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決別と覚悟

ヒスイとともに空の巡回をしていたが、途中でヒスイが神殿に戻ると言い出した。

何かあったのかと思うと同時に、頭の中に声が響いてくる。

『リナに客人が来たようだ』

それだけで胸の奥が冷えていくのがわかった。リナの客人と言われて良い方向に考えることはない。彼女は聖女としてギュンターに連れ戻される可能性を持っていて、彼女自身は戻りたいと思っていない。そんな彼女に会いに来た人物がいるとわかれば、おのずと連れ戻しに来た誰かだと想像がついた。

「誰が来た?」

急激な方向転換にも振り回されることなく背に乗ったまま質問する。

『女だ』

ヒスイの情報はそれだけだった。相手を知らないため少ない情報だけが告げられる。

「神官か?」

女性神官なら気を許すと判断したのかもしれない。

それだけリナを連れ戻したいという神殿側の意思を感じた。

幸い飛んでいた場所は神殿からそれほど離れていなかったので、すぐに戻ることができた。

王竜の間でヒスイから降りると、ホールへと駆けていく。

するとそこに待っていたかのようにロゼストがいた。

彼は突然現れたロイドに驚くことなく心得たように片手を上げて近くの部屋を示した。

「あちらにリナ様の妹だという方がいます。2人だけで話がしたいということで、今は話し合いをしているはずです」

視線を走らせると、部屋の近くに2人の護衛らしき騎士。それ以外にもホールに数人の男が点々と立っている。皆突然現れたロイドに警戒の目を向けてきていた。それとは別に姿を隠すようにアスロとタイトが潜んでいるのがわかった。何かあればすぐに駆け付けるつもりでいたようだ。

深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ロイドはリナがいる部屋へと足を向けた。

すると部屋の前に居座っていた男2人が扉を背に並んで立ちはだかった。

「現在お嬢様がリナ嬢と話をしています。邪魔をしないでいただこう」

この2人はロイドが竜騎士であることを知らないようだ。不遜な態度で部屋へ入れないように立っている。さり気なく剣の柄に手を添えて脅しのつもりなのだろうが、ここで簡単に退くロイドではない。

「通してもらおう。ここは王竜の神殿だ。すべての許可は王竜が下す。俺はこの部屋に入る許可を得ている」

「・・・・・」

男たちはお互いに視線を送ってどうするべきかを無言で相談しているようだった。どんな結論になろうと、ロイドを止めていい理由にはならないということを男たちは理解できていないようだ。

面倒だが説明をするべきか、何も言わずにそのまま入るべきか一瞬考えたが、答えはすぐに出た。

いつまでも返事をしない男たちを無視して、ロイドは部屋へ入ろうとした。何よりも優先されるべきは部屋の中にいるはずのリナの安全だと判断したからだ。

「おい」

男の1人がロイドの肩を掴もうとした。その瞬間相手の手首をつかむ手が伸びてきた。

「竜騎士であるロイド様がこの場で一番上位になることがわかっていないようだな」

低い声とともに手首を掴んだタイトが男を押しのけた。強面の顔で凄まれて騎士である男は完全に戦意を失った顔をする。

もう1人も呆気にとられてしまったようで動けずにいた。これで護衛騎士としてやっていけるのかと心配になるほどあっさり扉の前に立ててしまう。彼らのことはタイトに任せて扉を開けると、目の前に驚いた顔を下リナが立っていた。

扉を開けようとしていたのか、片手を前に伸ばしていた。

「ロイド様」

驚いた顔を向けてくるリナにロイドは優しく笑いかけた。

「話は終わったのか?」

訪ねながら彼女の背後に視線を向けると、ソファにから立ち上がろうとしていたのか中腰でこちらを見せ固まっている女性がいた。彼女が妹のミル=ブラウテッドなのだろう。

「遅くなってすまない。君に客が来たという報せを受けて戻って来たんだ」

ヒスイが気づいて駆け付けたことを彼女は気づいていないかもしれない。王竜の話を持ち出すよりも、中腰で未だに動かずにいるリナの妹に視線を向けた。

リナと同じ茶色の髪に、彼女とは違う緑の瞳。顔立ちは姉妹だと言われれば似ているようにも見えるが、そうではないと言われれば似ていないとも言える。

まだ幼さの残るように見えるが、リナを蹴落として聖女の座に着くだけでなく、本物の聖女であるリナを利用しようと画策していた悪女という雰囲気はなかった。人を見た目で判断してはいけないが、自ら計画するよりも利用されて動くことしかできないような印象を受ける。

