警備隊長
すべてを買い終えて店から出ると、相変わらずロイドは店の前に立っていた。
声をかけようとしたところで、彼の前に1人の男性が立っていることに気がついた。
「ロイ様とこんなところで会うとは思わなかったよ。妙なところにいたもんだな」
「知り合いの案内でいるだけだ。俺が服でも作ると思っているのか?」
「ロイ様にそんな趣味があったとわかったら、街のみんなが驚いてひっくり返りそうだ」
豪快に笑う男は、ロイドよりも少し年上に見える屈強な体つきをしていた。誰かの護衛でもしていそうな勇ましさがある。茶色の髪に同じ色の瞳、日に焼けた肌は健康そのものと言っていい。
リナが声をかけるタイミングを逃してどうしようかと思っていると、ロイドが振り返った。
「買いたい物はあったか?」
「はい。全部買いました」
目の前の男を完全にスルーするようにリナに近づいて来ると、抱えていた荷物を簡単に奪っていく。
「他に行きたいところは?」
「今日はこれだけ買いに来る予定でした。神殿に戻ってもいいですが、ロイド様に用事があるのなら、今度は私が付き合います」
この会話は街に来ると必ずするようになった。いつもロイドが付き添ってくれていて彼の時間を削っていることに気が付いたリナは、街に来たのなら彼にも寄りたい場所や用事があるのではないかと思った。
「俺の用事はない。昼はどこかで食事をしてから神殿に戻ろう」
これもいつも通りの返事だ。
「わかりました」
リナが返事をすると飲食店のある場所へと彼が案内する形で歩き出そうとした。
そこでリナは先ほどロイドに話しかけていた男が大きく目を見開いてリナのことを凝視していることに気が付いた。
ロイドが彼のことを完全になかったことのように話しかけてきたので、存在を忘れそうになっていた。
「か・・・」
「か?」
完全に視線が合うと、男は大きく口を開いて固まっている。リナが首を傾げてみると、彼は息を吹き返したように声を発した。
「かわいい子じゃないか。噂で聞いていたけど、本当にいたんだな」
何のことを言っているのかわからず戸惑ったリナはロイドに視線を向けたが、彼もわかっていないようで目を眇めている。
「何を言っている」
「そうだよな。本人は噂を知らないよな」
1人納得されてもこちらは困ってしまう。
噂がどうのと言っていたが、今の彼の態度と雰囲気からして悪い噂ではないと思えた。
「わかるように説明してくれないか」
なぜか目をキラキラとさせてリナを見ている男に戸惑うしかなかったが、ロイドが息を漏らしてから説明を求めた。完全に無視するつもりでいたようだが、気になる言葉を発したため対応することにしたようだ。
「悪い悪い。ロイ様が最近女性と一緒に街を歩いているっていう話を耳にしていたんだよ。ロイ様はいるだけで目立つし、女連れなんて今まで一度も聞いたことがなかったから、見間違いか勘違いをしている人の噂だろうと思っていたんだよ」
確かにロイドは目立つ容姿をしている。リナが出会った人たちに銀髪はいなかった。男性とはいえ美人と言う言葉が似合う整った顔立ちもしていた。
そんな彼が案内役とはいえリナを伴って街を歩いていたのは、フードで顔を隠していても気が付く人間はいたのだろう。
興味津々の顔を向けてくる男も、店先にただ立っていたロイドを見つけて声を掛けてきたようだ。
「噂だけしか聞いていなかったから、俺は信じてなかったんだが、実際にこんなかわいい子を連れているなら間違いないな」
頷きながら納得している男はやけに嬉しそうな表情をしていた。
リナはどんな反応をしたらいいのかわからず、ロイドに窺うような視線を向けてみると、彼は真顔で男に視線を向けていた。
「その噂を確かめたくて俺に声をかけたな」
「だって、気になっていたから確認くらいしてみようと思って」
気さくに話す彼はリナに視線を向けるとにこやかに笑った。
「俺はこの街で警備隊長をしているリグストン=エターナだ。困ったことがあったらいつでも声をかけてくれ」
「警備隊長ですか?」
聞いたことのない役職だ。
「彼はこの街全体の警備を任されている。自警団の隊長のようなものだ」
他の国のように国を守る騎士がいるわけではない。竜王国は自分たちが住む場所は自分達で護らなければいけない。腕に自信のある者たちが集まって街には警備隊というものが作られていた。
「他の隊員もロイ様が女性と一緒なのを見かけていたらしいが、声をかけていいのか迷っていたらしいぞ」
特に怪しいことはないのだから、声くらいかけてもいいような気がする。この街では身分差による差別はない。ロイドも貴族出身のようだが、街の人々に声をかけられても嫌な顔などしないだろう。彼は貴族ではなく今は竜騎士なのだから。
「それにしてもロイ様にもやっと春が来たのか。俺としては嬉しい限りだな。大事にしないと駄目ですよ」
どうやらリグストンは1人で物事を納得してしまう癖があるようだ。これで警備隊長をしていて大丈夫なのだろうかと不安に思ってしまう。
「彼女は神殿に滞在している客人だ。余計な詮索はしないでほしい」
リグストンの言っていることに反論することもなく、ロイドは簡単に説明するとリナに歩くように促した。いつまでもここに居ては時間の無駄だと言っているように思えた。
「えっと、良かったのですか?」
立ち去ろうとするロイドにリグストンは何かを言っているようだったが、すべてを無視して彼は進んでしまった。
「気にしなくていい。あいつに絡まれると長いからな」
嫌そうなことを言っている割に、ロイドの表情はとても穏やかだ。
何かあるとすぐに口を出してくる世話好きの人間なのかもしれない。迷惑そうに思うこともあるが、決して憎めない相手。そんな存在のような気がして、これ以上は何も言わない方が良いと思った。
「それなら、お昼にしましょう。この前来た時に美味しそうだなと思ったお店があったので、今日はそこへ行きませんか?」
リナが笑顔で話題を変えると、ロイドは口元に笑みを浮かべた。
「付き合うよ」




