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監督神官

「さて、この後はどうしましょうか?」

「ここには牢獄はないし、朝になるまで検問所は開かない。このままここで見張りを立てるしかないだろう」

神官たちを捕まえたのはいいが、その後の対応をロゼストが口にすると、タイトがホールに転がしておくことを提案した。

「外に放り出して魔物の餌にでもなればいいという気持ちだが、襲撃してきた犯人としてギュンターに送り返さないといけないからな」

ロイドがさらりととんでもないことを言ったが、それは聞かなかったことにして後半の意見にはリナも賛成だった。

「神殿ではなく城に送りましょう。国王陛下にギュンターの神官が竜王国へ来て人攫いをしようとしたことを伝えます」

どうしてそんなことをしたのか、その理由もはっきりと明記した手紙を書かなければいけない。

そうなると必然的にリナが聖花を咲かせ、ミルがそれを奪ったこと。ミルの話しか聞かずにリナを国外追放した第1王子の失態も伝わることになる。すべての情報が国王陛下に届けられる。

「陛下は今回のことを何も知らないでしょう。大事な聖女を国の外に追い出すような愚かな方ではありませんから」

ただ、リヒト殿下を聖女選定の責任者に指名したことは過ちだったと思ってもらいたい。

その後の処分は陛下に任せるのがいいだろう。

「あまり他国のことに口出しはしたくない。聖女選定はギュンター国の事情だからな。だが竜王国での出来事は見過ごすことはできない」

ロイドの言葉に神官たちが一斉に肩を震わせて緊張したのがわかった。

竜王国は他国に干渉しない。自分たちの力を誇示するためだけの戦争をしていた時代に王竜が戦争を終わらせるために干渉したことはあったが、それ以降は他国内で何かが起こっても竜王国も王竜も手出しも口出しもしてこなかった。

他国が王竜に敵意を示した時は返り討ちにしていたが、今はそれもなくなりお互いの国の監視をしつつ均衡が保たれている状態と言っていいだろう。

リナはギュンター国出身で聖女選定に関わっていた人間だが、すでに国を出て竜王国の住人となった。それ以上の王竜に属する者として王竜ヒスイから認められている。リナを害することは王竜への敵意を示すのと同じ意味になった。だからこそ神官の侵入も敵として捕らえギュンターに送り返すと同時に抗議をすることが可能になった。

「ま、待ってください。今回の神殿への侵入は愚かな行為であったと認めます。ですが、どうかリナ=ブラウテッド侯爵令嬢と話をさせてください」

その後のことを相談しようとするロイドに、ミルの監督神官をしていたルクタスが声を上げた。両手足を縛られているが口は解放されていたので叫ぶような声がホールに響いた。

ロイドの視線がリナを捉える。どうするかリナの判断を待ってくれていた。

このまま無視してギュンターに送り返した方が楽ではあるが、なぜリナを偽聖女にしてミルを聖女に持ち上げたのか、神殿側の企みをはっきりと聞いたことがなかった。その疑問を今なら聞けるのではないかと思い、リナは小さく頷くとルクタスに視線を向けた。

「私はすでにギュンター国を追放となり、ブラウテッド侯爵家とも縁が切れています。その呼び方はやめてください」

「し、失礼しましたリナ嬢。ですが、我々の話をどうか聞いてください」

きっぱりとリナ=ブラウテッドという存在はいないのだと告げると、ルクタスは怯んだように謝罪してきた。それでも話をしたいと訴えてくる。

「ミル=ブラウテッド侯爵令嬢は聖花を枯らせてしまいました。それによって、聖女候補へと振り出しに戻りました。しかし、我々は聖花が枯れたことで、あの時リナ様が聖花を咲かせたと訴えてきたことが正しかったのではないかと思うようになりました」

あくまでも自分達は被害者だと言っているように聞こえる。ミルに騙されて彼女を聖女として扱ったことが間違いだったと主張したいようだ。

そんな話を信じると本気で思っているのなら、彼らは本当に愚かだと思う。

「ミル=ブラウテッドは数日前にここへ来て、私にギュンターへ戻るように言ってきました。それも、自分は聖女としての立場を取り戻し、私には補佐になるようにというとんでもない要求を突き付けて」

当然わかりましたというはずがない。

「どこまでも私のことを見下して利用しようとしているその根性に怒りよりも呆れるしかありませんでしたね」

どれほど貴族令嬢としての嗜みや品格を教えても聞く耳を持たなかった妹。リナの小言から逃げるために泣いて父親に縋り逆にリナが咎められるようなこともあった。

そんな妹と父親にこれ以上関わりたいなど思うはずがない。

「先ほども言いましたが、私はすでに竜王国の住人です。この神殿で王竜にも認められています。いまさら聖女の可能性があるからとギュンターに戻るつもりはありません」

王竜からは聖女として認められているが、彼らはそのことを知らない。リナが聖女であるだろうと確信にも近い推測だけでここへ来たのだろう。だが、リナは戻るつもりは一切ない。