「彼女がそうなのか」

確認のためにリナに質問してみると、彼女は少し困った顔をして頷いた。

ロイドが到着するまでにいろいろと困ったことがあったようだ。

「あ、あの・・・」

何を言われたのか確認しようとすると、ミルが立ち上がって話しかけてきた。

彼女に目を向けると、瞳を大きく見開いて頬を紅潮させている。その様子にしばらく感じることのなかった嫌悪感がロイドの中に芽生えた。

あの表情を知っている。

ロイドは自分の容姿が異性からどんなふうに見られているのか理解していた。特に初めて顔を合わせると、たいていの女性はミルと同じような反応をする。

一目ぼれとでも言うように胸を高鳴らせ近づくきっかけを探るのだ。そうやって距離を詰めて自分をアピールしてきて縋りついてくる。相手はロイドを見ているというより彼の容姿が気に入ってアクセサリーを手に入れたかのような高揚感に浸りたいだけなのだ。

「私はリナお姉様の妹でミル=ブラウテッドと申します。ここへはお姉様を迎えに来ました」

「迎え・・・」

神殿の神官や王家の使者ではなく侯爵家の令嬢であり、リナの親族を使って来たのだと理解した。

血の繋がった妹ならリナも許してギュンターに戻ると踏んだのだろう。

視線をリナに向ければ、彼女はしっかりとした意思を持ってミルを見ていた。その横顔はすでに答えが出ていることを表している。

内心ほっとしながらロイドはミルへと視線を戻した。

さらに頬を赤らめるミル。こちらは好意的な感情など何も持っていないということを全く想像していないのだろう。

辟易する気持ちになりながらも、ロイドは隣に立つリナの腰に手を伸ばすと彼女を引き寄せて腕の中に収めた。

「悪いが彼女は戻らない。すでに竜王国の住民としてここで生活していくことを決めている。我々もそのことを認めて受け入れている」

絶対にギュンターに行かせたりしない。その決意を表すようにリナを抱きしめると驚きながらも彼女はどこか嬉しそうにロイドを見上げてきた。

言葉はなくてもお互いに気持ちが通じているのがわかる。こんな状況だが、わずかに口角が上がったのは許してほしい。

「そ、そんなことお父様が許したりしないわ」

見つめ合っていると、ミルの引きつった声が聞こえてきた。2人の雰囲気でロイドとリナが恋仲なのだと理解できたのだろう。実際はすでに婚約者という立場だが、敢えて教えてやる必要もない。

先ほどとは違い、顔色が悪いのがわかった。血の気が引いているのか赤かった頬が白くなっている。

「お姉様はブラウテッド侯爵家の長女としてブラウテッド家を盛り立てるために、良縁を結んで侯爵夫人になる予定です」

良縁なんて言葉がよく出て来たなと感心してしまった。貴族の結婚はそのほとんどが政略結婚だ。お互いの意思など関係なく家のために夫婦となり、後継者を設けることが責務となっている。恋愛結婚できる貴族はそう多くないはずだ。リナも侯爵家に居れば同じことになっていただろう。それを良縁だと思うのは本人ではなく侯爵と恩恵を受けられる一部の人間くらいだ。

「何か勘違いをしていますよ」

ロイドが考え事をしている間に、リナが呆れたように口を開いた。

「私はすでにブラウテッド侯爵から絶縁された身。おそらく出て行った後すぐに除籍の書類を貴族院に出しているでしょう。つまり、私はリナ=ブラウテッドではなくなっているはずです」

