仕事
「おはようございます」
王竜の間に顔を出してみると、台座に鎮座する王竜と、その傍らにロイドが立っていた。お互いに視線を向けていたので何かの会話をしていたのだろう。扉を開けて顔を覗かせると2つの視線が同時に向けられる。
「おはよう」
ロイドが挨拶を返すと、王竜は喉を鳴らしてくれた。言葉はわからなくてもおはようと言ってくれているようだ。
「少しお話があるのですが」
部屋に入って近づいていくと、台座の上にいたロイドが降りてきてくれた。台座は近づくとリナの視線よりも高く見上げる形になる。それを考慮してくれたのだ。
「何か不備でもあったか」
昨日買い物から戻って荷物を片付ける棚が欲しいと要望を出していた。他にも欲しいものがあるのではと思われたようだ。
「いいえ、違います。別のことで相談があってきました」
そう言ってから、一度王竜に視線を向けてからロイドへとお願いを言ってみた。
「ここに滞在している間ですが、私にも仕事をさせてもらえませんか?」
「・・・突然だな」
少し驚いたのか、ロイドは数回瞬きをしてから言葉を漏らした。それも当然だろう。王竜の客人として迎え入れると言われて滞在することになったリナが、突然仕事を要求してきたのだから。
「とは言っても、力仕事はきっと足手まといになりますし、できることは簡単な作業くらいです」
アスロのエプロンを今直しているが、そういう器用さを求める手作業なら問題ない。
刺しゅうは貴族令嬢として身に着けておくべきことだ。得意不得意はあるだろうが、リナは得意な方だった。ちなみに妹のミルはいつも嫌がって、どうしても刺しゅうをしなければいけない時はメイドにやらせていたことも知っている。
「滞在するにしても、王竜はいつも神殿にいるわけではありませんし、毎日街に行くこともないので、どうしても時間が余ってしまいます。そういう時だけでも何かお手伝いができればと思ったのですが、駄目でしょうか?」
時間のある時だけ手伝うのでは都合がよすぎるだろうか。そんなことを思いながらロイドを窺い見ると、彼は少し考えてから王竜を仰ぎ見た。
静かに見つめ合うロイドと王竜は、リナには聞こえない会話をしているのだろう。黙って返事を待っていると、やがてロイドが息を吐きだしてリナを振り返った。
「ヒスイから許可が出た。あなたは客人でもあるから、無理に仕事を押し付けるようなことは決してしないと約束する。できる範囲で神殿のために動いてくれることは歓迎するそうだ」
「ありがとうございます。実は昨日アスロのエプロンを手直しする約束をしていたのです」
許可を取る前に使用人のお仕着せを手直ししてしまっていた。エプロンを見て自分にできることをしてみたいと思ったのだ。
リナの言葉が予想外だったのか、ロイドは再び瞬きをしてから、今度はフッと笑みを零した。
整った綺麗な顔で微笑まれるとドキリとしてしまう。
「貴族令嬢にしては、随分と積極的だな」
少し呆れられているような気もしたが、リナも微笑んだ。
「元貴族令嬢ですから、今はいろいろなことをやっていかないといけません」
もう戻ることのない王国での生活を振り返るつもりはない。前を向いて自分にできることをしながら、行きたかった場所ややってみたかったことをしていこうと思っている。
「裁縫は得意です。何か直したい物があればいつでも言ってください」
「心強いな」
リナが胸を張って宣言すると、ロイドはさらに笑みを深くして、王竜は首を持ち上げた。その瞳はどこか優しくこちらを見つめているような気がしたが、言葉を交わせないリナは確かめることができなかった。




