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聖女をめぐって

聖花の種は蒔いた日から3日後には芽が出始めた。

その芽は普通の植物の成長とは明らかに異なるスピードでぐんぐん伸びていくと、あっという間に蕾までつけてしまった。

リナはあまりにも早く成長する聖花に呆気にとられながら観察していると、蕾が大きくなっていき、5枚の白い花弁の花を咲かせたのだ。

嬉しさよりも驚きの方が勝ってしまったリナは、しばらく咲き誇る聖花を見つめていた。

そしてふと我に返ると、急いで監督神官のゼオルを呼んだ。

彼はリナが不正をしないように監視するための神官であり、わからないことや困ったことがあった時にも相談する役目になっていた。

ただ、聖女選定の間ずっと監視しているわけではない。

聖女選定をしているとはいえ、同じ部屋に貴族令嬢と神官が2人でいることは憚られる。そのため神官は部屋に入らずすぐ近くに用意された待機部屋にいることになっていた。担当の令嬢に呼ばれた時や、何かの説明をするときに部屋に入るだけと決められていた。

ゼオルを部屋に招き入れると、彼はテーブルの上に置かれた鉢植えで白い花が見事に咲いている聖花に大きく目を見開いて少しの間固まった。

「あの後すぐに聖花が咲いたことを上司の神官に知らせに行きました」

聖花が咲いたことに偽りがないことを証明するため、咲いたばかりの聖花はゼオルの手によって部屋から持ち出された。

監督神官を取りまとめている神官に見せたうえで、本当に聖花であるのか確認を取ることになっていた。

そこにリナが立ち会うことはない。

後は神官たちがやってくれることなので、リナは聖花が本物であるという報せを受けるだけだった。確認が取れれば、神殿で一番広いホールに皆が集められて、聖花が咲いたことと誰が咲かせたのかを報告することになる。

することがなくなったリナは報せが来るまで時間がかかると考えて、その日は部屋で休むことにした。

その翌日、ホールへ集まるように言われた時、なぜか監督神官であるゼオルの姿がなかった。

そして、聖花をすり替えた罪で偽聖女の汚名を着せられ、国外追放させられたのだ。

「僕は聖花を持って上司の神官のところへ行きました。そこですぐに数名の神官たちで聖花が本物であるのか判定することになりました」

ゼオルもリナの監督神官として立ち会うのだと思っていたが、なぜか他の神官に別室に来るように言われたそうだ。

「明かりのない部屋に入った時は不思議に思いましたが、その後すぐ気を失ってしまったのです」

後ろから羽交い絞めにされて布を口と鼻に押し付けられたことは覚えていた。だがそれ以降の記憶がなかった。

「気が付けば部屋に転がっていて、日もだいぶ高くなっていました。リナ様の聖花を発表しているかもしれないと思い、慌てて部屋を出ようとしたのですが扉が開かず、僕はしばらく部屋に閉じ込められている状態でした」

それを聞いて、彼があの場にいなかった理由がわかった。

姿を見せないことに、ミルの協力者なのかもしれないと思っていたが、ゼオルは監禁されて身動きが取れなかっただけのようだ。

「部屋から出された時には、すでにリナ様は神殿を出ていて、僕はすぐに神官数人に囲まれて、とある上司の神官のところへ連れて行かれました」

リナの聖花を報告したときに本物かどうかを確かめる神官の中にいた人物だった。

監督神官を取りまとめる上位神官になる。その男の前に連れてこられたゼオルはそこで聖花を巡って何が起こったのか知らされた。

「リナ様の聖花は、リナ様が咲かせたのではなくミル=ブラウテッド様が咲かせたことになっていました。リナ様は妹が咲かせた聖花を盗んで自分が咲かせたように報告したと聞かされました」

それが事実なのだと神官は言ってきた。ゼオルが見たものはすべて嘘なのだと圧力をかけられたのだ。

「どうしたそんなことをしたのか、僕はわからなかった。でも、否定すれば神官としての立場が失われ、神殿を追い出されることになる。それだけならまだしも、命の保証もあったかどうかわかりませんでした」

その時のことを思い出しているのか、ゼオルは肩を震わせていた。彼にとっては命を左右する脅しがあったのかもしれない。そこまでして聖女をミル=ブラウテッドにしたかった神殿の狙いは何だったのか。

「ミルを聖女にするメリットは何なのですか?」

ミル自身はリヒト殿下の恋人として将来の王妃を夢見たいたようだが、そこに聖女という役目まで手に入れたいという欲が出たようだった。だが、彼女1人で聖女になれるはずがない。それを手助けした神殿側が一体何を考えていたのか、それを聞くいい機会だ。

「ミル様の監督神官をしていたルクタスが話していました」

頭を強打して未だに悶えている彼に視線を向ける。こちらの話は聞こえているようだが、痛みが勝っていて声が出ない様子だ。

「あの方は利用しやすいと言っていました。自分の我が儘を通すことができれば他のことは何も考えていない。操り人形としてちょうどいいと」

ミルはただ聖女という称号さえあればいいと思っていたのだろう。だからこそ簡単に利用された。

「そして、今回のことに加担した神官たちは、聖女を裏で操れるようになることを望んでいました」

「聖女を操る・・・」

胸の奥がざわついた。聖女は国にとって重要な存在だ。そのため王族と同等の扱いを受ける。

神殿の管轄になるとはいえ、神殿では大神官よりも地位は上ともいえる。

その聖女を自分たちの意のままにするために、今回のことが起こったようだ。

「聖女選定を機に、自分達の手の中で転がる聖女を生み出したかったようだな」

黙って話を聞いていたロイドが口を開くと、周りにいた神官たちを見回した。誰もが目を合わせないように視線を逸らしていく。ここに居る神官たちはすべて聖女を操り人形にしようと考えていた者たちだ。