偽聖女となったリナをいつまでも侯爵家が名前を残しておくとは思えない。まったく関係ない人間にするために一刻も早く除籍をしているだろう。確認はしていなくてもリナには確信があったようだ。

彼女の話を全く聞くことなく追い出したという侯爵ならありえるとロイドも思っている。

侯爵に確認も取らずにここへ来たのだろう。初耳だと言いたげな顔をミルはしていた。今の侯爵家にはミル=ブラウテッドという侯爵令嬢が1人だけになっているはずだ。

「そんなはず・・・」

「偽聖女になった以上、誰も私に関わりたくはないでしょう。国外追放にもなっているので受け入れたいと思う貴族もいない。私は自分の意思で国を出てここへ来ました。そして、自分の意思でこの国に留まる選択をしています」

すべてはリナの強い意志によって決めたことなのだと主張すると、ミルの顔色がどんどん悪くなっていくのがわかった。だが決して可哀そうだとは思わない。自分で招いた結果がミル=ブラウテッドの肩に重く伸し掛かっているだけ。いわば自業自得。

「わ、私はどうすれば・・・」

呟くような一言に、リナは温情など見せることはしなかった。

「ご自分が聖女だと主張するのであれば、国のためにその役目を果たしてください。その先のことはご自分で考えていくことです。私にはもう関りがありません」

足に力が入らなくなったのか、ミルは膝から崩れるようにソファへと座ってしまった。この状態では彼女を部屋から追い出すのに時間がかかりそうだ。

自分達が部屋を出るべきだと考え、ロイドはリナの腰に手を添えたまま扉へと促した。

何も言わなくても察してくれた彼女は小さく頷くと一緒に部屋を出ていく。決して妹を振り返ることはなかった。

部屋を出ると、タイトの背中が目の前に見えた。彼は凄みを聞かせた睨みで2人の護衛騎士を威嚇し続けてくれていたようだ。おどおどとした騎士たちがロイドが出てきたことを確認するとなぜかほっとしたような表情をする。

「話は終わりましたか?」

ロゼストもすぐ近くに待機してくれていたようだ。すぐに声をかけてくると、背を向けていたタイトも振り返って心配そうに視線を向けてきた。

「はい。大丈夫です」

リナのはっきりとした声を聞いて2人ともほっとした表情をする。

「俺はリナを部屋に休ませてくるから、客人のことは任せたい」

「承知しました。あとのことはこちらで処理しますので、ゆっくり休んでいてください」

部屋の中で何があったのか気になっているだろうが、その説明をするよりもリナを早く休ませてあげたかった。そのことを理解しているようでロゼストはすぐに部屋へと入っていき、その後を追うようにタイトも扉を開いて2人の護衛騎士を部屋の中に入るように顎で示していた。

後のことは任せても大丈夫だと判断して、ロイドはリナを休ませることにした。

「歩けるか?」

「これくらい大丈夫です」

覚悟はしていたとはいえ、実の妹が使者としてやってきて対峙することになったのだ。精神的にも疲弊している可能性は十分にある。気遣うように尋ねると、リナは少し疲れたように笑った。

口では大丈夫だと言っていても、やはり決別には相当な力を使っただろう。

「捕まって」

そう言うとロイドはリナを抱え上げた。突然の行動に驚いた彼女は咄嗟にロイドの首へと腕を回して自然と捕まる態勢を取った。

「私、歩けます」

「疲れているだろう。それに、今は俺が君を甘やかせたい気分だから」

辛い時は頼ってほしい。1人で抱え込む必要はないのだとわかってほしくて優しく声をかけた。

「・・・ありがとう」

呟くような小さな声ではあったが、ロイドの気持ちは伝わったようだ。体を預けるようにリナが縋りついてくる。

これですべてが解決したかと言えば、きっとそうではないだろう。それでも今だけはリナが心から休めるようにしてあげたい。そう思いながらロイドはそのまま部屋へと足を向けた。


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