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街歩き

「ここに残ることを決めたのはいいけど、何をしたらいいかしら?」

部屋に戻って荷物を置いたリナは、王竜の客人として滞在することを許されたとはいえ、ただ黙って部屋にいるわけにもいかなかった。

「一度街に行った方がいいわね」

カバンを見下ろして、荷物の少なさを実感する。まだどこかに定着する予定はないが、必要な物を買い揃えるべきだろう。それと同時に竜王国の情報も仕入れておこうと思った。

神殿にずっといるわけではない。ここを出た時に次に行きたい場所の情報を得ておけば動きやすくもなる。

「そうと決まれば、まずは買い物ね」

身軽に動けるように小さなカバンも用意してあった。そこに財布を入れて部屋を出る。

侯爵令嬢時代はメイドや従者が常にいたので、買い物をする時手ぶらで歩いていたものだ。彼らが財布を握り、荷物も運んでくれていたことが随分と前のことに思えて懐かしささえ感じる。自ら買い物に行かない時は、屋敷に店を手配する方法もあった。それは侯爵家だからこそできたことでもある。

自分1人だけで買い物に出かけるのは初めてだ。

「これも経験だわ」

そう意気込んで部屋を出るとホールへと向かった。

出かける前に誰かに声をかけておくべきだろうかと考えながら歩いていると、ホールで話し込んでいるロイドとロゼストの姿が見えた。

「よろしく頼む」

「畏まりました」

ロイドがロゼストに何かを頼んでいるようで、話が終わるまで待っているつもりでいたのだが、その前にロイドが通路に立っているリナに気が付いた。

「出かけるのか?」

「はい、必要な物を買いに行こうと思います」

手に持ったカバンを見せて街に行きたいことを説明する。

「街の中も見てこようと思っているので、検問所が閉じる前には戻るつもりです」

街と神殿を繋ぐ道は夜になると閉ざされてしまう。神殿に泊まることになったのなら、検問所が閉じる前に街を出なければいけないだろう。

「そうか、それなら案内役がいたほうがいいだろう」

1人で出かけるつもりでいたリナはその言葉にきょとんとしてしまった。そんな贅沢なことをしてもいいのだろうか。

「みなさん仕事があるでしょう。私なら1人でも大丈夫ですから」

慌てて断ろうとすると、それまで黙っていたロゼストが前に進み出てにこやかな笑顔を向けてきた。

「女性1人では危険なこともあるかもしれません。ちょうどロイド様の手が空いたので、一緒に行かれてはいかがですか?」

それを聞いたロイドが驚いた顔をしていた。案内役は別の使用人にでも頼むつもりでいたのだろう。急な提案に迷いが生まれたのかもしれない。だが、驚いたのは一瞬のことですぐに考えるような表情を見せてからまっすぐリナを見てきた。

「わかった。街の案内は俺がしよう」

その言葉に今度はリナが驚くことになった。

「ご迷惑ではありませんか?竜騎士というのは王竜と一緒に空の巡回をしていると聞きました」

竜騎士は王竜といつも一緒にいるのだと思っていた。別行動をとってしまうと王竜にも迷惑になるのではないだろうか。

慌てるリナだったが、ロイドは特に気にすることもなく出かけるから神殿のことを頼むとロゼストに言っている。

「せっかくですから、楽しんできてください」

リナの質問に誰も応えることなく、まるでこれが当たり前のようにロゼストは笑顔で送り出そうとしてくれていた。

本当にいいのだろうかとオロオロし始めていたリナだったが、ロイドは出かける準備をすると言って一度ホールを離れてしまった。

残されたリナがまだ不安そうにしていると、一緒に残っているロゼストが楽しそうに話しかけてくる。

「竜騎士とはいえ、ずっと王竜様と一緒というわけではありませんよ」

「毎日空を飛ぶものではないのですか?」

「どんな天候であれ王竜様は空へと飛んでいきます。ロイド様もそれについて行くことがほとんどですが、別行動をとることだってありますよ。それに、王竜と竜騎士の間には我々には感じ取れない繋がりもあります。竜騎士の行動はいつでも王竜に伝わるそうなので、離れていても問題ありません」

