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悪あがき

名前を呼ばれたような気がして、リナは少し重く感じる瞼を持ち上げた。

「リナ、起きてくれるか」

最初に飛び込んできたのは間近に迫った美しい顔のロイド。

焦点があった瞬間、心臓が飛び出るのではと思う程の驚きとともにリナは飛び起きた。

「ロ、ロイド様」

悲鳴を上げなかった自分を心の中で褒めながら辺りを見渡せば、まだ日が昇り始める時間でもない真っ暗な闇が支配している。

心臓の音が異常にうるさくて、何度か深呼吸をしていると目が闇に慣れてきた。

「なぜここに?」

ロイドはベッドサイドに片膝をついてリナの様子を窺っていた。

質問をすると、彼は口元に人差し指を当てて、聞き取るのがやっとの声で話し始めた。

「侵入者がいる」

「え?」

「先に気づいたのはヒスイだ。神殿内に許可なくこんな時間に入ってきた者が7名。全員男らしいが、身のこなしが素人のようだと言っている」

暗殺者や偵察者の類ではなさそうだ。

それよりも気が付いたのなら追い出すなり、捕まえるなりする必要があるだろう。

疑問を口にするよりも先にロイドが小声で先を話す。

「おそらくだが、ギュンターの神官だと思われる。君の寝込みを狙う計画なのだろう」

ミルの説得に失敗したことで神殿側が動きを見せたようだとロイドは推察した。

リナをギュンターに連れ戻すためなら、どんな手を使っても良いと考えたのだろう。

「夜の森は魔物の危険があるから街の人は入らない。その危険を冒してまでこちらへ来たようだ」

昼間に検問所を抜けて森の中で夜を待っていた。寝静まった時間を狙って魔物の危険を押しのけて神官たちが動いたようだ。

「すぐに片づけるつもりだが、念のため起きていてくれ。あとで顔も確認してほしい」

神官であるなら聖女選定の時に顔を合わせている可能性が高い。ギュンターの神官だとはっきりすれば、抗議もできるだろう。

「今はここで待機していてくれ。すぐにアスロに来てもらう」

護衛としての役割も果たせるアスロなら安心だろう。それに今神殿で敵を捕まえるための戦力になるのはロイドとタイトしかいない。ロゼストは戦闘向きではないので部屋に閉じこもっていてもらうつもりらしい。

ヒスイは下手に動くと神殿を壊してしまうので、王竜の間で事の次第を見守っているそうだ。

「俺1人でも大丈夫だが、早く終わらせた方がいいだろう」

アスロとタイトは侵入者の気配に気が付いて起きている可能性が高い。すぐに動ける人員を使うのが一番だ。

「気を付けてください」

ロイドが王竜の加護をもらっている竜騎士だとはいえ、絶対に怪我をしないというわけではない。相手は素人集団でも心配はしてしまう。

少し不安そうに言うリナに、ロイドは柔らかな笑みを見せるとそっと近づいてきて頬にキスを落とした。

「すぐに終わらせるから、着替えておいてくれ」

触れられた頬が熱い。暗闇の中でも目が慣れているロイドなら、リナが頬を朱に染めたことに気が付いたかもしれない。

顔を上げた時にはすでに扉の前に立っていたロイドは、一度振り返ってから静かに部屋を出て行った。

「・・・着替えておかないと」

まだ頬に熱を感じながら言われたとおりに寝間着から普段着に着替えることにした。

捕まった神官と対面する時に寝間着で会うのはこちらが恥ずかしい。貴族時代なら寝間着の上にガウンを羽織ればよかったが、ここではそんな物はない。

着替えもできるだけ音を立てないように静かに済ませると、とても小さな音が扉から聞こえてきた。

わずかに扉が開かれると、侵入者かもしれないと緊張が高まる。

身構えるリナをよそに、開かれた扉の隙間から猫耳が見えた。

「リナ様。起きていますか?」

ゆっくりとした動きで顔を出したアスロにほっとする。

「起きているし、着替えも済ませたからいつでも動けるわ」

ベッドに腰掛けて緊張をほぐすと、アスロは素早い動きで部屋へと入ってきた。音を立てないように扉を閉めてリナの目の前に片膝をついた。いつもの使用人のワンピースではなく、動きを重視したパンツスタイルに珍しさを覚えた。

侵入者に気が付いてスカートでは動きづらいと判断したのかもしれない。

「ロイド様とは先ほど会いました。侵入者を捕えるまでここで待機していてほしいということです」

どうやら廊下でロイドと会ったらしい。リナのことを心配してアスロは駆け付けようとしてくれたようだ。彼女の心遣いに感謝しつつ、リナは神殿内の状況を聞いてみた。

「他の人たちはどうしているのかしら?侵入者に気が付いているといいけれど」

「ロイド様以外に会っていませんが、タイトも動いていると思います。ロゼスト様は誰かが知らせていないと気が付いていない可能性もありますが、起きていたとしても部屋からは出ていないと思います」

