前向きに
「お部屋にいないので驚きました」
「ごめんなさい。こんなに時間が過ぎているとは思っていなかったわ」
もっと早くに戻る予定が、庭に随分と長居してしまった。あちこち探してくれたのだろうと思うと申し訳ない気持ちになる。アスロに案内されるように部屋へと戻って来ていた。
「朝食が済みましたらホールの方へと来てください。ロゼスト様がいるはずですから、声をかけてからお帰りになってくださいね」
「ありがとう」
朝食はすでにテーブルの上に置かれていた。
街に戻れる時間を過ぎていたため神殿に泊まることになった。食事が終わればここを出て行かなければいけない。
「さて、この後はどうしようかしらね」
アスロが部屋から出て行き、椅子に座って朝食を眺めながらリナは今後のことを考えた。
「とりあえずは、街に戻って宿探しよね」
昨日のうちに街に戻れば、どこかの宿に泊まるつもりでいた。その後街の中の散策もするつもりでいたのだ。初めて来た竜王国。噂話程度しか情報が無かったので、実際に来てみて自分の目でいろいろと見てみたいと思っている。
この国が気に入れば定住するのもいいかもしれないし、他の国に足を延ばすことも可能だ。
「そのうち仕事も見つけないといけないわね」
定住することになればそこで職探しをすることにもなるだろう。カバンの中には持ってこられる貴金属は入っているが、換金して生活費として使うにしてもいつかは底をつく。
「私にできる仕事ってなにかしら」
侯爵令嬢として教育は受けて来たが、仕事をするための教育は何もしてきていない。自分がどんな仕事に向いているのかさえ、今のリナにはわからなかった。
「いろいろ試してみるしかないわね」
力仕事はおそらく無理だろうが、刺繍は得意だったし、手先の器用さを利用できる仕事ができれば一番いいだろう。
「聖女の力を使った仕事とかあったらいいけれど」
聖花を咲かせることができたのだ。確定してはいないが、リナはおそらく今回の聖女となっていただろう。その力を使って生活できればよかったのだが、おそらくそれも無理だろう。
ギュンター国の初代聖女は神から『幸運と守護』の力を授かっていた。聖女亡き後は、ギュンターの神殿に天啓が降りてくるたび貴族令嬢の中から聖女の力を持った者が現れる。聖女の力は血筋に関係ない。
聖女選定では聖女になるための段階があり、まずは神殿に呼ばれ聖花を咲かせることで聖女の可能性を見出される。
その後その聖花をひと月咲かせ続ける必要がある。途中で枯れてしまうと聖女としての素質なしとみなされるのだ。
「守護は国の護りとなる結界に力を注ぐことだったけど、幸運はどうやって使いこなすものなのかしら」
聖女候補として神殿にいた頃、監督神官から聖女についての説明を受けていた。大まかな説明をされた後に疑問に思ったことも質問すれば答えてくれていたが、幸運の使い道は神官に聞いてもよくわからない様子だった。
リナとそれほど年の変わらない若い神官であったからかもしれないが、彼も幸運について聖女自身が好きな時に仕える力というよりも、常に幸運であることではないかと言っていた。
「どうもピンとこなかったのよね」
リナが聖女なら、すでに幸運であると思っていいのだろうか。
「偽聖女として追放された時点で幸運なのかな?」
そんなことが口からこぼれた。だが、竜王国に来られたことと、王竜を見てみたいという願いはかなった。これは聖女の力と言えるのかもしれない。
それでもやっぱりわからない。そんなことを考えていると、ふと神殿に残った妹のことを思い出した。
「ミルは聖花を保てているかしら」
あれはリナが咲かせた聖花だ。ミルは断罪されていたリナが神殿に残れるように口添えしていた。おそらくは聖花を咲かせ続けるためにリナを利用しようとしていたのだろう。彼女一人の判断ではおそらくないと思っている。後ろに控えていた監督神官が知恵を与えていたと考えたほうがいいだろう。
「すぐに気が付いたから、神殿を出ることにして正解だったわ」
目の前のパンを掴むとちぎって口に放り込んだ。少し冷めてしまっているが香ばしさはまだ残っている。
パンを噛みしめながら、あのまま神殿に居ればミルの影としてずっと飼い殺しになっていた可能性を考えてしまった。
神殿がどうしてミルを聖女としてリナを陰にしようとしたのかわからないが、ミルは王子の婚約者という立場と聖女の立場両方を欲しいと思ったに違いない。だが、リナが神殿を出たことでその後聖花が無事に咲き続けているとは思えなかった。
「この先のことはもう関係ないわね」
どんな結末が待っているのかわからないが、神殿を出て国を追放され、侯爵家とも縁が切れたのだ。リナには彼らがどうなっても戻るつもりはない。
それよりも先のことを考えなければと頭を切り替えることにした。
「まずは街の中を見て回りましょう。獣人もいる可能性があるし、いろいろと勉強にもなりそうだわ」
神殿で堂々と働いている獣人アスロに出会った。竜王国は人族も獣人族も関係なく受け入れている国のようなので、今後も出くわす可能性が高いはずだ。人族が当たり前だと思っていることが獣人族には非常識に映ることもあるかもしれない。今までの常識だけではやっていけないことも多くなりそうだ。そういうことも勉強しながら生きていかなければいけなくなるだろう。
それでもリナは前向きに考えている。新しい世界に飛び込むことに不安はもちろんあるが、それ以上に楽しみもあるのだ。今から後ろ向きに考えても仕方がない。
自分にできることをやっていくしかないのだ。
そう気持ちを奮い立たせて、用意された朝食を平らげるリナである。




