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偽聖女

「これは一体どういうことだ」

目の前に出された白い花を見て、ギュンター王国の第1王子リヒト=ギュンターが尋問してきた。

質問のつもりなのかもしれないが、大勢の人が集まる中で責められるように言われているのだから尋問という認識でいいのだろう。

リヒト殿下が突きつけてきた白い花を見つめて、ブラウテッド侯爵家の長女、リナ=ブラウテッドはわずかに首を傾げた。

目の前にあるのは彼女が咲かせた聖花と呼ばれる聖女だけが咲かせることのできる花だ。

昨日ついに花を咲かせることに成功したので、そのことを報告して、今日他の聖女候補や神官たちの前でお披露目をすることになっていた。

それがどういう訳か現在第1王子殿下に花を突きつけられて責められている。

なぜか王子の横には明らかに儚げな演技をして立っている妹ミル=ブラウテッドもいるのだ。茶色の髪はリナと同じだが、青い瞳のリナに対してミルは緑色をしている。どことなく怯えたような様子にも見えるが、それを指摘するよりも今の状況を把握するほうが先だった。

「私にはこの状況がわかりません。最初から説明していただきたいのですが」

神殿の一番広い礼拝をおこなう部屋に集められ、そこで聖女の花をみんなに見てもらいリナが咲かせたのだと宣言してもらうはずだった。それがどういう訳か、自分が咲かせた花を王子殿下が手にして責められている。

どういうことだと聞かれても、こちらも説明のしようがない。逆に説明が欲しい。

「この花はお前の妹ミル=ブラウテッドが咲かせたものだと報告を受けているぞ」

数回瞬きをしてからミルに視線を向ければ、彼女は今にも泣きそうな顔をしている。姉としては演技だとすぐに見抜いた。

殿下が手にしている聖花は自分が咲かせたものだ。もしかするとミルも花を咲かせたのかもしれないと一瞬思ったが、そんな話は聞いていなかったので妹が聖花を咲かせたというのは嘘だろう。

「その聖花は私が咲かせたものです。昨日咲いたことを確認しましたし、監督の神官にも確認していただきました」

聖女候補として神殿に集められてから、聖女候補1人1人に神殿の神官が不正がないように監督することが決められていた。当然リナにも監督神官が付けられていた。年がそれほど変わらない男性神官ではあったが、彼はまじめにリナが聖花を咲かせるか目を光らせていたし、咲いた時には興奮するように目を輝かせていた。

彼には昨日のうちに聖花の確認をしてもらい神殿の重役や聖女選定のための試験を取りまとめている第1王子に報告をしてくれたはずだ。

「私が聞いた報告では確かに聖花が咲いたことは聞いている。だが咲かせたのはリナ=ブラウテッドではなく、ミル=ブラウテッドだと聞いた」

そんなはずはない。

心の中でそう思いながらリナはすぐに監督をしていた神官に確認を取ろうと周囲を見渡した。だが、どういう訳かいつもすぐ目に付くところにいるはずの神官の姿が見当たらない。

「お姉様」

一体何が起きているのだろうと、頭の中を整理しようとしていると妹が声をかけてきた。

「お姉様は、私が聖花を咲かせたことが羨ましかったのでしょう。それで私の聖花をすり替えて自分が咲かせたように報告したのよね」

「・・・・・」

妹の発言でなるほどと思ってしまった。

どうやらミルが聖花を咲かせたということになっているのは、いま彼女が言ったことが理由のようだ。

妹は姉が聖花を咲かせたことで聖女として認定されることが羨ましかったようだ。そこで昨夜のうちに聖花をすり替えて自分が咲かせたように報告をしたのだろう。

咲いたと報告した後、聖花は丁寧に部屋から運び出され神殿の神をまつる祭壇に置かれた。咲かせたことに安心していたリナはそのまますぐに部屋で休んでしまったので、妹がその間に画策していたことに気づくことができなかった。

おそらくだが、妹が咲かせようとしていた花は今頃リナが使っていた部屋に置かれているだろう。これで聖花をリナが咲かせたという言い分を握りつぶすつもりだ。

大体のことがわかったことで心が落ち着いてくると、いつまでも黙っているリナにイラついたのかリヒト殿下が声を荒げてきた。

「自分のしたことを反省する気もないのか」

反省も何も悪いことは何もしていない。どうしてここまでリヒト殿下は妹の言葉を信じているのだろう。そんな疑問が出てくると、ミルの後ろに立っていた神官服の男性が進み出てきた。

