屋を作ったとしても破壊されてしまう可能性があるのだ。

ただ広いだけの庭に立ったロイドは持って来たマントを地面に置くと、静かに剣を鞘から引き抜いた。

呼吸を整えて意識を集中させながら構える。

ゆっくりとした動きで剣筋を確認するように振っていく。その後に素早く振り下ろした剣がぴたりと空中で静止する。今日も問題ない体の動きと剣捌き。

呼吸を意識しながら剣を振っていく。

一歩踏み出して片手で剣を横に一線振り払った刹那、ロイドは大きく横へと跳んだ。

それは認識するよりも勘に近い感覚だっただろう。

ロイドが立っていた場所にいつの間にか黒い影が降り立っていて、鈍い光を放つ剣が振り下ろされていた。

あのまま立っていたら頭から斬られていたのは明白だ。

「・・・ふぅ」

黒い影がわずかに笑うように息を漏らした。だがロイドは決して動揺することも迷うこともなく地を蹴り、影へと剣を振り下ろした。

金属のぶつかり合う甲高い音が庭に響く。

黒い影は黒のマントを頭から足先まで纏っているため黒い塊に見えていたが、マントの隙間から見える剣を持つ手ははっきりと人の形をしていた。

さらに力を込めて踏み込むと、相手が剣を使って力を流してしまう。それは一瞬のことだったが、ロイドがそのまま力を込めてしまえばバランスを崩して隙を作ってしまう。剣で力を受け流されそうになると、勢いを殺すことなく斜め前方へと転がった。勢いで起き上がることはせず、片膝をついた態勢で剣を振ると、再び金属のぶつかり合う音が響いた。

ロイドが逃げることを予測していた相手が、剣を振り下ろしてきたのだ。受け止めるような形で剣を交えると、黒マントが大きく後方へと跳んだ。

立ち上がって剣を構えなおすと、一気に距離を詰めるように地を蹴ろうとした瞬間、庭へと出る窓が開かれたことに気が付いた。前方へと踏み込もうとした態勢を後方へと切り替えて黒マントからさらに距離を取った。

相手も別の侵入者が庭へ来たことに気が付いたようだ。先ほどまでこちらに向けていた殺気が霧散している。

ロイドは剣を構えたまま音がした方へと視線を向けた。

そこにいたのは焦ったような顔をして立ち尽くしているリナだった。

着替えをしてちゃんと厚手のコートを羽織っているところを見ると、目が覚めてロイドがいないことに気が付いて庭に様子を見に来たのだろう。

庭へ来るときは必ず寒くならないように一枚羽織ってくることを言っていた。それを忠実に守ってくれていたのだが、今日は庭の様子を窺ってロイドが得体のしれない相手と対峙していたのを目撃して急いで庭に出てきたようだ。

少しずつ太陽が昇ってきているとはいえ、まだ薄暗い中ではあったが、彼女の顔が血の気を失っていることがわかった。

ロイドはすぐに剣を鞘に納めて黒マントへと視線を向けた。

すると相手もわかっているかのように剣を納めた。完全に戦意を失った気配が伝わってくる。

気配だけでそれを確認するとロイドはすぐにリナへと駆けだした。

状況がわからず混乱している彼女はただ立ち尽くしてロイドが目の前に来るまで黙っていた。

「リナ」

優しく声を掛けて頬に手を伸ばせば、我に返ったようにリナが見上げてくる。

「ロイド・・・」

夫婦となってから様付けはしなくなった。最初はぎこちなかったが、今では自然にロイドの名前を呼んでくれるようになったと思っている。

「大丈夫。実戦形式だが、訓練だから」

真剣を使っての戦いを目のあたりにして恐怖を感じたのかもしれない。ロイドの言葉が信じられなかったのか、リナは様子を窺うように黒マントをまだ身に着けている相手へと視線を向けた。

それに気が付いた相手がフードを取る。

「なんだ。新しい使用人を入れたのか」

茶色の髪と瞳に落ち着いた声音。40歳くらいに見える男性は、リナを見て悪びれることなく口を開いた。

「違います」

「違うのか?それなら街に戻れなかった客だったか」

夜になると街へと続く検問所が閉められてしまう。それを逃してしまうと神殿に一晩泊まることになるのだが、その宿泊客だと勘違いしたようだ。

「それも違います」

はっきりと否定すると、男性は首を傾げた。会話をしているとリナがロイドの腕を引いてきた。相手がわからなくて対応に困ると言いたげに見上げてくる。

「紹介する。彼は俺の剣の師でマルス=ミモレトだ」

「お師匠様ですか」

数回の瞬きをしてリナが納得する。先ほどの訓練が本当であったことを理解してくれたようだ。

「それで、師匠に紹介します。彼女は俺の妻でリナ=フローネスです」

「リナ=フローネスです。以後お見知りおきを」

さすがは元貴族。リナは紹介されるとすぐに淑女の礼をして挨拶をした。体に染みついた貴族としての優雅な立ち居振る舞いを見せてくれる。

「・・・・・つま?」

剣の師であるマルスは数回瞬きをすると間の抜けたような声を漏らした。

「報告が遅くなりましたが、結婚しました」

あっさり言うと、マルスはぽかんとした顔をした後、肺に溜まっていた空気がすべて出たのではないかと思う程声を張った。

「妻だってぇぇぇ!」


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