「繋がりですか?」

その話は聞いたことがなかった。竜騎士はいつも王竜の背中に乗って空を飛び、王竜と人が意志の疎通をしたい時に間に入って通訳のような役目を果たす。そういう存在だと思っていたが、それ以上に竜騎士は王竜と深い部分で繋がっているようだ。

「竜騎士というのは、王竜に選ばれた時から王竜の加護を与えられ、意思の疎通が可能になります。そして、どれだけ速く王竜が飛んでもそれに耐えられる体になるそうです」

普通の人が王竜の背に乗ったとしたら、あっという間に振り落とされてしまう。それに耐えられる体に鍛えることも必要だが、それ以外にも王竜の力で竜騎士は守られている。

漠然としたことしか知らなかったリナにとって新しい情報であった。ロゼストの話に感心していると、出かける準備が出来たのか、黒いマントを纏ったロイドが戻って来た。

「行こうか」

「はい」

結局断ることもできず、一緒に街に行くことになった。

「行きたい場所があったら言ってくれ。街の中は把握しているからすぐに案内できる」

そう言いながらマントについているフードを被って顔を隠してしまった。

竜騎士は街の中で顔を隠さなくてはいけない決まりでもあるのだろうか。不思議に思っていると、彼と視線が合った。

「この容姿は目立つから、念のためだ」

疑問が顔に出ていたのか、質問することなく答えてくれた。

彼は自分が目立つことを理解しているのだ。整った顔に見かけることのない銀髪。遠くからでも目立ちそうな容姿に竜騎士という称号は街を歩くだけで人を惹きつけてしまうようだ。

リナも彼を始めて見た時美人だと思った。整った顔立ちだけではなく綺麗な人だと思ったのだ。耳に馴染む落ち着いた声にも心惹かれる気がした。そんなことを考えてしまうと頬が熱くなるのを感じた。

「そう言えば、私がいた国には銀髪の方はいませんでした。ロイド様はグリンズ国の出身だと伺いましたけど、そちらの国では珍しくないのですか?」

とりあえず話題を提供して考え事を止めることにした。だが結局容姿に関する質問に内心自分の話題の少なさにがっかりする。

それでも素朴な疑問だった。ギュンターに銀髪の人間がいるのを見たことがなかったからだ。他の国には多いのかもしれない。そう思って聞いただけだったのだが、彼はどこか気まずように視線を逸らしてしまった。

「俺がいた国でも銀髪は珍しい方だった。だからいつも出掛ける時は髪色を隠していた」

グリンズでも彼は目立つ存在だったようで、自分の容姿を隠すようにしていた。彼も竜騎士になるまで彼なりに大変な思いをしてきているのだろう。これ以上は聞かない方がいいような気がして、リナは今度こそ別の話題を口にした。

「街では必要な物を買いたいと思っています。もう少し動きやすい服装にした方がいいとも思っていたところです」

自分の服を見下ろしてリナは苦笑してしまった。

侯爵家を出る時にできるだけ動きやすくて、平民に見えるような服を選んだつもりでいた。

だが、いざ街へ繰り出してみると、自分の服は素材が良いためなのか、行き交う人々と比べてみると明らかに浮いているような気がした。もっと庶民的な服装を選ばなければ今後良い服を着ていると目を付けてくる輩がいる可能性もある。

服を選ぶよりも国を出ることを優先してしまったので、今まで買えずにいた服を今日は調達できたらと考えたのだ。

「確かにその服だと上質すぎるだろうな。服を買うならアスロの方が良かったかもしれない」

男性であるロイドより、獣人とはいえ女性のアスロがついて行けば服選びもしやすかっただろうと思ってくれたようだ。その気遣いをありがたいと思いながら、彼が一緒に来てくれたことをリナは嫌だと思っていない。

「服以外にも色々と見て回りたかったので、ロイド様が一緒なのは助かります。竜騎士が護衛だなんて、これほど心強いことはありませんよ」

「・・・そうか」

笑顔を向けると、彼は照れたのかすぐに視線を別の方向へと向けてしまった。

街へと続く静かな道を2人で歩きながら、こういう散策も悪くないのではないかと思うリナの頬をそよ風が吹き抜けていった。


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