(番外編)腕の中
目が覚めた時、いつもと違う感覚にロイドは違和感を覚えた。
「・・・ん」
すぐ横でもぞもぞと動く気配に視線を向けると、ロイドの腕の中にリナの頭が見えた。
長い茶色の髪がベッドに広がっているが、彼女自身はしっかりとロイドに抱きしめられるように腕の中で眠っている。
竜王祭が終わり、秋が深まってくると途端に夜の寒さが感じられるようになった。
夏の間は朝目が覚めるとリナはロイドから離れるように1人で眠っていた。夏はさすがに人の体温は暑苦しいと感じていたのだろう。これは仕方がないと思っていたが、秋が近づいてくると再び毛布にくるまってやはりロイドの腕に収まらないのではないかと思っていた。
だが今朝はリナが腕の中で眠っている。
快挙と言うべきか、奇跡と思うべきなのか。とりあえずロイドは今の気持ちを噛み締めるように、妻を起こさないように抱きしめた。
結婚して一緒に眠るようになってから、目が覚めた時に彼女が腕の中にいたことがなかった。いつも毛布が勝つか、暑さで離れてしまうことで、いつかは腕の中にと思う気持ちも薄らいでいたように思う。隣に眠っているだけで満足することに頭が麻痺していたのだろう。
幸せを噛みしめて目を閉じると、抱きしめる腕が強かったのか、リナが大きく動いた。
「・・・ロイド?」
うっすらと目を開けた妻は、夢見心地なのかロイドの名を呼んで手を伸ばしてきた。
そっと腕に触れてくる指先がくすぐったく感じたが、それを気にすることなくロイドはリナと視線を合わせるように体をずらした。
「起こしたか?」
「・・・おはよう」
返事はしたがはっきり目を覚ました様子ではない。
「起きるには早い時間だ。もう少し眠るといい」
いつもなら鍛錬のために庭へ行く。その後リナも起きてくるので時間差がある。今はロイドが起きる時間だ。
額にそっとキスをすると、くすぐったかったのかリナは首を縮めるような仕草をした。それを見て愛らしさが込み上げてくる。
腕の中にいてくれたことも相まって自制が効かなくなったのかもしれない。
ロイドは半身を起こすとリナに覆いかぶさるように唇を奪った。
「ん・・・」
深い口づけにリナが苦しそうに声を漏らした。寝ぼけ半分で口をふさがれたため呼吸が上手くできなかったのだ。
ロイドが体を離すといつの間にか目が覚めたのかリナがはっきりと目を見開いてこちらを見ていた。
「おはよう」
「い、いま・・・」
何気なく挨拶をすると、リナは両手で口を覆って何度も瞬きをしていた。何が起きているのか状況を必死に理解しようとしているのがわかった。
「たまにはこういう朝もいいものだな」
素直な感想を口にする。すると途端にリナが頬を染めて視線を泳がせた。どう返事をしたらいいのか困っているようだ。
「同意をしてはいけない気がします」
それがリナの答えだった。
状況は完全に把握できていないだろうが、本能的に認めてはいけないと判断したのだろう。に止めてしまうとこの先がどうなるのか想像できたのかもしれない。
ロイドもきっとさらに自制が効かなくなる予感があった。
不意に言葉はなかったが、気配のようなものを感じた。
それがヒスイだということはわかる。そして、今は繋がっているのだと知らせていることがわかった。夫婦だけの時間は終わったようだ。
「残念」
ヒスイの気配にこれ以上は無理だと判断してベッドから起きる。いつも通りの日常に戻ることにしよう。
「庭に行ってくる。リナはもう少し寝ていていいから」
「・・・もう目が覚めたわ」
そう言ってリナもベッドから抜け出した。
先ほどのキスで完全に目が覚めてしまったようだ。申し訳ない気持ちもあったが、後悔はしていないロイドだ。
「一緒に行ってもいいかしら?」
いつも何も言わずに見に来るリナだが、今日は一緒に目が覚めたので確認をしてきた。
「もちろん。でも、朝が寒くなってきているから暖かくしておくこと」
初めてリナが庭へ来た時のことを思い出す。あれから1年が経ったことを改めて実感していると、リナは心得たように頷いて笑った。
「コートを持って行くから大丈夫よ」
その笑顔にリナと夫婦になれたことを幸せだと思った。そして、これからも彼女が隣にいてくれることを願っている。
「それじゃ、一緒に行こうか」
手を伸ばせば当たり前のように手を乗せてくれる。
これがロイド達の日常であり、これからもこの穏やかな日々が続いてくれることを心から願うのだった。




