ギュンター王国の内情
王竜の間に入るとロイドはすぐに王竜へと呼びかけた。
『すぐに戻る』
ロイドと常に繋がっている王竜はスカイが戻って来たことも把握している。どこを飛んでいるのかわからないが、こちらには戻ってきている途中だろう。
「王竜もすぐに戻ってくる。話は俺を通して聞こえているからそのまま話してくれ」
「わかりました」
一緒に王竜の間へと入ってきたスカイは台座の近くまで歩くと、まるでそこに王竜がいるかのように姿勢を正してから口を開いた。
「頼まれたギュンター王国の調査ですが、いろいろと状況がわかりました」
リナが神殿にやってきて、王竜は彼女の不思議な力に気が付いていた。それが気になったロイドはリナがやって来たギュンター王国で現在聖女の選定が行われていることを思い出した。
どんな風に聖女を決めるのか詳しいことはわからないが、彼女の不思議だという力が何か関係しているような気がして、密かにギュンター王国を調べることにしたのだ。
神殿にいる使用人は複数いるが、その中で密偵が得意な獣人がいる。それがスカイだ。竜王国は王竜に護られているとはいえ、すべてを王竜に頼っているわけではない。他国の動向を探るための人材が神殿にはいるのだ。
王竜が直接動くと目立ってしまうため、密かに情報を集めるための存在だ。
「ギュンター王国では、今も聖女選定を行っています。まだ聖女と断定された者はいませんが、1人だけ最有力候補がいました」
名前はミル=ブラウテッド侯爵令嬢。聖女が咲かせることのできる聖花を咲かせたということで、他の聖女候補より有力視されている。
「ですが、そのブラウテッド令嬢ですが、いろいろと怪しい動きを見せているようです」
「怪しいとは具体的に?」
「どうやら、せっかく咲かせた聖花を枯らしてしまったようです」
「そんなことがあり得るのか」
聖花が枯れた。具体的なことはわからないが大変なことが起こっていることは間違いないだろう。
「その咲かせたという聖花なのですが、それ自体もいろいろと問題があったようです」
「問題?」
スカイは詳しい内容を調べることができたようだ。聖花が咲いた時の状況を教えてくれた。
聖花が咲いたという報告が神殿に上がった時、その聖花を咲かせたという令嬢はミル=ブラウテッドではなかった。別の令嬢が聖花を咲かせたと報告してきたのだ。
翌日王族や神官の前で聖花を披露することになった令嬢だったが、なぜか披露する時になって聖花を咲かせたのはミル=ブラウテッドであるということになっていた。
「変な話だな」
それがロイドの率直な感想だ。
同感だったらしくスカイも深く頷いている。
咲いたはずの聖花はミル=ブラウテッドが咲かせたことになっていて、それを横取りした令嬢が神殿に聖花を咲かせたと報告したのだということになっていた。
「誰も疑わなかったのか」
「神官たちはミル=ブラウテッドの味方だったようです。他の聖女候補たちは戸惑っていて口を挟めなかったのでしょう。それと一番問題視されるべきは、聖女選定を取りまとめている王族です」
聖女を決めることは国としても大事なことだ。ギュンター王国は聖女の守護によって守られている。300年前の戦争でも攻められる側だったにも関わらず多くの国民を守れたのは聖女のおかげなのだ。
「聖女選定を任されている王族は第1王子でした」
「王子はおかしいと思わなかったのか」
聖花が咲いたことは喜ばしいだろうが、そこでひと悶着あったことに違和感があったはずだ。
「それが、どうやら第1王子とミル=ブラウテッドは恋仲にあるようで、彼女の話を真実だと決めつけて結果を出してしまったようです」
スカイが額に手を当ててどうしようもない王子だと言いたげな態度で話した。
咲かせたという令嬢を完全に悪者扱いして国から追放すると宣言までしたそうだ。
「ギュンターは大丈夫なのか」
そんな男が第1王子でこの先国は平和を保てるのだろうかと心配になる。
「相手の令嬢は偽聖女として烙印を押されて神殿を追い出されたようです」
「その令嬢の名は?」
予想が正しければロイドが思っている名前が出てくるだろう。
「リナ=ブラウテッド侯爵令嬢です」
確信へと変わった瞬間だった。確認を取る必要はあるだろうが、竜王国へ来たリナがその侯爵令嬢で間違いない。
「同じブラウテッド侯爵令嬢だな」
「はい。リナが姉でミルが妹です」
「姉妹で聖花を咲かせたと言ってきたわけか」
姉が聖花を咲かせたと聞いた妹が王子か神官に頼んですり替えた可能性がある。だが、王子は恋仲の相手の頼みだからと協力する可能性もあるが、神官が協力する理由は謎だ。それよりもリナを聖女とした方が神殿としてもいいはずだ。
そう考えていると、スカイがさらに話をすすめた。
