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顔合わせ

「彼は猫獣人のスカイです」

「スカイと言います。ロイド様の指示で神殿の外での仕事が多いため、あまり顔を合わせることがないかもしれませんが、以後お見知りおきを」

神殿での男性用の使用人の服を着たスカイは赤毛の頭に猫耳が見えていた。青い瞳をまっすぐにリナに向けてきたが、どこか探るような視線に感じた。

警戒されているのだと思うと少し悲しい気持ちにはなるが、突然ロイドの婚約者として神殿に住むことになった女性を簡単に受け入れられないのも当然だろう。

「それと、こっちの筋骨隆々な男が、タイト=ドルド。神殿でのすべての料理を担当しています」

「は、初めまして。タイト=ドルドです。みんなからはタイと呼ばれていますので、お嬢様もどうぞそう呼んで下さい」

「こんな図体をしていますが、女性と話すのが慣れていなくてかなり緊張しているんですよ」

見るからにがちがちの体で、呆れたようにロゼストが説明してくれた。

「初めまして。これからお世話になりますリナです。どうぞ皆さん気軽にリナと呼んでください」

すでに侯爵令嬢ではないのだ。お嬢様と呼ばれる立場でもない。先ほどロゼストからリナは神殿で女主人だと表現されたが、ロイドの婚約者という立場もあるが、彼らとは距離のある接し方をしたくなかった。

「リナ様ですね。よろしくお願いします」

直立不動と言うべき姿勢でタイトが返事をしてくれると、スカイは目礼だけだった。

部屋の整理はあっという間に終わり、ロゼストを訪ねると彼はすぐに紹介したいと言っていた使用人との顔合わせをさせてくれた。

他に2名の男性使用人がいると聞いたが、彼らはロイドの指示で神殿を離れているため不在だ。戻って来た時にまた紹介してくれることになっている。

「タイは元傭兵なんですよ。いろいろあってここで調理担当になっていますが、お料理はおいしいですし、腕も立つので、いざという時頼りになりますよ」

隣に立っていたアスロが緊張して未だに動けないタイトの補足説明をしてくれた。

「スカイは少しですけど魔法が使えるんです。ちょっとした火おこしとか、喉が渇いた時に水も提供してくれますよ」

「魔法が使えるの?」

スカイのことも説明してくれて驚いてしまった。魔法師は魔法国にいるものだと思っていたので、こんなところで会えるとは思わなかった。

「確かに使えますが、僕の場合はあまりにも小さい魔法なので、魔法国でやっていくには力不足です」

魔法国は竜王国の北東に位置する魔法師が集まって形成されている国だ。より強く高い魔力を持った者が国の長となり国のすべての魔法師を統制している。ギュンター王国とは全く違う国に、いつか行ってみたいと思っていた。魔法師に会ったこともなかったので、リナにとってはスカイが初めての魔法師との遭遇になる。

「いつか魔法を見せてもらえたら嬉しいわ」

「・・・気が向いたら」

そっぽを向かれてしまった。リナの言葉が気に入らなかったのかもしれない。

少し残念な気持ちでいると、なぜか隣にいるアスロがくすくすと笑っていた。

「興味を持ってもらえて嬉しいけど、素直になれなくて恥ずかしいようですよ」

「アスロ!」

リナの言葉に不機嫌になったのではなく、逆に興味を持ってもらえたことが嬉しかったらしい。だが恥ずかしさもあったのか素直にそれを表現できなくてあんな態度を取った。アスロの説明にスカイはすぐに食いつくように怒鳴った。

その頬はわずかに赤くなっている。

目が合うと慌てたようにスカイは視線を逸らしてしまった。

とりあえずリナのことを嫌っている者はいないようで安心した。

「これからよろしくお願いします」

リナはもう一度挨拶をした。ロイドの婚約者としてここに住むことになったが、ギュンター国の聖女としてこの先ギュンターが何かを仕掛けてくる可能性は大きい。彼らに迷惑をかける時は必ず来る。

ロイドから事情をすべて聞いている彼らは全面的に協力してくれることになっている。

出来れば彼らが傷つかないようにと願いながら、守ってもらえる感謝を言葉に乗せたのだ。

「さて、挨拶はこの辺にしましょう。タイは夕食の準備ですね。スカイは私の仕事を手伝ってください。アスロはリナ様の側にいるように」

ぽんと手を叩いたロゼストが指示を出す。ロイドがいない時は神殿の管理人である彼が使用人を動かす。

「リナ様、お部屋に戻りますか?お茶を用意しますよ」

神殿の中なら安全なのだが、念のためリナの近くに誰かがいるようにしてくれている。基本的に女性という理由でアスロと一緒にいることが多くなった。ただ側にいるだけでは仕事ができないだろうと最初は遠慮していたのだが、どうやら彼女はリナの専属侍女になった気分で側にいるようだ。

「ありがとう。温かい物をお願いしてもいいかしら」

「すぐにお持ちします」

張りきった声でアスロは厨房へと向かおうとしていたタイを追いかけていった。

「いつも誰かが側にいるというのは窮屈に感じませんか?」

リナも部屋へと戻ろうとしたところで、アスロとのやり取りを聞いていたロゼストが声をかけてきた。スカイも一緒にまだいたようだ。いつも誰かの目があるというのは精神的な負担になるのではないかと心配してくれたのだろう。だが、リナはふわりと笑うと首を横に振った。

「貴族だった頃は、侍女がいつも側にいたし、出かけるときは護衛騎士もいて、1人になる時間は限られていたの。これくらい平気よ」

どこにいてもブラウテッド侯爵令嬢として見られていた。いつも側にいて世話をしてくれる使用人を気にするよりも、それ以外の人々の目を気にして神経を使う方が多かったように思える。侯爵令嬢として相応しい振舞いをしなければ一気に噂が広まってリナの評価は地に落ちる可能性もあったのだ。それは侯爵家の評判にも影響する。侯爵家のためにも貴族としての品格を保つことは大切なことだった。

その重要性を妹にも伝えてきたつもりだったが、ミルはリナの言葉を真摯に受け止めることはなかった。

今さらながら過去を思い出して苦笑してしまう。

「リナ様?」

「大丈夫。少し令嬢時代を思い出しただけ」

過去を変えることはできない。今は目の前のことをしっかりやっていくことが重要なのだ。

「まだ残っている作業があるから」

ロイドの婚約者となっても、使用人たちの服の補修は続けている。これくらいしか今神殿で貢献できることが見つかっていないということもある。

「何かあればすぐに声をかけてください」

そう言ってロゼストはスカイを連れて行ってしまった。1人残されたリナは深呼吸をしてからホールの奥に見える王竜の間の扉を見た。

王竜もロイドも今はどこかの空を飛んでいる最中だろう。

王竜の間で話し合って以来、引っ越しの準備や部屋の片づけなどで会えないでいた。

今日からロイドの隣の部屋になるし、何かあれば彼の部屋と繋がっている扉を開ければいい。そう考えながら会いたいなと思う。寂しさが胸の奥にあることに気が付いた。

「戻ってきたら顔くらい見られるわよね」

自分に言い聞かせるようにして気を取り直したリナは、気持ちを切り替えて新しく与えられた自室へと戻ることにした。


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