王都の買い物
リナの祈りは聖女の証を示すように結界の強化に繋がった。
大神官が確認して弱まってきていた結界が元に戻ったことを告げてくれた。
リナ自身結界が強くなったことを肌で感じていたので、これでギュンター王国の守りは万全となった。
王都と城を守るように張られた結界が強化されたことで、それを感じ取れる者たちはすぐに新しい聖女が決まったことを知るだろう。
何もわからない国民には神殿から発表されることで、国が守られているという実感を掴むことになる。
「これで私の役目は終わりです」
リナが聖女であることが証明された。
大神官に後を全面的に任せて、待機していたロイドと合流するとすぐに神殿を後にした。
いつまでも残っていては確実に引き留められることがわかっていたからだ。リナが聖女であることは口外されないとはいえ、神官たちには伝わる。聖女を神殿に留めたいと思う神官はいるはずだ。そこに悪意がなくても、リナは神殿にいるつもりがないのですぐにでも姿を消した方がいいと思っていた。
「思ったよりもすんなり出られたことは幸運だったな」
誰かに声を掛けられるよりも先にロイドと一緒に神殿を出た。その足で街の中に紛れ込んでしまえば神官たちも容易に探せなくなる。
フードを被って顔を隠した状態だが、人々が行き交う道でリナ達を気にする者はいなかった。
「これももしかすると、聖女の力でしょうか?」
「守護と幸運の力だったな」
結界を張るのが聖女の力ではあるが、もう1つ幸運という力も備わっている。どちらも目に見える力ではないが、幸運だったと感じ取れればそれは聖女の力の可能性がある。
誰にも引き留められることなく神殿を出られたのはその力があるからかもしれない。
だがそれを確かめるすべはなかった。
当然追求する気もなかったので、リナはとりあえず神殿から抜け出せた幸運に感謝しておくことにした。
歩いてきた方向を振り返ると神殿は街の建物や行き交う人々によって見えづらくなっていた。
リナが聖女として認められロイドが待つ部屋へと戻ろうとした時、ハーバルは驚くべきことを口にしたことを思い出す。
彼が今回聖女選定に口出ししなかったのは、すべて国王陛下の命令だったという。
「一体どうして?」
「聖女選定を無事に行えば、第1王子が王太子として指名を受けます。その判断基準として役目も持っていたため、私が口出しをすることは禁止されていました。私自身も何か起こるとは思っていませんでしたので、軽い気持ちで了承してしまったのです」
偽聖女という事件が起こり、本物の聖女が国外追放されるなど誰も想像していなかったはずだ。
その騒動が起こった時も、大神官は動けなかった。すぐにリナを保護するべきだったのだが、それよりも先にリナの行動力は上回っていたのだ。
誰にも捕まることなくリナは国外へと出てしまい、ハーバルはその後も静かに成り行きを見守るしかなくなった。
「私の判断ミスでもあります。そのことだけは知っておいてもらうべきだと思いました」
許してほしいという言い訳にしたいわけではないだろう。だがリナには真実を知っておいてほしいと思ったようだ。
「誰もが第1王子が誤った判断をしないと信じていたのでしょうね」
将来国王となる王子が大きな間違いを犯すとは思わなかった。王太子になるための大事な試練でもある。だが皆の期待を裏切るようにリヒト殿下はミルの言葉を信じて行動してしまった。
「今後、ギュンターに関することで困ったことが起こりましたらいつでもご連絡ください。神殿としてできる限りのことはするつもりです」
そう言ってハーバルはリナを送り出してくれた。
聖女の守護と幸運があれば困ったことは起こらないような気がしているが、彼の心遣いはありがたく受け取っておくことにした。
「このまま帰るのですよね」
再び街へと視線を戻したリナは、隣を歩くロイドに確認するように尋ねた。
「どこか寄りたい所があれば寄ることはできる。急いでいるわけではないから街の観光をして帰ることもできるぞ」
リナにとって故郷であるギュンター王国。今度は1年後に祈りを捧げるために来る以外はきっと来ることはない。
行きたい場所や会いたい人がいるのなら今行動しなければいけないとロイドは示してくれていた。
「そうですね。会いたいと思う人はすぐには思いつきませんし、どうしても行きたいと思える場所は特にありませんね」
侯爵令嬢として交流のあった友人や知人はいる。だが、リナは偽聖女として国外追放を受けている身。神殿や王家から正式な発表はまだされていないため、ミルが本当の偽聖女でありリナは冤罪であったことを知る者は少ない。今は偽聖女リナとして会うことになるため、会いに行った友人たちに迷惑をかけることになるだろう。正式な発表が済んで、周囲が落ち着きを取り戻してから会った方がいいはずだ。
そう考えると会いたい人も行きたい場所も思いつかなかった。
「侯爵家の様子を見に行くこともできるが」
妹は投獄され、父親は隠居状態で屋敷に引きこもっていると聞いた。おそらく社交界に顔を出せる状態ではないため、そのうち領地に引っ込むだろう。今屋敷に戻ったところでどうしようもない。
ブラウテッド侯爵家は男児がいないためリナがどこかの貴族と結婚して婿入りしてもらう予定でいた。そのリナは国外へ行き、ミルは姉を陥れた偽聖女として捕まっている。養子でも迎えない限り侯爵家は父の代で終わることになるだろう。
縁を切られたリナとしてはもう関係のないことだ。
ロイドの提案に首を振ると、リナは目の前に広がる活気ある街を眺めた。
「それよりもお土産を買って帰りましょう。そちらの方がずっと有意義な時間になります」
竜王国の神殿で待っている使用人達にギュンターのお土産を買ってあげたいと思った。リナのことで随分と動いてくれた人たちだ。お礼も兼ねて喜んでもらえそうな買い物をする方が今はいい。
「ロイド様もギュンターは初めてでしょう。街の案内は出来ますよ」
侯爵令嬢であった時に街へ行くのは馬車を使って自分の足で歩くことがほとんどなかった。それでもどこに何の店があるかくらいは知っている。
ロイドは少し迷うそぶりを見せたが、リナが気を遣っているのだと思ったのだろう。すぐに頷いて手を差し出してきた。
「初めての場所だ。人も多いようだからはぐれないように」
それはリナが迷子になることを心配しての言葉に聞こえたが、きっとロイドが離れて迷わないようにという意味だと捉えることにしておいた。
「はい」
手を重ねれば彼は表情が変わらなかったが、どこか嬉しそうな気配だけは感じ取れた。
「まずはどこへ?」
「ギュンターでしか食べられない物を食べましょう。お腹を満たしてからみんなのお土産を買いたいです」
結界を張るのは聖女の力が必要だが、体力と精神力も削られることを知った。
神殿から解放されたことで実はお腹が空いていたことに気が付いた。腹ごしらえをしてからでも買い物はできる。
まずは食事からと提案すると、意外そうな顔をしたロイドは苦笑してからリナを引き寄せて重ねていた手にキスを落とした。
「案内は任せるから、リナの好きなように動けばいい」
「・・・竜王国では食べられない食材を使った物を探しましょうか」
突然のキスにドキドキしながらも、向かうべき店を思い出して歩き出す。
ここは人々が行き交っている街の中。ロイドの行動は明らかに人目を引いたのがわかった。フードで顔を隠していても2人の甘い雰囲気は周囲に伝わる。好奇の視線があちこちから注がれたことに気が付いて、リナはその場を早足に離れることにした。
そんな彼女の心境を知ることなく、ロイドはどこか嬉しそうに手を繋いで後を歩いてくるのだった。




