竜王祭
王竜の神殿が襲撃され街の人々が不安を覚えていたはずが、日が過ぎていくと何事も起こらないことに安心したのか、神殿を訪れる人の数が次第に減っていった。
神殿自体も日常を取り戻し始めると、今度は違う意味で街の人が神殿を訪れることが多くなった。
「ロゼストとゼオルは毎日大変そうね」
「王竜祭が近くなるといつもこんな感じですよ。今回はゼオルがいるのでロゼスト様の負担が減っているとは思いますが」
「初めてのことにゼオルも戸惑っているし、逆に足手まといになっていないかしら?」
お茶会の部屋でリナはアスロと一緒にお茶を飲んでいた。
丸いテーブルに隣同士で座っているので横を向いてお互いに会話をする。
「それに、レーリアとリカルドも手伝っているみたいですし、キリアルも久しぶりにいるので人手はありますから大丈夫だと思います」
年に1度行われる竜王祭は国を守る王竜への感謝の祭りだ。
秋に行わるので穀物など収穫できたものを神殿に奉納される。大きな催しなどは街の中で行われ、神殿はその時だけ王竜の間が開かれて街の人々も間近で王竜を見ることができるようになっていた。奉納される物も運び込まれ、ホールも派手ではないが装飾を少しだけ施すらしい。
神殿内の全体的な指示はロゼストがすることになる。それを手伝うようにゼオルも動き、手が空いている使用人は時々手伝うことになる。
リナは昨年の竜王祭が終わった後に神殿に来たため王竜に会うことができなかった経緯がある。あの時はいつでも会えるものなのだと思っていたため、来年にならないと駄目だとロゼストに言われてがっかりした。だが仕方なく帰ろうとしたリナに王竜が会ってくれることになり、そこでロイドとも出会った。
「私もここへ来てもうすぐ1年になるのね」
その間にいろいろなことが起こったと感慨深くなる。
リナの国の事情に巻き込んでしまったが、そのことでロイドと婚約することになり夫婦となって竜王国に留まることができた。
その後今度はロイドの国の王族が動きを見せて騒動になった。それも追い返した。
そして最近魔法国の魔法師による襲撃を受けた。
1年で起こるにはあまりにも大きなことが重なってしまったように思う。
遠い目をして物思いに耽ってしまうと、アスロも同じことを考えていたのか遠くを見ながら渇いた笑いを漏らしていた。
「こんなに日常からかけ離れた状況が続いたのは初めてですね。でも、リナ様がロイド様と結婚して、新しい使用人も増えて、神殿の中は賑やかになったと思います。悪いことばかりじゃなかったはずです」
「それもそうね」
大変なことは沢山あったが、リナはロイドと結婚できたことを後悔などしていない。一緒にいられることを幸せに思っている。
「これからもっと幸せにならなくてはいけませんよ。きっと家族も増える事になるでしょうし」
「家族が増える?」
その言葉にアスロが結婚するのかと思ってお祝い事が増えるのではと考えると、アスロが慌てたようにすぐに否定してきた。
「私に家族が増えるという意味ではありませんよ。リナ様の話です」
「私?」
そこで首を傾げる。ロイドと結婚しているので夫はすでにいる。家族が増えるというのはどういう意味だろうと考えて、アスロの言いたかったことを思いついた。
途端に顔に熱が上がるのを感じた。
「まだ、そういう兆候はないから、先の話になると思うわ」
「こればかりは授かりものですからね。でも、ロイド様との雰囲気から、そう遠くないと使用人全員思っているはずですよ」
アスロの言っている意味を理解したと判断したようで、アスロは嬉しそうに説明する。神殿で働く者たちは皆ロイドとリナの間に子供ができることを期待しているようだ。そんな素振りを見たことがなかったが、いつかはと思われていたらしい。
竜騎士の結婚は王竜が認めれば許される。竜騎士の妻も王竜に属する者となるが、夫婦の間に子供ができることも問題ない。子供は成人するまでは竜騎士の子として扱われるが、成人してしまうと王竜や竜騎士とは関係のない存在となる。竜騎士は血筋で継承されるものではないので、子供が竜騎士になれるわけではない。成人とともにある種の親子としての決別が待っている。その覚悟だけはもしも子供ができた時には必要になるだろう。
まだ未来のことを考えていると、扉が開かれている部屋に祭りの準備の手伝いをしていたキリアルが顔を出した。
「リナ様に荷物が届いていますよ」
最初は突き放すような態度を取っていたキリアルだったが、アスロとスカイの叱責を受けて、態度が軟化した。それ以外にも魔法師の襲撃でリナの力が守ってくれたことも知ると、恩人という評価にでもなったのか、懐かれているような気がしている。
「アストル魔法国のデイルからです」
聞き覚えのある名前ではあったが、リナは首を傾げることになった。
「オルトロ様を迎えに来た補佐の方よね。私に贈り物だなんて、なにかしら?」
オルトロを迎えに来た時少し会っただけの魔法師。彼がリナに贈り物をする理由が思いつかなかった。
