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行き先は

荷物を手にしたリナはすぐに侯爵邸を出た。

見送りの使用人など当然いない寂しいものではあったが、気持ちは前を向いていた。

今さら侯爵邸や神殿に戻りたいなど思わない。向こうがリナのことを切り捨てて追い出したのなら、こちらももう振り返るつもりはない。

「行く場所はもう決めてあるしね」

国を出たら行きたいと思っていた場所がある。そこを目指すことにしていた。

「まずは街に行って馬車に乗らないと」

歩いていける距離ではない。馬車の乗り継ぎをしながら数日かけて向かう予定だ。

侯爵令嬢であるなら、街に行くまでの馬車が屋敷から出されるのが普通だが、もう侯爵家との縁が切れたリナは当然徒歩で街まで行かなければいけなかった。

「道はわかるから大丈夫でしょう」

実は徒歩で街の中心地まで行ったことがなかった。馬車に揺られての道のりは覚えているので目的の場所に行くことはできるが、どれくらい時間がかかるのかわかっていない。それでも歩くしかないリナはとりあえず気楽に街の中心地まで行くことにした。

「意外とスッキリしているものね」

歩きながらそんなことが口からこぼれた。

我が儘な妹、それを注意せずに甘やかしていた父親。妹の話しか信じない王子殿下。

すべてから縁が切られたのだが、それをリナは重く受け止めていない。逆に肩の荷が下りた気分でいる。

国外追放を言い渡されたが、足取りだって軽いのだ。

リナの気持ちを代弁するように、空を見上げれば青空が広がっている。

不意に遠くから馬車の走る音が聞こえてきた。

リナがいる場所は貴族たちが住居を構えている地域だ。どこかの貴族の馬車が通るのだろうと思って道の端に移動して馬車の邪魔にならないように歩き出す。

だが前方から見えてきた馬車は、リナと距離を縮めていくと急にスピードを落とした。

そして、リナの目の前に停車する。

もしかして知り合いの貴族が挨拶のために止まったのかもしれないと思い、馬車の側面に印字されているのが当たり前の貴族の紋章を確認してみた。

「あっ」

だがそこに貴族の紋章はなかったが、見覚えのある印があった。

5枚の花弁をモチーフにした花の印。聖花を表す文様で、この国では神殿の印になっていた。

扉が開くと、1人の男性が降りてくる。

あまりにも見覚えのある相手に、失礼だとわかっていてもリナは嫌な気持ちになって顔が引きつるのを隠すことができなかった。

「リナ=ブラウテッド侯爵令嬢様」

彼はミルの監督神官をしていた男だ。名前はルクタスとだったはずだ。ミルの愚かな行動の協力者だ。

もう会うことはないと思っていた相手であり、会いたいとも思っていなかった。

「わたしはミル=ブラウテッド公爵令嬢様の監督神官をしていますルクタス=アルタロットと申します」

丁寧にあいさつされても彼に対するリナの印象が変わることはない。

「何か御用ですか?私はこれからリヒト殿下の命令で国を出ることになっています」

ルクタスもその場にいたのだからリナが国を出ることを当然知っている。こんな場所で呼び止められる理由がわからなかった。

「そうでしたか。間に合ってよかったです。実はあの後、ミル様がリナ様への対応が厳しすぎると殿下へもう一度直談判されたのです。聖女となられるミル様の願いですから、殿下も無下にはできなかったのでしょう。リナ様を神殿に戻すように命じられました」

神殿に戻れば、聖女ミルの補佐役にでもするつもりなのだろう。あっさり想像がついてしまって前向きに旅立とうとしていた気持ちに水を差されて気分だ。

「聖女となったミル様の補佐ができるのです。聖女になりたかったリナ様にとっては身近に聖女がいる幸運を味わえることになります」

妹は聖花を咲かせていないのだから聖女ではない。それを一番わかっているリナは、当然補佐役をやりたいと喜ぶはずがない。

「せっかくのお誘いですが、遠慮させていただきます」

リナを陥れた妹や神殿に今さら戻りたいと思わない。

「すでに父からも勘当されていますので、私はもう侯爵令嬢でもありません。自由の身となったので、自分の行きたいところへ行って、やりたいことをします」

はっきり断ると、ルクタスは少し慌てたような素振りを見せた。

「他の聖女候補だった令嬢たちの事なら気にする必要はありません。ミル様が聖女となれば誰も反対する者はいませんから」

この国でも聖女は王族と並ぶほどの重要な存在だ。聖女となったミルが良いと言えば、偽聖女という烙印を押されたリナでも補佐役として働くことは可能だろう。

だが、そんなことをリナは望んでいない。

「一つ勘違いをしているようなので言っておきますね」

この際はっきりさせておいた方がいいと思い、リナは笑顔を向けた。

「聖女選定に選ばれて神殿に行きましたが、どうしても聖女になりたいと私は一度も言ったことはありません。聖女になる可能性があるという認識だけです。別の方が聖女に選ばれたのなら、私は迷いなくその方を祝福します」

偽物であるミルを祝福するつもりはないが。

そう心の中で付け加えてリナは再び歩き出そうとした。ここでいつまでも立ち話をしていては街までたどり着けない。

「ど、どちらに行かれるつもりですか?よろしければお送りいたします」

話は終わったと言うように立ち去ろうとすると、ルクタスが道を塞ぐように前に立った。

馬車に連れ込んでまだ説得をするつもりなのかもしれない。

「必要ありません。侯爵令嬢でもなくなった身です。歩いていきますからご心配なく」

「貴族令嬢であったあなたがいきなり徒歩など疲れるだけです。どうぞ遠慮せずに馬車をお使いください」

そう言って手を伸ばそうとしてきた。

しつこいうえに、どこにも行かせないという態度に腹が立ってきた。もうリナは聖女候補でもないし、侯爵令嬢でもない。突き放したのなら放っておいてほしいという思いが強かった。

不意に暖かい風が頬を撫でたような気がした。とても優しくて耳元を掠めていった風に一瞬気を削がれたリナは、目の前に手を伸ばしてきていたルクタスが突然バランスを崩したことにすぐに気が付けなかった。

意識が彼に向いた時には、大きく体を傾けた彼が態勢を立て直そうと数歩横にふらついたのだが、バランスを保てなかったようでそのまま転んでしまった。

もちろんリナは何もしていない。彼が勝手に転んだのだ。

転んだ拍子に貴族の屋敷を囲う壁があったのだが、そこに勢いよくぶつかっていった。

重い音がして、どこかぶつけたのはすぐにわかった。

そのまま道端に倒れこんで動かなくなってしまう。

「えっ、大丈夫ですか?」

さすがに目の前で転ばれてぐったりされては不安を覚えてしまう。リナは恐る恐る声をかけて顔を覗き込んだ。

頭でも打ったのか、息はしているが気を失っている。

それを見たリナは介抱するという選択よりもチャンスだと思った。

すぐにルクタスが乗ってきた馬車の御者に声をかけて、彼を神殿に戻して医者に診せるように言う。

「あなた様は?」

事情を聞かされていなかったのだろう。御者はおろおろしながらルクタスを馬車に運び、リナが付いてこないことに首を傾げた。

「私は行くところがあるので、ここで失礼します。彼は気を失っているだけですから心配はないと思いますが、しばらく安静にさせてくださいね」

これで少しは時間稼ぎができるだろう。それだけ言うとリナは荷物を抱えて足早にその場を離れた。

「もう誰にも邪魔なんてさせないわ」

王族も神殿も侯爵家も見放したのだ。リナはこれからのためにただ前を向いて自分の進みたい方向へと足を動かすのだった。


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