「リナ=ブラウテッドが神殿を出た後、侯爵家に戻ったようです。ですが、そこで侯爵から叱責を受けたうえ、縁を切られてしまいました」
偽聖女と呼ばれていては侯爵家に泥を塗ったことになる。早々にリナを切り捨てることにしたのだろう。
「彼女の話を誰も聞かなかったということか」
聖花を咲かせたのはリナだ。だが誰も彼女の話を聞かずに一方的に切り捨ててしまった。
彼女の心に深い傷が残ったのは間違いない。
「神殿のその後ですが、王子はミル=ブラウテッドを聖女として扱い始めたようです。しかし、聖女選定はまだ終わっていません」
「聖花を咲かせただけでは聖女とは言えないのか」
「咲かせた聖花を美しいままに1か月以上保ち続けることが必要だそうです。その後、神殿で祈りを捧げて王都を守る結界が強化されたと確認されて初めて正式な聖女となれるのです」
聖女になるための道は長いようだ。正式な聖女として認められないうちに第1王子はミル=ブラウテッドを聖女と定めて扱っている。なんという自分勝手でお粗末なことだろう。これが王子であっていいのだろうか。
「国王は何をしているのだろう」
王子に全面的に聖女選定を任せているとはいえ、あまりにもずさんな行動に目を瞑っているのはおかしいと思えた。
「今回の聖女選定の結果によって第1王子は立太子になれるかもしれないそうです。そのため最後まで口出しをしないつもりなのでしょうね」
それにしても聖女の可能性があるリナを追い出す行為を傍観することはやり過ぎだと思えた。それとも、国王には何か考えがあるのだろうか。
「それに神殿側も、聖女選定で動いているのは神官たちですが、その上の大神官も今のところ何も言っていないようです」
神殿の最高責任者も聖女選定に口出しをしない様子。今回リナが追い出されたことには裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「それで、聖女扱いされているブラウテッド侯爵令嬢に怪しい動きがあると言っていたな」
聖女選定の過程は理解できた。その後の話として、スカイの最初の報告に戻る。
「聖花が枯れたことは言いましたが、枯れたことはブラウテッド令嬢と神官数名だけが知っている事実のようです」
数人しか知らない情報もスカイは調べてくれたようだ。
「第1王子は知らないのか」
「報告が上がっていないようです。そのため王子は令嬢を未だに聖女扱いしています」
聖花は部屋に置かれていて誰でもいつも見られる状況ではない。そのため隠すことは簡単だった。
「だが、1か月後には聖花が美しく咲き誇っていないと、聖女としての次の段階にいけないだろう」
聖女として認められるためにはまだやるべきことがある。
「そのことで、どうやらミル=ブラウテッドは姉のリナ=ブラウテッドを探しているようです」
「姉が聖花を咲かせたと証明している行為に思えるが」
周りにばれないようにリナの行方を捜し始めている。おそらくもう一度花を咲かせるためだ。
「行方を捜しているのなら、そのうちこの場所も特定されるだろうな」
リナがギュンターを出る時に誰かに竜王国に行くことを伝えていれば早く見つかる可能性は高い。誰にも言っていなかったとしても、わからないように竜王国へ来たとは思えなかった。彼女が見つかるのは時間の問題だ。
「直接本人と話をした方が良さそうだな」
『あの娘の力は聖女としての力だ』
頭に直接響く声に天井を見上げると、いつの間にか王竜が戻ってきていた。
ゆっくりとした羽ばたきが風を巻き起こし、ロイドの頬を撫でていく。
「完全に聖女だと判断できるのか?」
『最初は不思議な力程度に思っていたが、日を増すごとに力がはっきりしてきている。聖花を咲かせたことで力が開花したのだろう。安定した力になるまでもう少し時間はかかるようだが、今ならはっきりと聖女の力だと認識できる』
聖女の力は神から与えられたもの。神の使いとされる王竜が気づけるのは当然なのかもしれない。
王竜がリナを聖女と判断できるのなら、本人とちゃんと話をする必要がある。
『本人の自覚はほとんどないだろう。この話をすることで、今後どうしたいのかあの娘の考えを聞くべきだ』
「そうだな。それが一番いいだろう」
王竜の意見はもっともだ。ロイドたちがここで考えたところでリナがどうしたいのか彼女の判断を尊重するべきだ。
聖女としてギュンターに戻りたいと言われたら、背中を押して送り出してあげなければいけない。そう考えた時、胸の奥にわずかな痛みを感じた。それを無視するように軽く頭を振ってみたが、その様子を見ていた王竜は、完全にロイドの気持ちを見透かしていたのだが、そのことにロイドが気が付くことはなかった。