「とりあえず開けてみましょうか」
大きな木箱を抱えてキリアルが部屋に入ってきた。
「大きな荷物ね」
「結構重いですよ」
荷物という単語に小さなイメージをしていたが、予想以上の大きさに戸惑ってしまう。
丸テーブルの上に箱を置いたキリアルがすぐに箱を開けた。
親しくないデイルからの贈り物ということで、念のためアスロが先に中身を確かめた。
「これって、魔法石ですね」
箱の中に手を突っ込んで取り出したのは、光の反射でキラキラと光を放っているように見える透明度の高い魔法石だった。
「たくさん入っていますね。前にもらったものより数もあるし、大きい石もありますよ」
キリアルも覗き込んで確認すると、リナも箱の中を見た。
大小様々な魔法石が詰め込まれていて、それ以外にも小瓶がいくつか入っている。そして箱の隅にひっそりと封筒が差し込まれていることに気がついた。
封筒を引っ張り出して中身を確認したリナは、納得したように声を上げた。
「すべてオルトロ様からの贈り物のようよ」
「え?でも、デイル=トイトンからの贈り物だってキリアルが」
手紙を読んでいたリナにアスロが不思議そうに問いかけてきた。
「表向きは魔法師デイルから、リナ=フローネスに神殿に泊めてもらったお礼として贈ったことにしているそうよ。実際はオルトロ様からロイドへの贈り物になるみたい」
手紙にはアストル魔法国の王にオルトロが返り咲いたことが書かれていた。国に戻ってすぐにオルトロが無事であったことを高位魔法師たちに知らせた。それと同時にキャスティの罪についても伝えられ、大魔法を完成させて王竜の襲撃を企んでいたことが明かされた。
それを阻止してキャスティを捕まえたオルトロは、すぐに魔法国の王座に戻されることになったようだ。
不意打ちの攻撃で負傷してしまい、王座をキャスティに明け渡すことになったが、そのキャスティを捕まえたことが評価されたらしい。
実際にはヒスイとロイドがキャスティを追い込んだのだが、王竜を攻撃していたということは伏せるため、オルトロが阻止したという形になっていた。
「オルトロ様は魔法国の王になったから、王から竜騎士に贈り物をするのは立場上できないと判断したようね。だから、デイルから私への贈り物にしたみたいね」
一国の王が竜騎士にお礼の贈り物をすると、周囲から明らかに怪しまれる。今回の魔法師の襲撃に王竜は関わることがなかった。すべてオルトロが解決したと思ってもらうため、ここで関係があったと疑われてしまう。カモフラージュとして、デイルが神殿を訪れた時に一晩泊めてくれてお礼に、竜騎士ではなくその妻であるリナにお礼を贈ってきた。
「お礼なら魔法石でもらったのに、またもらえたのはラッキーですね。前のより格段にいい物ですよ」
キリアルが箱の中の魔法石を確かめていく。竜の街で買った原石からオルトロ自ら生成した魔法石も十分良い物に思っていたが、それ以上の物を用意してくれた。
「魔法国にはより良い原石が沢山あるようだから、生成できる魔法石の質も良くなるみたいね。できるだけ質の良い物を贈ってくれたみたい」
原石にも品質がある。それに属性によっても作れる魔法石が違ってくる。
明り取りや料理や暖炉の火として使う程度の魔法石士か日ごろ目にする機会がないため、リナは魔法石に詳しくない。それでも、透明度が高く綺麗な魔法石は品質が良いということは知っていた。
「すべてロゼストに預けましょう。必要な物を振り分けてもらって、後は保管しておきましょう。ロイドにも伝えておかないと」
魔法石の管理はロゼストがしてくれている。贈り物が届いたことをロイドにも伝えなければいけないが、彼は今王竜と一緒に空にいる。
竜王祭が迫ってくると、彼はいつにも増して王竜と空へ行くことが多くなった。祭りが行われる間は、街が賑わい人の出入りも活発になる。そのためなのか、人々の熱気に煽られるように魔物の動きも活発になることがある。そのため上空から森やハンクフ山に異変がないか確認していた。
他にも人の往来が多くなると良からぬことを考えて竜王国へ入ってくる者もいる。
国境の検問所で取り締まりは行われていても、別の場所から勝手に侵入してくる者もいる。そうした者たちは森の中に潜伏していることもあるので、監視が必要でもあった。
街の中は警備隊が対応してくれるが、それ以外は王竜と竜騎士が目を光らせる。
彼が戻ってきたらオルトロからお礼が届いたと伝えることにした。
魔法石は箱ごとキリアルが持って行き、お茶がすっかり冷めてしまったことで、アスロとのお茶会はお開きとなった。
私室に戻って刺繍をしようかと考えながら廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「リナ」
振り返ればまだ空にいると思っていたロイドが兜を脇に抱えてこちらに歩いてきていた。
「ロイド。今日は速く戻って来たのね」
まだ日が高い時間だ。予想外の登場に驚いたが、嬉しくもある。
