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手直し

「思っていた以上に疲れたわ」

買いたい物を買えたリナは、荷物を最後までロイドに持ってもらう形で神殿へと戻って来た。

買い物をしながらの街歩きなど経験がなかったため、これくらいなら平気だと思っていたのだが、自分が思っている以上に体は疲れを訴えていた。

途中のロイドの行動にドギマギすることになったのも精神力を使った気がする。

とりあえず買うべきものを買わなければと気持ちを切り替えて必要な物を揃えることに集中したつもりだが、どこまで上手くいったかわからない。

「夕食まであまり時間がないだろうし、荷物の片づけをしなくちゃ」

運んでもらった荷物はそれほど多いわけではないが、自分のことは自分でしなければいけない立場となった今、放っておいても誰も片付けてくれるわけではない。侯爵家にいた頃はすべてメイドが身の回りの世話をしてくれていたので指示するだけでよかったのだ。

とはいえ、部屋には荷物を仕舞うようなクローゼットも棚もない。寝泊りできればいいというシンプルすぎる部屋なのだ。

しばらく滞在するのであれば、荷物を仕舞って置ける棚くらいは欲しいと思った。

夕食を運んでくるアスロか、神殿内にいるロゼストにでも相談してみよう。

部屋の隅に買ってきた荷物を置くくらいしかできず、片づけが終了すると、ちょうど扉をノックする音が聞こえた。

「夕食をお持ちしました」

アスロの声に、タイミングよく来てくれたとリナはすぐに扉を開けてあげた。

猫耳の少女に癒されながら夕食をテーブルに置いた彼女に、荷物を仕舞える棚が欲しいと頼んでみる。

「しばらく滞在することは聞いていましたが、気が付かなくて申し訳ありません」

「いいのよ。私も戻ってきて気が付いたところだし、本来は一晩泊まるだけの部屋だと聞いているから余計な物を置いていないのでしょう」

神殿を訪れた人たちが、検問所が閉まる前に戻れなかった時のための部屋だ。それが当たり前になっていたので誰も気が付かなかったのだろう。何日も泊まる人間は初めてなのかもしれない。

「すぐに用意します」

失敗してしまったと思ったのか、アスロの猫耳がしょげたように垂れた。それを見て可愛いなと思ってしまったが、口にすることはしなかった。

これで荷物を片付けられると思って、夕食を食べようと思ったリナだったが、部屋を出ようとしたアスロを見てすぐに声をかけた。

「エプロンの端がほつれているわ」

黒いワンピースに白いエプロンという女性使用人用の制服なのだろう。そのエプロンの端の糸がほどけていることに気が付いたのだ。

「古いものなので何度も手直ししているんですけど、すぐに駄目になってしまいますね」

何度も洗濯をして使っているため、糸がほつれてくるようになったらしい。それを補修しては使っているようだが、すぐにほどけてしまうという。

「生地自体はまだ使えそうね」

新しいとは言えない生地だが、まだ使えそうに見える。糸がほつれた場所をよく見てみると、何度も縫ったような跡が見えるし、縫い目が随分と大きい。

「これはあなたが縫っているの?」

「そうです。お店に持って行って手直しを頼むとお金がかかりますし、これくらいなら自分でできると思ってやってはいるんですが、あたしはどうも手先が不器用みたいです」

自覚はあるようだが、それにしても粗い縫い方だ。

「よかったら、私が直しましょうか?」

リナは裁縫が得意だ。侯爵家でも刺しゅうをよく嗜んでいた。これくらいの手直しならすぐにできる。

そう提案するとアスロは驚いた顔をする。しょげていた猫耳もピンと張っていた。

「お客様にさせるわけには・・・」

断ろうとしているが、自分の不器用さを自覚しているので迷いが生まれているのがわかった。

「部屋に棚を置いてもらうお礼だと思って。しばらくお世話になるのだし、これくらいさせてほしいわ」

裁縫道具は持っていなかったので、針と糸を貸してほしいと頼むと最初は迷っていたアスロだがすぐに礼を言って部屋を出て行った。

「素直で可愛らしいわね」

リナよりも5歳くらい年下に見えるが、あんな妹ならリナも大歓迎だと思ってしまった。実の妹はリナが何か言うとすぐに父親に泣きついていた。欲しいものは父におねだりすれば買ってもらえていたし、我慢するということをしない子だった。

母親代わりになろうとしていたリナのことが鬱陶しくて仕方がなかったのだろう。

今さら考えても仕方がないと首を振っていると、アスロが戻って来た。

替えのエプロンがあったようで、手直ししたいエプロンと裁縫道具が入った箱を持ってきてくれた。

「明日には直しておくわ」

「よろしくお願いします」

礼儀正しく頭を下げてきた。エプロンの手直しだけで大げさにも思えたが、不器用な彼女にとってはとてもありがたいことだったのだろう。

笑顔で答えると、アスロも笑顔で部屋を出て行った。

「どうせ手直しするのなら、少し工夫しようかしら」

とてもシンプルなエプロンだ。ただ手直しするだけではつまらない。泊めてもらっているお礼も兼ねて、少し工夫することを思いついた。

それと同時にリナは別のことも思いついた。

「明日にでもロイド様に頼んでみようかしら」

まずはエプロンを直すのが先だ。だがそれよりも先にするべきことは、運ばれてきた夕食を食べることだった。

「せっかく作ってくれた食事を無駄にしては駄目ね」

温かいうちに夕食を食べてから、エプロンを直すことにした。


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