ロゼストとリナ以外は侵入者に気が付いたようだ。どう動くべきか彼らは把握している。

「侵入者は7人だそうですが、すぐに捕まるでしょうね」

喧嘩を売った相手が王竜であり、その加護をもらっている竜騎士なのだからと自慢げにアスロが説明してくれる。

ロイドが庭で剣の鍛錬をしている姿は見ていたが、実際の戦闘を見たことがない。どれくらいの実力なのかわからなくても、アスロの雰囲気から神官たちは一切太刀打ちできずに捕まる気がした。

少しの心配があったのだが、今は心配する必要がないのだと思い始めている。

ほっとしたように息を吐きだすと、扉をノックする音が聞こえた。

控えめで静かなアスロのノックとは違い、はっきりと聞こえる大きさ。

先に反応したのはアスロだった。

「はい」

こちらもはっきりとした返事をする。

「終わったぞ」

扉が開かれることなく男の声が聞こえてきた。

「タイトが迎えに来たようですね。全部終わったみたいです」

「もう?」

聞き覚えのある声は料理人のタイトだ。ロイドが出て行ったのは少し前のこと。全員捕まえるには少し時間がかかると思っていたが、すべて終わったようだ。

「ホールに全員転がしておいたから、リナ様に顔の確認をしてほしいということだ」

「了解」

アスロが返事をすると扉は開かれることなく、タイトは廊下を歩いて行ってしまった。

「きっとロゼスト様に声を掛けに行ったんですよ」

ロゼストも部屋に閉じこもっているので、終わったことを知らせてあげなければいけない。

あまりの手際の良さに頭が追いつかないリナはもう一度アスロに侵入者が捕まったのか確認してしまった。アスロは口元に笑みを見せて頷いたので、本当に終わったようだ。

着替えをしていたので、リナはすぐに指定されたホールへと向かうことにした。

リナを偽聖女に仕立てて、ミルの影として働かせるつもりでいた神殿の神官。聖花が枯れたことでリナを連れ戻そうとしていた彼らに対面するのかと思うと、廊下を歩きながら緊張しながらも憂鬱な気持ちにもなるのがわかった。

「リナ様、大丈夫ですよ。奴らが何か動きを見せたらこてんぱんにしてあげますから」

隣を歩くアスロが力強く宣言する。アスロが動かなくても、ロイドやタイトが動いてくれる気がする。

それでも心強い言葉に思えて、少しだけ緊張がほぐれた。

「大丈夫。まずは状況を把握して、これからのことを考えないといけないわね」

まずは侵入者がギュンターの神官かどうかを確認する必要がある。神官だとわかればなぜここへ来たのかと問い詰めることになるだろう。リナを連れ戻そうとしていることは予想できるが、彼らの口から言わせなければ、ギュンターの神殿に抗議できない。それと同時に、リナはギュンターに戻らないことも伝えるつもりだ。

もう一度自分の中で手順を確認しながら歩いていくと、広い空間になっているホールへと出た。

神殿の入り口は閉ざされ、正規で入ってきたわけではないことははっきりする。王竜の間も閉ざされているが、きっと王竜はすべてを見透かしているだろう。

「来たな」

ホールの真ん中には黒い服に身を包んだ男たちが転がされていた。ロイドが言っていた7人がいる。

1人1人がロープで縛られて床に転がっているが、全員意識はあるようで、リナが近づくと一斉に彼らの視線が注がれた。

「知った顔はいるか?」

ホールを照らす明かり用の魔法石が壁に等間隔で取り付けられていてホール全体を明るく照らしてくれていた。顔の確認のため明かりをつけたようだ。

全員がこちらを向いてくれたおかげで、それぞれを確認する必要がなくなった。

「名前まではわからないですが、顔はギュンターの神殿で見かけた者たちです。それと、はっきり名前までわかる人が2名」

1人はリナを偽聖女として断罪した時に、ミルの側にいた神官ルクタス。リナが侯爵邸を追い出された時にも連れ戻しに来た人物だ。

もう1人は聖女選定でリナの監督神官を務めていたゼオルという年が近いだろうと思っていた若い神官だった。断罪された時に彼は姿を消していたが、リナが聖花を咲かせたと証言できるため姿を隠していた。

もしかしたら彼は断罪に加担していない可能性も考えたことはあったが、ここに居るということは彼もミル側だったということだろう。

「他の神官の名前まではわかりませんが、どの神官も聖女候補の監督神官をしていました」

聖女候補たちは神殿内を自由に動くことが許されていた。聖花の種をもらい聖花が咲くように祈りを込めながら水をやり、太陽の光を浴びせる以外は基本的にすることがなかった。手の空いた時間は貴族令嬢として交流を深める時間にも使われていたのだ。その時に監督神官も同行することがあったので顔くらいは覚えていた。

リナの言葉を受けてロイドは神官たちを睨むように見渡した。

「ミル=ブラウテッドが説得に失敗したことで、今度は夜中に誘拐するという強硬手段に出たようだな」

「残念でした。リナ様のことは私たちが全面的に守っているので渡したりなんてしませんよ」

アスロが舌を出して言うと、隣に立っていたタイトが凄みを効かせた顔でじっと神官たちを睨んでいる。

戦闘に参加していないロゼストは呆れたような、どこか憐れむような表情をしているだけだった。

その光景を見ていたリナは、これで神殿との関係も切ることになるのだろうと思うと同時に、本物の聖女としてギュンターを守護できなくなったことを少しだけ残念に思うのだった。


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