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偽聖女として烙印を押されたら、竜騎士の花嫁に抜擢されました  作者: ハナショウブ
聖女としての決着
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(番外編)ロイドの刺繍

「結婚式は行わないのですね」

寂しそうに確かめてくるロゼストに、ロイドは頷くことしかできない。

「リナの事情もある。大きなことは避けた方がいいだろう。彼女もわかっているから式自体はやらない。その代わり神殿内だけで小さくていいから祝福してもらえると喜ぶと思う」

今は王竜の間にロゼストを呼んで、今後の話をしていた。

リナにプロポーズをして王竜に番として認められて数日。夫婦となったロイド達だが、大きな変化があるわけではなく、いつも通りの日常を迎えていた。

戻ってきてすぐにロゼストと使用人にはリナと夫婦になったことを報告したが、彼らも特に変わることなく生活している。変わったとすればリナと寝室が一緒になったことくらいだろう。彼女が使っていた部屋は私室として使われることになる。

大々的に祝うことができればよかったのかもしれないが、リナはギュンターの聖女であり、本来ならギュンター王国の神殿で聖女として働かなければいけない存在だ。それが聖女でありながら竜王国の竜騎士の妻になった。聖女が誕生したことは公表されたが、リナが聖女であることは非公表とされ、ロイド達も聖女が竜王国にいることを隠すことにしている。派手な動きは避けるべきだと考えた。

「女性だと、結婚式で花嫁衣裳を着るのは憧れだと思います。それができないのは、リナ様は理解していてもきっと寂しい思いをしていると思います」

「それはわかっているつもりだ。だから神殿にいる者たちで小さくていいから祝福の場を設けてほしい」

派手なパーティーはできなくても、神殿の者たちはリナを受け入れ祝福しているのだと伝わるようなことをしてほしいと頼むことにしたのだ。

それが今できる精いっぱいだ。家族とも縁が切れていて、ギュンターの知り合いを呼ぶこともできない。祝福してくれる人が回りにいないのはやはり悲しいだろう。せめて自分達だけはリナの幸せを願っていることを伝えたかった。

「そうですね。できる限りのことはしましょう。アスロには白色の服を調達してきてもらいます。タイトに豪華な料理を作ってもらうのがいいでしょうね。花を買ってきて飾りつけもしましょうか」

ロゼストはすぐに頭を切り替えてくれた。

「どこか広い部屋を用意しましょう」

『ここを使えばいい』

急に聞こえてきた声にロイドは驚いて振り返った。

ヒスイがロイドを見下ろしている。

『ロイドとリナの祝いなら一緒に祝福してやろう』

ヒスイも参加すると言っているのだ。

「王竜の間を使うようにヒスイが言っている」

そう伝えるとロゼストが驚いたように固まった。

この空間は王竜の領域だ。神聖な場所として定められている。そんな場所で小さいながらもパーティーをしていいのだと許可が下りるなど考えもしなかっただろう。ロイドも驚くくらいだ。

「では、この場所で小規模ながらロイド様とリナ様の結婚のお祝いを開くように手配いたします」

驚きを引っ込めたロゼストがすぐに王竜の間を出て行った。数日中にはパーティーが開けるだろう。その時は神殿の全員で祝わなければと思う。そう考えた時に、ロイドも妻に何か贈り物をしたいと思う。

やはり元貴族令嬢なら宝石などのアクセサリーがいいかもしれない。だが、リナは神殿に来た時に資金として貴金属を持ってきていた。それを売り払って生活に必要な物を買ったりしているため、アクセサリーはお金と同様の扱いになっている気がする。ロイドから贈られても嬉しいと思わないかもしれない。

そんなことを考えていると、ゆっくりとヒスイが王竜の間の扉に視線を向けた。ロイドに何も言ってこなかったが、扉が少し開いたことでロイドもそちらに視線を向けると、今考えていた人物が顔を覗かせてきた。

「ロイド、ここにいたのね」

どうやら自分を探して来たようだ。

「何かあったか?」

夫婦となって数日。その前から神殿で暮らしていて生活に大きな変化はないが、不備があればいつでも言ってほしいと伝えてあった。何か困ったことでも起きたのかもしれない。

リナは王竜の間に入ってくると台座に近づいてまずはヒスイに挨拶をした。

ヒスイも応えるように鼻先をリナに近づけて挨拶を交わす。

ロイドが間に入ることはない。言葉がなくても通じ合っているのがよくわかる光景だ。

「ロイドに渡したい物があったの」

夫婦となって呼び捨てで呼んでくれるようになったが、まだ慣れていないのか少しぎこちない。それに関しては少しずつ慣れてもらうしかないだろう。

ヒスイとの挨拶を終えるとリナは手に持っていた物をロイドへと差し出した。

「グローブ?」

ヒスイの背に乗る時ロイドは兜とグローブを身に着ける。

革製のグローブを持っているが、それと同じものをリナは渡してきた。

だが明らかな違いがあった。

ちょうど手の甲に当たる場所に刺繍がしてある。数種類の緑色の糸で縫われたそれは竜の翼のように見えた。

「ヒスイ様の翼をイメージしてみたの。みんなにはハンカチに刺繍をして渡していたけれど、ロイドは別の物がいいと思って、よく使うグローブにしてみたわ。でも、革製だから刺繍に時間がかかって遅くなってしまって」