「殿下、この者は自分の仕出かしたことがばれて言葉が出ないのでしょう。深い反省を今ここで自分にしているのだと思われます」

彼はミルの監督神官だ。きっと彼もこの計画に協力しているはずだ。

リナの監督神官が姿を見せないのも、協力者である可能性がある。

そう考えると、この聖女選定は最初からミルが聖女になれるように計画されて行われていたのではないかと思えてきた。

たまたまリナ=ブラウテッドが聖花を咲かせただけで、他の令嬢が咲かせていればそれをすり替えて今の状況を作り上げていた可能性は十分にある。

そう思うとだんだんこの状況が馬鹿らしくなってきた。

周囲に視線を向ければ、何も知らない他の聖女候補は冷ややかな視線を向けている。妹を蹴落として聖女になろうとした女という認識なのだろう。

他の神官たちは無表情がほとんど。

誰もここにリナの味方はいないようだ。

「その聖花はミル=ブラウテッドが咲かせた花だと、殿下は判断されたということでよろしいですか?」

念押しするように確認すると、明らかに見下すような視線を向けられて鼻で笑われた。

「ふん、先ほどからそう言っている。最後の悪あがきでもするつもりか」

「いいえ」

弁明を望んでいたのかもしれないが、こんなところで策略にはまって泣きつくつもりなどさらさらない。

「では、私は聖花を妹から盗んで聖女になろうとした偽聖女ということになりますね」

「当然だ。お前には偽聖女という罪が付く。当然だが罰は与える」

「なるほど」

聖女になるのを阻止したいというよりも、何らかの罪に問われて罰を与えるのが目的だった可能性もある。この国での聖女という立場はとても重要な意味を持つ。それを偽ったのだから、それなりに重い罪になるだろう。

「リナ=ブラウテッド侯爵令嬢。聖女を偽った罪でお前は今を持って国外追放とする」

周囲が一気にざわついた。罪が重すぎるのではないかと思った者。妥当だと納得している者。複雑な表情を浮かべて戸惑っている者。様々な反応があったが、リナはそれらをすべて無視して胸に手を当てた。

「わかりました。殿下の下した判断に従います」

素直に受け入れていると、なぜか妹が殿下に縋るようにして口を開いた。

「殿下、それではお姉様が可哀そうです。お姉様はただ私が羨ましかっただけで、出来心でしてしまったことです。あまり重い罪にはしないでください」

ミルが体を擦るようにして殿下の腕に縋ると、途端に殿下の頬が緩んだ。明らかに下心ありの鼻の下が伸びているといった表情だ。

そんな2人を見れば、聖女選定が計画的であったと確信できてしまう。

ブラウテッド侯爵家の長女として生まれたリナは、何度か城に侯爵令嬢として招かれることがあった。

そのほとんどに王子たちがいて、将来の婚約者候補として顔合わせが目的だった。

この国の王子は3人いる。すべての王子と顔を合わせたリナだったが、特に気に入った王子がいたわけでもなく、親密になるほどの親しさを持つことがなかった。王子たちもリナにそれほど興味を持たなかったようで、お互いに知っている顔という距離感しかなかった。

だが妹は違ったらしい。いつの間にかリヒト殿下と仲を深めていて、将来の妃として婚約者という立場ではないが、2人が恋仲になっていることは近しい人間なら知っていることだった。

ミルはリナよりも3つ年下の17歳だが、それよりも幼く見える。

侯爵家の末娘ということで甘えるのも上手なのだ。リヒト殿下に甘えることで男心をくすぐっていたに違いない。

そんなことを客観的に思っていると、ミルはさらに殿下に縋るように言っている。

「聖女になりたかったお姉様ですから、私が聖女に選ばれて時には補佐役をしてもらうというのはどうでしょう」

つまり雑用を押し付ける相手にしようとしている。

「聖女を決める大事なことを嘘で通そうとしたのだ。軽い罪というわけにはいかない」

縋りつかれて内心嬉しいのだろうが、さすがにこの国の王子。自分の私情だけで判断するようなことはしなかった。

「お姉様も深く反省しているはずです。国の追放は厳しすぎるのではありませんか」

これは一生こき使われる役目だとリナはすぐに判断した。

「それではここに居る他の聖女候補たちへの示しになりません。彼女たちもまた聖女となるための試験を受けているのです。偽った人間をそばに置くことに、賛成する者はいないでしょう」

このままでは雑用係になりかねないと思い反論することにした。

聖女になれるかもしれないと期待に胸膨らませて候補生としてやって来た他の令嬢たちが、偽聖女として判断されたリナを聖女の補佐役にすることを快く許すとは思えない。

先ほどの彼女たちからの視線を思えば当然だ。

嘘をついているのは妹の方なのだが、ここは敢えて周りの雰囲気を逆手に取ることにした。

「そのような判断をすれば、殿下への不信感にもつながります。先ほど私は殿下からの国外追放を受けることを承諾しましたので、このまま神殿を出たいと思います」

早口にそれだけ言うと、止める言葉が出るよりも先に踵を返してこの場を離れることにした。

扉に向かって歩き出すと周囲を囲うように立っていた令嬢たちが道を譲るようにサッと両脇に避けてくれる。リナが出て行くことを賛成しているのだ。

これは好都合だと判断して、迷うことなくリナは部屋を後にした。

途中背後で誰かの声が聞こえたが、すべて無視して何の未練もなくリナ=ブラウテッドは神殿を去るのだった。


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