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買い物

竜王国には街と呼べる大きな場所は王竜の都だけ、それ以外にも小さな集落は点在しているが、物流や情報の要はすべて都へ集まってくる。

王竜の都はリナが思っていた以上に栄えていた。神殿は森に囲まれて静かな場所に王竜と竜騎士、神官と数名の使用人がいるだけだが、都とも呼ばれる場所はいろいろな国から集まってきた人々で溢れている。この国は他国から入植者で形成されている場所なのだ。

初めてここへ来た時はまっすぐ神殿へ向かったので気が付かなかったが、よく探せば人々の中に獣人も紛れている。人と獣人の差別がここにはないのだろう。誰もがいることを当たり前のように気にしていない。

「ここは他の国から流れついて留まった人々で作られた場所だ。人も獣人も関係なく生活していくのが暗黙のルールになっている」

魔王が倒されて残された土地は、生き残った魔物たちの棲み処であったが、それ以外にならず者たちの棲み処にもなっていた。だが国同士の戦争が起こり神の使いとして王竜が降臨すると、魔王がいた国から竜王国へと変わった。

それと同時に消滅するほどではないが、魔物の数が減り、ならず者も王竜に恐れをなして逃げていった。

王竜だけがいる国になってしまったはずだったが、王竜はすぐに人と意思の疎通ができる竜騎士を選ぶことになった。それ以外に誰もいない静かな場所となるかと思われていた竜王国だが、魔物が減ったことでそれぞれの国を出てひっそりと暮らしたい人や獣人たちが今度は入り込んできたのだ。

そこから王竜を称える者たちが現れて神殿が作られ、近くに街ができていった。

「王竜は人が入ることを拒まないのですね」

「王竜が人を嫌っているわけではないからな。戦争のように国が争いを起こしたり、王竜自身に危害を加えようとしない限りは、傍観することがほとんどだ」

そのためどこの国からも人が集まってきて、その中に獣人も混ざるようになった。

「街で暮らしたくない者たちは、山の麓の森のどこかに小さな集落を作って暮らしている。王竜はすべて把握しているから、問題が起こればすぐに駆け付けることも可能だ」

王竜自身が介入すると大変なことになるので、そういう時はロイドが様子を見に行くことになっているそうだ。いろいろと竜騎士もやることがあるのだなと、初めて竜騎士という存在の大変さを知ることになった。

「あ、ここのお店に入ってもいいですか?」

会話をしながら2人で並んで歩いていると、服が並ぶ店の前に差し掛かった。

今回の買い物で服を買うことはリナの目的でもある。

「今は秋ですけど、あっという間に冬になりますし、厚着の服を用意したかったので」

リナがいたギュンター国は大陸でも南側にあるため比較的暖かい国だ。冬の寒さがないわけではないが、今の服に1枚羽織れば過ごせないこともない。だが竜王国はギュンターよりも北に位置し、山の麓に街があるため冬は雪が降ることもあるらしい。冬までここに居るとは限らないが、寒い季節に向けて温かい服を用意しておくことは必要だと思っていた。

貴族令嬢ではもうないので、必要な物も自分で用意しなければいけない。

屋敷に居るだけで店が荷物を持ってやってくることもない。

店の大きな窓から見える範囲でも冬に備えたような服がいくつか見えていた。

「俺はここで待っているから、好きな物を選んでくるといい」

店に入ろうとするとロイドは店の前で足を止めた。

店には女性服があるが、区画を分けて男性の服も並んでいる。一緒に入っても問題ないと思うのだが、彼は一歩もそこから動く気がないようで街を行き交う人を眺めていた。

とりあえず長居はしないように早く買い物を済ませようと店に入る。

カランと扉についていたベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

店の奥から40代くらいの女性が姿を見せて声をかけてきた。

「すみません。冬に向けて厚手の服が欲しいのですが」

「それならこちらにありますよ」

リナの問いかけに女性はすぐに案内してくれる。

もっと北の国に進むことになった時は、より暖かい服を買う必要はあるだろうが、今は竜王国で過ごせる冬支度をするのが目標になる。

女性は体を冷やさないようにしないといけないと、まるで母親のような親切さで女性が対応してくれたので、勧められるままストールや手袋も買い揃えてしまった。

それらを抱えて店を出ると、入る時と同じ場所に同じ姿勢でロイドが静かに待っていてくれた。

「お待たせしました」

「もっとゆっくりしていてもよかったのに」

声をかけると、彼は手を伸ばしてきた。なんだろうと思って首を傾げると手に持っていた荷物を彼は奪って歩き出す。

「あの・・・」

「荷物持ちくらいはできる。次はどこへ行く?」

反論を認めないかのように次の店を聞いてきた。

とても淡白な対応をするが、その態度はとても親切で紳士的だと思える。一緒に歩くときもリナの歩調に合わせてくれていたのだ。それに人が多く行き交う場所ではさり気なく壁になるように歩いてくれている。

