結界
上空をどれだけ速く高く飛んでいても、ロイドの体に風の抵抗はほとんどない。
すべては王竜ヒスイの加護のおかげだ。竜騎士に選ばれた瞬間から、王竜の力がロイドを護ってくれている。
しかし、王竜から振り落とされないように体を鍛えることはしなければいけない。風の抵抗がほとんどなくても乗るためのバランスはロイドがしなければいけないのだ。ただ乗っているだけでいいというわけではない。竜騎士としての訓練は教えてくれる先生がいるわけでもないので、王竜の呼吸に合わせるように何度も訓練を重ねてきた。
『王都の上に来たぞ』
王竜は存在が認知されれば途端に騒ぎになる。なんの関係もない者をパニックに陥らせないため、雲よりも高い位置で飛んでいた。
そのため下の様子を窺ってみたが、王都と思われる場所はわかったが、あまりにも小さくて王都の中の様子まではわからなかった。
「もう少し近づければいいが」
『どこかで降りて王都の中を見てきたらどうだ』
「いや、俺の容姿も目立つ。とりあえず、結界の確認だけできればいいだろう」
王都の近くで降りて様子を見てくることを提案されたが、ロイドは自分の容姿をよくわかっているつもりだ。珍しい銀髪に一瞬女性ではないかと思わせる整った顔立ち。それが異性を惹きつけてしまうことも。時には同性でさえ嫌らしい目で見てくる始末だ。
顔を隠して街中を見てくることはできるが、できれば避けたい。調査をするなら今神殿にいるスカイが適任だ。スカイには王都というより神殿に関して調べてもらっていた。王都全体の調査が必要なら戻ってからスカイに頼む方がいい。
『結界に歪みはないな。少し弱っているようには感じるが、攻撃を受けなければすぐに消えてしまうことはないだろう』
遠くから見ているだけだが、ヒスイは王都を囲っている結界の様子がわかるようだった。ロイドももっと近づくことができれば結界があるかどうかは感じ取ることはできるだろう。しかし、今はあまりにも距離があり過ぎてわからない。
「聖女が見つかっていないせいで結界が薄れてきているはずだ。どれくらい持ちそうかわかるか?」
『詳しくはわからない。だがすぐには消えないということはわかる』
聖女の祈りを受けて結界が強化されるが、肝心のリナは聖女として認められる前に国を出てしまった。結界を保てる存在がいなくなってしまった今、結界は弱まっていくだけだ。
「王家はこのことに気付いているだろうか」
神殿は聖花が枯れた以上、リナが聖女であった可能性に気づいて動いているはずだ。だが王家は報告が上がっていなければ新しい聖女をミル=ブラウテッドとして今も認識しているだろう。
「神殿と王家、それにブラウテッド侯爵家がどう動いているのか調べたほうがいいだろうな」
外から見ただけでは結界は無事だということくらいしかわからなかった。
「戻ったらスカイにさらに調査をしてもらおう」
彼は隠密行動に長けている。調べることが多いうえに王家の情報まで入手してもらおうとしているのだ。獣人としての能力を最大限に発揮してもらうしかない。
「ここでできることはもうない。神殿に戻ろう」
見つかることはないだろうが、ここに居てもどうしようもない。すぐにでも神殿に戻って結界が保たれていることをリナに伝えたほうがいいだろう。
家族に裏切られ、国を追われてしまったとはいえ、何の罪もない人々が巻き込まれることになったら彼女も心を痛めるはずだ。悲しむ顔はできるだけ見たくない。
できることなら隣でいつも穏やかに笑って幸せを感じていてほしい。
そう考えて、自分は随分と変わったなと思ってしまった。
『リナに会いたいだろう』
竜騎士の心の中まではさすがに知ることができないヒスイだが、まるでロイドの心を読み取ったように話しかけてきて苦笑するしかなかった。
「そうだな。早く彼女に会いに帰らないと」
素直にそれは認める。
「結界は保たれているが今後どうなるかわからないな。もっと情報を手に入れて今後の対策を考えよう」
リナが竜王国にいることはすぐにわかるだろう。誰が迎えに来るのかわからないが、少しでも情報を手に入れて彼女を守れるようにしなければいけない。
ロイドが今後のことを考えていると、ヒスイは王都を旋回して竜王国へと進路を取るのだった。




