竜王国
ギュンター国の王都を出て5日。馬車を2度乗り換えての長旅は初めてであったが、リナは順調に国境を渡って他国へと入ることができた。
「お嬢さん、もうすぐ王竜の都だよ」
国境を渡ってからは人を乗せる専用の馬車がなかったため、定期的に走っている荷馬車に便乗させてもらう形で目的地までやってきていた。
「都までの馬車がないと聞いた時はどうしようかと思いました。乗せてくれてありがとうございます」
「なに、気にすることなんてないさ。この国ではこれが当たり前なんだよ。この国にしばらくいるなら覚えておくといい」
リナが目指した国はルクテーゼ大陸の中心にそびえたつハンクフ山を中心にした竜が統一する国、竜王国だ。
「一度来てみたいと思っていた国なので、来られてよかったです」
「この国はどこの国とも接しているから行き来はしやすいだろうが、お嬢さんみたいな観光目的は珍しいよ。仕事での行き来か、移民としてくる人間ばかりだ」
山の周囲は森に囲まれ、人が住む場所は切り開いて都が作られた。都以外はとても小さな集落が森の中にいくつかあるらしいが、詳しいことまではわからない。
貴族たちが領地を与えられてそこに大きな街を作って栄えているギュンター国とは全く違う。ここには貴族制度というものが存在していない。
国同士のつながりも希薄で他国と比べると孤立した国になるだろう。だが、それには大きな理由がある。
竜王国は、それ以外の国同士が争いを起こさないように監視するという役目を担っているため、1つの国を優遇したり、逆に冷遇するようなこともしない。
この地に竜が舞い降りて300年、ずっとその体制に変わりない。
そのせいもあって他国との交流が少なく、人は住んでいるので、商売で行き来する者たちは存在するが、観光をしようとする人はほとんどいない。
「他の国から逃げ出して潜伏先として選ばれることはあるだろうが、お嬢さんが犯罪者には見えないし、やましい考えを持って来たとは思ってないよ」
荷物を竜王国に運ぶ準備をしていたコリックと名乗った彼は、突然荷馬車に乗せてほしいと頼んだリナを少し怪しんでいたが、道中で会話をしているうち、リナが好奇心で竜王国に向かっているのだと信じてくれたようだ。
犯罪者ではないが、いろいろと事情を抱えている。屋敷を出た後リナを追いかけてきた神官のこともある。できるだけ見つからない場所を選ぶという意味でも竜王国が良いという考えはあった。
それに、竜王国にしかいない大陸に1頭の竜を見てみたいという好奇心が一番大きな理由で足を向けたのだ。
「信用してもらえたのはよかったです。都に着いたら、神殿に向かいたいのですけど」
「俺は荷物を届けるために商業地区に行くが、そこで降りたら山に向かって歩けばいい。神殿は山を少し登ったところにあるから、少し体力は必要になるぞ」
山に向かって歩くと都を出ることになる。森の中を通って神殿へとつながる一本道をひたすらに歩いていくことになり、その先に竜が棲んでいる神殿が見えてくる。
「明るいうちは大丈夫だが、暗くなると魔物も時々姿を見せるから日没になると神殿への道は塞ぐことになっているんだ。そこだけは気を付けて行くんだぞ」
父親くらいの年齢のコリックは、リナを娘のように思っているのかもしれない。心配していろいろと注意事項を教えてくれた。
「ありがとうございます。時間には気を付けることにします」
まだ昼になる少し前だ。太陽が傾くのはもう少しだけ先なので、今日中には神殿に向かえるだろう。
そんな話をしていると馬車の速度が落ちていった。前方を窺えば高い壁に覆われた竜の都がすぐ目の前に迫っていた。
「ここが竜の都」
竜王国で唯一の街。他国の王都と比べると規模は小さいと聞くが、魔物の侵入を防ぐための強固な壁は、その存在感を圧倒的に放っているように思えた。
街に入るためには出入り口となっている検問所を通らなければいけない。コリックは商売のための荷物を運んでいるため、その許可証を持っている。検問所で許可証を見せて荷台の荷物をチェックされるのだが、今回はリナを乗せていることも報告してくれた。
「名前とここへ来た目的は?」
魔物が出るということもあって、武装した私兵のような人が怪しそうにこちらを見ながら質問してくる。
「リナです。観光目的できました」
「観光?」
眉間に皺が寄る男に、嘘は言っていないのでリナは平然としている。
「竜を見てみたいと思って来ました」
「・・・竜を?」
眉間の皺がさらに深くなる。怒っているというより困惑している表情だ。竜を目的に観光する人間を見たことがないのかもしれない。コリックも珍しいと言っていた。
「とりあえずこちらにサインを」
複雑な心境を抱えているのか、顔に出ている私兵は書類にサインを求めてきた。
伝えたとおりにリナというサインと観光目的を記載する。ブラウテッド侯爵家を追い出されたのでもう名乗ることはない。今のリナはただのリナだ。
「竜を見たければ神殿に向かいなさい。日没には道を塞ぐから、その前に街に戻ってくるように」
コリックから聞いた話を私兵もしてくれ許可が下りた。
街の中は思っていた以上に賑わっているように見えた。人の数が多いのだ。
人々の住む家もしっかりとした造りで、そこで行き交う人の表情も穏やかに見える。いろいろな国から集まってきた人たちで作られた街ということで、もっとごちゃごちゃとした所なのだろうと思っていた。
「生きていくために協力し合ってきたのね」
ここではここのルールが確立されているのだろう。王竜は存在しているが、王族というわけではなく貴族制度もない。誰かが中心となってこの街の治安を安定させているのだろう。
走り続ける荷馬車はそのまま商業地域へと向かって行く。
「あ。言い忘れていた」
途中思い出したようにコリックが声を上げた。何か検問で不備でもあったのかと首を傾げたリナだったが、彼は笑顔でこちらを向いた。
「ようこそ、竜王国の竜の都へ」
歓迎の意味を込められた言葉にリナは一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに笑顔になった。