その何気ない態度から、彼もリナと同じように貴族出身者ではないかと思っていた。

王竜が竜騎士を選ぶとき、国や身分などは関係ないという。そして、竜騎士に選ばれた者は、その瞬間から王竜に属する者となり、出身国や身分をすべて捨てることになるのだ。

ロイドはグリンズ王国の出身で、爵位のある身分の子息だったのだろう。それらをすべて捨てて竜騎士という存在になったと推測している。

彼がリナの体に染みついた仕草や態度で貴族だと見抜いたように、リナもロイドが貴族だと気づけたのだ。

だがそのことを聞いてもいいのか迷いはあった。王竜に気に入られたという理由で客人として神殿に留まることになったが、いつまでもいるわけではない。彼のことをあまり深く詮索するのは失礼な気がして、何も聞けないでいた。

そんなことを考えながら歩いていると、雑貨などを扱うような店の前を通り過ぎようとして足を止めた。

服の店と違いそれほど大きくない窓ではあったが、窓際には小物が並べられていて、その中に銀色の髪飾りが目に留まった。

換金のための宝飾品はカバンの中に入れてきたが、自分で使うための小物は何も持ってこなかったことに今さら気が付いたのだ。高価なものを身に着けていては、悪意ある者に目を付けられる可能性もあった。そのため髪を束ねるリボンを一つだけにしたのだ。しかし、そのリボンも良い生地で作られていたので、見る者が見ればリナが金持ちの娘か、お忍びの貴族だとわかりそうだ。

見つけた髪飾りは可愛らしい蝶の形をしていたが、鈍い光を反射しているため、それほど高価な素材を使っていないのがわかった。

庶民の女性たちはこういったものでお洒落を楽しんでいるのだろう。

「あの髪飾りが欲しいのか?」

考え事をしながら髪飾りを見ていたためか、ロイドが気付いて声をかけてきた。

「今の流行りは何だろうと思っただけです」

買いたいと思ったわけではないので、真剣に見つめていたことが恥ずかしく思えた。誤魔化すように言い訳をすると彼は少し考える素振りを見せてから、おもむろに店へと入っていった。

「え、ロイド様?」

リナが引き留める暇もなく店へと姿を消すと、数分も経たずに店から出てくる。

あっけにとられているリナだったが、それに構うことなくロイドはリナの後ろに立つとそっと髪に触れてきた。驚いて固まるリナだったが、すぐに彼が離れる。

「今日の記念に」

「え?」

何を言っているのかわからず髪に手を伸ばすと、硬い物が触れた。

それと同時に窓に移りこんだ自分の姿が視界に入った。そこに映ったリナの髪には先ほど見ていた銀色の蝶の髪飾りがあった。窓から見ていたあの蝶だ。

「よく似合っている」

驚いているリナに対して、ロイドは少しだけ表情を緩めてそう言ってきた。

さり気ないエスコートに、記念だといって髪飾りを贈るロイド。

「あ、ありがとうございます」

俯いたリナは礼を言うので精いっぱいだった。

「次の店に行こう。あまり遅くなるとロゼスト達も心配するだろう」

表情が見えなくなったリナだが、それを気にすることなくロイドが先に進むことを促した。

彼はきっと知らないのだ。リナが住んでいたギュンター王国では、家族以外に男性が女性に髪飾りを贈るのは、婚約者や恋人へのプレゼントだ。それ以外は好意があるという告白の意味もある。

そんなつもりでプレゼントしてくれたわけではない。それは彼の態度からわかるのだが、それでもリナの心臓はバクバクと早鐘を打っていた。きっと顔も赤くなっている。

こんな状態でこの後の買い物をどうすればいいのだろうとリナは本気で悩みながら先を歩くロイドについて行くことになった。


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