「魔物の動きも静かなようだし、侵入者もいないようだから一度引き返してきた。今日は夜にもう一度飛ぶことになった」
魔物も侵入者も日が沈んだ暗闇で動くことが多い。竜王祭が近いこともあって、夜の警戒もすることになったようだ。
そうなると今夜は1人で寝ることになると考えて、いつも隣にいてくれる存在がないことを想像すると寂しい気持ちになってしまった。
「さっき、オルトロ様から荷物が届いたのよ」
今から寂しくなっていても仕方がないので、リナは話題を変えて気持ちを切り替えた。
デイルからリナ宛の荷物ということになっていたが、中に入っていた手紙でオルトロからロイドへの贈り物で会ったことを話す。手紙は箱から取り出しておいたので、それをロイドに渡した。
手紙を読んだ彼は複雑な表情をした。
「竜王国としては何もしていないことになっている。礼をするようなこともなかったのに」
「アストル魔法国の王様が、竜騎士に贈り物をすることはできないとわかっていたから、デイルから私への泊めてもらったお礼にしたのよ」
魔法石はオルトロが魔法国に帰る時にもらっていた。あれだけで十分だったのだが、相手はそう思っていなかった。そのためもっと品質の良い魔法石を用意してくれた。
「魔法国の王自ら生成した魔法石なら、貴重な物になりそうだな」
手紙を読み終えて封筒に仕舞うと、ロイドはリナをエスコートしながら部屋へと戻った。
廊下で立ち話をしているより部屋でゆっくり寛ぎながら話そうと思ったのだろう。
「無事にアストル魔法国の王に戻ることができたみたいで良かったわ」
「随分の国内が混乱していたようだが、何とか立て直しが出来たようだな」
手紙の内容には、王座に戻ることはできたがその後処理が大変であることが書かれていた。詳しいことはわからないが、デイルや他の魔法師たちと協力して元の魔法国の平穏を取り戻そうと奮闘しているのだろう。
「今後は竜王国に危害を与えるようなことがないように取り締まりも強化されるだろうな」
「大魔法に関しても、管理を徹底することになるでしょうね」
キャスティの件でオルトロが約束してくれたことだ。大魔法の復活や、王竜への敵意を示さないように国の魔法師たちへの意識改革が行われることになる。キャスティのように王竜を完全な悪として大魔法を使おうとする魔法師が今後出てくることがないことを祈るしかない。
「これから竜王祭も始まるから、これ以上の騒動は御免だな」
部屋に戻ってソファに座ると、ロイドが王竜への感謝を込められた祭りで問題を持ち込まれるのは嫌だとはっきり言う。それを聞いて、リナは1年前のことを再び思い出した。
「私が騒動を持ち込んだのは竜王祭の後だったわね」
祭りが終わってリナがやってきたが、彼女を受け入れたことでギュンターの聖女の問題に巻き込まれた。だがそのおかげでリナはロイドと一緒にいられることになったとも言える。
「あれは別の問題とも言えるな。問題を抱えているいないに関わらず、俺はリナを手放すことはなかったはずだ」
リナが聖女だから結婚したわけではない。リナという女性を見てロイドは一緒にいたいと決めたのだ。
懐かしそうに言うロイドに、リナは気恥ずかしさを感じた。
彼の愛情は今でも変わることがないと思っている。むしろ愛情が深くなっていると感じることが多い。
竜王国へ来た時にはこんなことになるとは予想できなかった。
「これも聖女の幸運なのかしら?」
ふとそんなことを思った。聖女になることで幸運を得ることができた。すべては聖女の力だったのか。
「リナが竜王国へ行こうと思ったのは自分の意思だろう。足を向けることがなければ出会うこともなかった。聖女の幸運は確かにあったかもしれないが、その幸運を導き出したのはリナ自身だと俺は思う」
リナの言葉が何を意味しているのか正確にロイドは理解していたようで、聖女の幸運だけで今のリナがあるわけではないと言ってくれている。
「それに、何度も言っているが聖女だからリナと結婚したわけじゃない。聖女だから君に惹かれたわけじゃない」
ロイドは最初からリナ自身を見てくれている。そして、リナもロイドが竜騎士だから結婚したわけではない。
「そうね。幸運はきっと行動したことでついてきてくれたものなのね」
結果として幸運はあっただろうが、その過程はリナの考えで行動したものだ。幸運だったというだけでまとめることはできない。
「もうすぐ1年だから、感慨深くなったのかしら」
「そうかもしれない。もうすぐ1年だ。そして、まだ1年だ」
そう言うと、ロイドが優しく抱き寄せてきた。額にキスが落とされて、視線を上げると唇を奪われる。
「今夜は一緒にいられないから、今のうちだろう」
離れた唇から紡がれた言葉にこの先のことが想像できてしまった。
「まだ日が高いのに」
「ヒスイは今離れてくれている。誰か来ても困るから寝室に行こう」
リナが無言で頷くと、ロイドに軽々と抱えられてしまう。
刺繍をしようと思っていたのだが、夕食が運ばれるまで、2人は寝室でともに時間を過ごすことになった。




