手紙
捕まえた神官たちは一晩神殿のホールに転がされていたが、見張りとなる者は誰もいなかった。
ロイドがリナを部屋へと送る前に、彼の意思に王竜ヒスイが呼びかけてきたからだ。
ヒスイは扉が閉じられていても王竜の間からロイドを通して神官たちの話を聞いていた。話が終わったことを知ると、彼らの見張りはヒスイがやると言い出したのだ。
その申し出に驚いたロイドだったが、リナが眠りについたのを確認すると一度ホールに戻って、見張りを交代で行おうとしていた使用人とロゼストに事情を説明して、部屋に戻るように指示を出した。
その後もう一度リナの様子を確認していると、ヒスイが扉越しにホールに残された神官たちに唸り声の脅しをかけているという説明を受けた。
王竜のお膝元で王竜に属する者を連れ去ろうとしたのだ。当然怒りを買ったが、神官たちはリナが竜騎士の婚約者となり王竜に属する者になったことを知らない。
ただただ王竜の領地に足を踏み入れて勝手なことをしたことに怒られているのだと思い、唸り声が聞こえるたびに、怯えた声がホールに響いていたらしい。
とりあえずロイドも休めそうだと判断して、その夜は自分のベッドへと戻った。戻る前に眠っているリナに額にもう一度キスを落としたのだが、それは彼女には内緒にしておくことにする。
一夜明けてホールの様子を確認しに行ったロイドは、そこで何度もヒスイの唸りに恐怖を感じながら夜を過ごし疲弊しすぎて意識があるのかないのかわからない状態で倒れている神官たちを見つけることになった。
「少しやり過ぎたんじゃないか?」
『これくらいは手加減している』
頭の中に返ってきた声は涼しいものだ。王竜が本気で怒りをぶつけてきたら、人など一瞬で気絶してしまうだろう。手加減したと言われればそうなのだろうが、気を失うことを許されず、一晩ずっと怯えて過ごすのも、精神的には堪えたことだろう。
『リナを苦しめた報いは受けてもらう』
聖女選定で何も悪いことをしていないのに、聖花をすり替えられて偽聖女となり、国を追い出されたリナよりはずっとましだと言っているようだ。
「だけど、国外追放となったからこそ、彼女はここへ来られたというのも事実だ」
神官たちの思惑など蹴散らして、国外追放に気力を失うことなく、リナは行きたい場所へと自分の足で向かった。
そのおかげでロイドは彼女と出会うことができた。ロイドにとっては幸運ともいえる。
そう考えてしまうと傷を負ったリナに対して複雑な心境になってしまうが、その分彼女を幸せにするべきだとも思った。
『リナがここで幸せを感じられるなら、それが一番いいことだ』
「確かに」
ヒスイの言葉に納得していると、後ろから声を掛けられた。
「ロイド様、おはようございます。神官たちの処理に来たのですか?」
まだ朝早い時間ではあったが、ロゼストも起きてきて神官たちの様子を見に来たようだった。
床に転がる屍ではないかと思う姿に驚きはしていたが、どこか納得するようなすっきりとした表情をしている。
「これくらいは反省してもらってもいいと思います」
何があったのかわからなくても、神官たちが疲弊していることに憐れむことはない。
「街に行って、馬車の手配をしましょうか?」
神官たちをギュンターへ送り返す必要がある。街の荷馬車に押し込んで送り返せればいいのだが、リナを連れ去ろうとした犯人だ。勝手に帰れというわけにもいかない。誰か見張りを付けるのが一番だが、神殿の使用人は今は必要最低限の人数になっていた。
「街の警備隊を借りるしかないだろうな。あまり神殿のことで迷惑を掛けたくはなかったが」
街には治安を守るための警備隊がいる。彼らは竜の都とも呼ばれる街全体を魔物から守るという役目も持っていた。彼らには彼らの仕事があるのだ。そこへ神殿でのごたごたに協力してもらうのは気が引けた。
「王竜様がいての街ですから、要請には応えてくれると思いますよ」
「俺から頼めば引き受けてくれるのは予想できるが、人数が多い分人手も必要になる」
どれくらいの人数を割いてくれるのか、これは警備隊のリグストンと相談が必要になるだろう。
『箱を用意するなら運んでやってもいい』
突然聞こえてきた声にロイドは一瞬何を言われたのかわからなかった。
「ヒスイ?」
『全員詰め込んでギュンターまで運ぶくらいはしてやろう』
人手が足りないことに悩んでいたのでありがたい申し出である。
だが王竜は竜騎士以外を背に乗せることをしない。ましてや王竜に属する者となったリナを攫おうとした相手だ。箱に入れろというが、その後どうやって運ぶつもりなのだろう。
『紐を括り付けろ。ぶら下げて飛ぶくらいはしてやる』
どうやら紐で箱を縛ってぶら下げて飛行するようだ。そうなると箱の中の神官たちは空中に放り出されたような状態になる気がした。空に慣れていない人間には辛い体験になる可能性がある。だがそこに配慮するつもりは王竜にもロイドにもない。
「ヒスイが運ぶそうだ。神官たちを入れられる箱とロープを用意してくれ」
「人が入れるサイズとなると、相当大きくないといけませんね。物置にある材料で簡易的な箱を作りましょう」
ロゼストも安全に運ぶことなど考えていない。ただ神官たちをギュンターに運べればいいのだ。
箱作りはタイトと一緒にすぐに取り掛かると言ってホールを後にする。
「準備が出来次第ギュンター王国に飛ぶ。できれば神殿に運びたい。ここで起こったことを書いた手紙も一緒にしておけば、後は大神官が処理するだろう」
『王族には知らせないのか?』
ギュンターの聖女に関わることだ。現国王陛下に知らせるのは必要だろう。だが、神殿の大神官は今回の偽聖女を仕立て上げたことに関して詳しいことを知らないようだったので、まずはそちらに知らせて判断を仰ぐのが妥当だと考えた。その後に神殿から城へと報告することになるだろう。もみ消すようなことをした場合は、再びこちらで動く必要はある。
「まずは大神官の動きを見極めようと思う。あまりこちらから王族に接触するのは避けたい」
王竜は国同士の争いや、竜王国に対して悪意を持った行動をした時に動く。リナは王竜に属する者になったことでヒスイも動きを見せているが、あまり他国に知られるような目立つ動きは避けたかった。
王竜が動いたと知られれば他国が動揺する可能性は十分ある。そして、なぜギュンター王国と接触したのかその理由を探るだろう。
ギュンターの聖女選定に不正があったことや、聖女が国外に出たことを簡単に知られるのは国としても問題になるはずだ。わざわざ混乱や動揺を起こすような真似を王竜がするのも良くない。
「できるだけ穏便に済ませられれば一番だ」
聖女が国を出たことでどこまで穏便に動くことができるのかわからないが、大神官も国王陛下もできる限りのことはするだろう。
『面倒だな』
人間社会の思惑にヒスイは興味がない。ただ国が争いを起こさず大陸全体が落ち着いていればそれでいいのだ。
これが竜と人間の差なのかもしれないと思いつつ、ロイドも大神官へ渡すための手紙を書くために部屋に戻ることとなった。