「でも、そんな簡単に出来るとは思えないわ。ミルが聖花を咲かせていれば簡単かもしれないけど、実際には私が聖花を咲かせたわけだし」

「協力していた神官たちは、自分達にとって利用しやすそうな貴族令嬢の監督神官になっていました。その中の誰かが聖花を咲かせられれば問題ない。ただ、他の令嬢が咲かせた場合は今回のようにすり替えと、監督神官を脅したうえ、偽聖女の汚名を着せられた令嬢を拘束するつもりでいたようです」

拘束された令嬢は自分が本物だと訴える。だが誰も取り合ってくれない。精神的に追い込んだところで、聖女の補佐として働くなら罪を許すとでも囁くつもりでいたようだ。

本物の聖女は、偽聖女と呼ばれるよりも自分の力で国が守れるならと従うと予想していた。

「随分と行き当たりばったりの計画に聞こえるな」

「聖女を利用する方法として、これくらいしか思いつかなかったのでしょう。そして、実際に聖花を咲かせたのはリナ様でした」

「私が咲かせたことで、身代わりをミルにしたのね」

「ミル様は第1王子殿下と恋仲であることは神官たちも知っていましたから」

それも利用することにしたらしい。王子妃と聖女という両方の立場を手に入れるチャンスとでも言ったのかもしれない。それにミルは深く考えずに乗っかってしまった。

ため息しか出ないリナの変わりにロイドが口を開く。

「ミル=ブラウテッドと神官たちの思惑が利害関係にあったということか」

「はい。それに、上位神官のなかにも今回の協力者はいます」

全員ではないにしても、上位神官のなかには聖花が本物だと確認した後で、リナの聖花がミルの聖花であったと訴える者が必要だった。すり替えは下位の監督神官がするとして、上位神官が訴えれば信用性はぐっと高まる。

「そうやって、リナ様の聖花がなかったことにされました。僕は何もできずただ従うことしかできませんでした」

申し訳ありませんと縛られて動きづらい体でゼオルは頭を下げた。バランスを崩して床に頭をぶつけても彼は黙って頭を下げ続けた。

神殿の思惑がわかったことで、リナは心底ほっとしていた。

それは、あの時自分が聖女だと訴え続けず、すぐに神殿を出た選択が正しかったことへの安堵だった。

そうしなければ今頃神殿の奥で聖女としての仕事をさせられつつ表舞台に一生出られない苦しみを味わっていたことだろう。

ミルが聖女となって、リヒト殿下と婚約していた可能性もある。

「私の行動は神殿にとっては予想外だったのですね」

計画と違う動きをしたリナに、神官たちは慌てたことだろう。

顔を上げたゼオルは疲れた顔で先を話し始めた。

「その場にいなかった僕ですが、リナ様が神殿を出たと聞いて脅されて何もできなかったことを恥ずかしく思いました。リナ様は全員の思惑を蹴散らして行動していたのですから」

「ただあの場に居たくなかっただけです。ミルの性格もわかっていましたし、利用されるのはわかりました。逃げ出したとも言えますね」

聖花を咲かせたのは自分だ。だがそれよりも目の前の危機から逃げることを優先した。妹に第1王子、神官たちの深い思惑は知らない。あの場にいてはいけないという本能だったのかもしれない。

「いいえ、リナ様は最善の選択をしたのだと思います」

「そうですね。あそこで神殿を出なければ、私はここへ来ることができなかったわけですから」

竜王国へやってきて王竜を見ることができた。それだけではなく神殿に留まることになり、竜騎士ロイドのことも知ることができた。お互いに気持ちを寄り添わせ、今では彼の婚約者になっている。ギュンターを出る時はこんな未来が待っているなど考えもしなかった。

ロイドに視線を向ければ、彼は愛おしそうな視線をリナへと向けてくれていた。それがとても嬉しくて微笑み返すと、それを見ていたゼオルが何かを察したようだった。

「リナ様はもうギュンターに戻ることはないのですね」

何度も戻らないと言っていたリナの言葉を心から信じたのと同時に、諦めたような声だった。

「ギュンター王国に聖女がいなくなった・・・」

「これは神殿と王家が決断した結果です。それを受け止める責任があなたたちにはあります」

憐れむことはしない。リナを追い出したのは第1王子のリヒトだが、彼は国王命令で聖女選定の責任者になっている。彼の言葉は王家の意思と捉えていい。そして、決断した責任もまた王家が取らなければいけない。

「リナ様を利用しようとした神殿側の人間として深く反省します。ですが、どうしてもリナ様にお願いがあります」

リナはもうギュンターに戻らないとわかっていてもお願いしたいと思うことが彼にはあるようだった。

首を傾げて先を促すと、ゼオルは静かに口を開いた。

「僕はリナ様の監督神官をしていたことで、あなた様を説得することができるのではという神官たちの考えで連れてこられました」

リナを捕まえた後抵抗されることは考えていたようだ。そこで監督神官をしていたゼオルを説得係にと一緒に連れてきた。

「僕はこのチャンスを逃さないために彼らについてきたのです」

「どういう意味かしら?」

一緒に竜王国へ来ることがチャンスというゼオルは覚悟した目を向けてきた。

「リナ様に会えるチャンスを逃せないという意味です。僕はリナ様にもう一度聖花を咲かせてほしいと頼むつもりで来ました」

ゼオルの言葉に場の空気が変わったのは、誰もが感じたことだった。


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