布よりも硬い皮に刺繍をするとなると力が必要になる。普段の刺繍とは違い、時間がかかるうえに進みも遅い。そのためロイドの刺繍は少しずつ時間をかけて完成させていた。

ヒスイの緑の翼を連想させる刺繍は少しずつ色の違う糸で丁寧に作られているのがわかる。

「ありがとう。大切に使わせてもらう」

彼女の優しさを感じ取ってロイドは心が温かくなるのを感じながら礼を言った。

「俺からも何か贈り物をしたいな。だが手作りはさすがにできないから、何か欲しいものがあったら言ってほしい」

リナのように手作りで返すことはできない。ちょうど贈り物を考えていた時だったので、リナから直接欲しいものが聞けるのはありがたいことでもあった。

「そんな。これは神殿に滞在している間のお礼のつもりでもあったから気にしないで」

結婚する前の話だからとリナは遠慮するが、夫婦となってからの初めての贈り物をしたいと考えていたロイドはリナが欲しいと思うものを贈りたい。

「実は結婚式をしない代わりに神殿のみんなで小さいながらもパーティーを開きたいと考えている」

隠していても知られてしまうのは時間の問題だろう。それよりもリナも一緒にパーティーの準備をした方が楽しいのではないだろうかと思いロゼストと相談していたことを話した。

ロイドとの結婚を祝うものでもあり、神殿の一員となった歓迎の意味も込められている。その説明をしていくと、リナは自分を受け入れてくれることが嬉しいのかにこやかな笑顔をしながら聞いていた。

「それは、楽しそうね。侯爵令嬢の時にお茶会の準備をしたことはあるけれど、いつも指示を出すだけで、自分から動くようなことはしたことがなかったわ」

それが貴族令嬢の普通だ。準備は使用人がやることで、主催者は指示を出して客を迎えるのが仕事なのだ。だがここではもう貴族ではない。招く客がいないので自分達で準備をして自分達で楽しむことになる。

「せっかくの祝い事だ。俺からもリナに贈り物をしたい」

やはり宝石が付いたアクセサリーがいいのだろうか。竜王国にも流通はあるが、他の国のように貴族がいるわけではないため、自分達の富を象徴するような豪華な物はきっとない。売れない物を仕入れてきても仕方ないと行商人たちも理解している。

小さな宝石なら手に入るだろうから、ネックレスや指輪など思い浮かべると、リナは少し考えてから何かを思いついたようだった。

「それならリボンを」

「リボン?」

「はい。ここでの生活は髪を束ねていた方が動きやすいことが多くて。リボンがあるといいなと」

ギュンターの貴族令嬢は結婚するまで長く伸ばした髪をいつも降ろしておく。結婚後はまとめておくのが普通であり短く切るという風習がない。

もうギュンターの貴族ではないので、結婚後にいつもまとめておく必要はないが、束ねるためのリボンは欲しいと思っていたようだ。

「リボンだと束ねることもできるけれど、一緒に髪に結ってお洒落を楽しむ方法もあると聞いたの。髪留めも使えばもっと華やかになるとアスロも言っていたわ」

神殿では唯一の女性であるアスロとそんな話もしているようだ。だがアスロは不器用らしくリナの髪をまとめる技術が足りないらしい。そのためリナは自分でできる範囲で髪を結うつもりだ。

少し不自由をさせてしまっていることを申し訳なく思ったが、彼女はあまり気にしていないようで数種類の色のリボンがあるといいと提案していた。

贅沢を口にせず前向きな妻を迎えることができたことに、ロイドは心から幸せを噛みしめることになる。

そっとリナの腰に手を伸して引き寄せると、驚いたように顔を上げた妻の唇にキスを落とす。

顔を離すと頬を染めて恥ずかしそうにするリナが余計に愛おしく感じる。

「好きなだけ用意する」

「そんなにたくさんは使いきれないわ」

恥ずかしそうにしながらもちゃんと会話はしてくれる。

『番がいて良かったな』

頭の中に響いた声に見上げるとどこか嬉しそうなヒスイと目が合った。

「あぁ、良かったよ」

ロイドは返事をしてから、腕の中で恥ずかしそうにしながらも決して逃げることをしない愛おしい妻の存在を確かめながら、その額にもう一度キスを落とすのだった。

数日後に開かれたパーティーは神殿にいる使用人達に祝われて、リナもロイドも夫婦になれた喜びを噛み締めることとなった。


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