「聖花が枯れたというのなら、また新しく聖女選定を行えばいいだけでしょう。私はすでにリヒト殿下から偽聖女という扱いを受け、国外追放という処分を受けています。もうギュンターの神殿と関わることはありません」

聖女を探すなら他を当たってくれと言うように突き放す。

「そ、それでは困ります。リナ様が聖女であった場合、国の結界を強化することができるのはリナ様だけです。このままではいつか結界が消えてしまいます」

「それはそちらの勝手な言い分だな」

リナも同じことを思ったが、口にするより先にロイドが口を開いていた。

「偽聖女として勝手に追い出しておきながら、こちらでの生活に馴染んできた頃に突然現れて戻ってきて聖女になれと言う。随分と身勝手な主張をする」

明らかに怒りを含んだ声に、神官たちが体を震わせた。ピリピリとした空気がリナにまで届くが、それを怖いとは思わない。彼は代わりに怒ってくれているだけなのだ。

「やっぱり外に放り出しましょう。魔物の餌になったって関係ありませんよ」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐと面倒なので、口を塞いで放り出します」

アスロが遠慮なく神殿の入り口を示して言うと、タイトが口を塞げる布を探しに行こうとした。

「2人とも落ち着いて。後始末が大変になるので外には出しません。それに、ここで神官たちに何かあったとギュンター王国から責められるきっかけを作ることになるので得策ではありませんよ」

怒りを露わにする2人とは対照的にロゼストは落ち着いた声で説得していく。

「それよりもこのままギュンターに送り返して、神殿の神官が何をやっていたのか、あちらにしっかり理解してもらったうえで今後の国の対応を問う方がいいでしょう」

「そうだな。王竜に対する攻撃とみなすことも考慮していることを伝えた方がいい」

ロゼストの意見にロイドが頷く。

リナはすでに王竜に属する者。そんなリナを攫おうとしたのだから王竜への攻撃と判断されてもおかしくない。それは竜王国への攻撃となり、ギュンターは王竜から報いを受けることになる。

ギュンター王国は聖女の結界で護られている。戦争が起こった時代も結界が守ってくれたことで大きな被害を出さずに済んだのだ。

だが、今は肝心の聖女が不在であり、結界が弱まってきている。そこへ王竜の攻撃が加われば結界がどこまで保たれるのかわからない。

そんな想像ができたのだろう。神官たちの顔色がどんどん悪くなっていく。

「お待ちください。それだけはなんとか・・・」

「国は関係ありません。我々が勝手にしたことです」

「どうかお慈悲を」

神官達が口々に言い募ってくる。

騒ぎ始めた神官たちにうんざりしていると、ロイドは一歩前に進み出た。

次の瞬間、一番近くにいたルクタスの首に鋭く剣先が付きつけられていた。

剣を腰に差しているのはわかっていたが、いつ抜き放ったのかわからないほどのスピード。

ルクタスも一瞬何が起きたのかわからなかったようだが、目の前に剣が付きつけられたことを認識すると叫んでいた声を飲み込んで大きくのけ反った。

その拍子にバランスを崩して後ろに倒れ込む。後頭部を打ったのか、ゴツンと鈍い音が響いた。

気を失ったかと思ったが、痛みの方が上回ったようでうめき声を上げて床の上で悶えている。

「自分たちの状況を理解できていないようだな。自分たちの身勝手さがこの状況を生んだこともわかっていない」

剣先が明かりを反射してきらめくと、騒いでいた神官たちが一瞬にして静かになった。

同時にホールが静寂に包まれる。

「ぼ、僕は・・・」

その静寂を破るように震える声で1人の神官が口を開いた。

まだ何か言うのかと皆が一斉に睨みを効かせたが、リナだけは口を開こうとしている神官を見て彼の言葉を聞いてみたいと思った。

「あなたは、私の監督神官をしていたゼオル=ヘルシークだったわね」

「・・・はい。覚えていてもらえて光栄です」

彼は聖花を咲かせたことを確認した神官だ。リナが不正をしていないことを証言できる人物なのだ。

まだ声の震えはあるようだが、聞き取ることのできるはっきりとした声でゼオルは言ってきた。

「あの時僕は、リナ様が聖花を咲かせたことをしっかり確認しました」

あの時とはリナが聖花を咲かせた時を言っていた。

「聖花が咲いてから、リナ様が神殿を出るまでに何が起こっていたのか、全部お話しします」

ゼオルは何かを決意したようにまっすぐリナに視線を向けて、聖女選定の裏で起こっていたことを話し始めた。


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