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朝を迎えて

侯爵家を出てからも、朝目が覚める時間は変わることはなかった。これは完全な身に沁み込んだ癖なのだから仕方がない。起きる時間に合わせて使用人が姿を見せて身支度の手伝いをしてくれるのが今までだったが、もうそんな使用人はどこにもいないので、全部自分でやらなければいけない。

「どれだけ不自由なく暮らしていたのか実感するわね」

衣食住で苦労したことはない。だが、その分貴族令嬢としての義務はこなさなくてはいけなかった。

リナはそうやって生活していたが、妹のミルは自分の思う通りにしていた。それを注意すればすぐに父親に泣きついて、叱られるのはリナの方だった。

「その生活ももう終わったのね」

貴族生活を止めることで苦労することは今後あるだろうが、あの家族から解放されたことの方が今のリナにとっては心の重荷を降ろせて幸せに感じてしまう。

とはいえ、少し早く目が覚めてしまったように思えた。

部屋の中はリナ1人なのでとても静かだった。他の部屋は無人なので騒ぐ人間は近くにいない。それ以外にも廊下を動く使用人の足音や気配があってもいいように思うが、それさえない。

神殿に住み込みで働いている使用人は少ないようだから仕方がないのだろう。

「朝食までまだ時間がありそうね」

窓から空を見上げれば、太陽がやっと顔をだしてきて辺りが明かくなってきている頃のようだ。朝食はもっと太陽がのぼってからだろう。

「散歩しても大丈夫かしら」

その許可は誰に取ればよかったのだろう。ロゼストに聞いておけばよかったと思いながら、再びベッドに潜る気にもなれず、着替えを済ませたリナは部屋を出ることにした。

「王竜の部屋には行っていいのかな?」

昨日は王竜の許可をもらって入ることができた。今は勝手に入ることが許されていないだろう。そう考えながら2階の廊下を歩いていると、ふと窓の外に動くものがあった。

気になって外を見てみると、神殿の裏側に面していたようで木々に囲まれた広々とした空間に所々に色鮮やかな花が咲いている。

どうやら神殿の裏手は庭になっているようだ。

「あっ」

広い空間となっている庭に、竜騎士ロイドが剣を構えて立っていた。

素早い剣捌きで振るわれる剣は窓越しでも風を切るような音が聞こえてきそうな迫力がある。

王竜に認められた唯一の騎士。王竜だけがすごいのではなく、その背に乗ることを許された彼もまた実力がなければいけない。

竜騎士とは王竜の言葉を理解し、それを人々に伝える役目を持っている。それ以外にも国の争いが起こればその背に乗って共に戦う存在にもなる。

国同士の争いを鎮めて竜王国に身を置いた王竜だが、その後も王竜をよく思わない国が攻めてこようとした時代があったのだ。その時には竜騎士が存在していたので、竜騎士を背に乗せて戦ったという歴史が残っている。

リナが見ていることなど気が付いていないようで、ロイドは黙々と1人剣を振るっていた。

素人のリナでさえわかるほど無駄な動きがなく隙など見せることのない動きに、美しささえ感じてしまう。

窓から眺めていると、なんだかのぞき見しているような感覚になってしまったリナは急いで1階へと向かった。裏庭へ出られそうな大きな窓を見つけて外へと出る。

太陽が昇り始めたばかりの薄闇の空の下、わずかな光を反射しながら剣を振るう音が聞こえてくる。

風は凪いでいて空気が冷たく感じられた。

聖女選定や、偽聖女騒動に侯爵家との絶縁などがあってすっかり気にしていなかったが、季節はすでに秋になろうとしていたのだ。朝が寒くなってくる季節でもある。

神殿の中が温かかったので外に出た瞬間、一枚上着を羽織るべきだったと後悔した。

肌寒さを感じながらも引き返すことなくリナは無心に剣を振るっているロードへと近づいていった。

だが数歩も歩かないうちに、彼の剣がぴたりと動きを止めるとこちらを振り返った。

「お、おはようございます」

目が合ってしまい少し気まずい空気が流れる。決して邪魔をするつもりはなかったのだ。とりあえず挨拶をしてみると、彼は剣を鞘に納めてしまった。

「おはよう。あまり眠れなかったのか?」

まだ日も昇り始めたばかりの時間帯。リナにとってはこれくらいが当たり前の生活をしてきたので苦になっていなかったが、彼としてはもっとゆっくり休んでくれていると思っていたようだ。

「早く目が覚めてしまって。朝の散歩をしてみようかと思いました」

検問所が開けば街に戻ることになる。その前にもう少し神殿を堪能するのも悪くないと思っていた。

「勝手に出歩いてはいけませんでしたか?」

見られては困る部屋や場所があるのであれば事前に教えてほしかった。勝手に出歩いたことを叱られるのだろうかと思っていると、ロイドはわずかに口元に笑みを乗せると首を横に振った。

「王竜の部屋に勝手に入りさえしなければ問題ない」

あの場所は王竜の許可が必要な場所なのだ。とはいえ、普段は空の上にいることが多いのであの部屋に入れる機会はあまりないらしい。

「神殿内の案内はしてもらったのか?」

「いいえ、昨日は部屋に案内されただけなので、神殿の説明は受けましたけど、実際には見ていないのです」

「そうか」

神殿の説明はロゼストが部屋に案内するまでの間に大まかに聞いた程度だ。実際にはどこも見ていないので、リナにとって神殿の散歩は探検しているような新鮮さがあった。

神殿は入り口のホールと王竜の部屋を中心にシンメトリで両側に建物が伸びている構造だ。迷うような入り組んだ構造をしていないので初めて来たリナでも安心して歩ける。

「案内が必要なら言ってくれればいい」

軽く汗を拭うと彼はそんな申し出をしてきた。

竜騎士自ら王竜を見に来ただけの娘の案内役をするなんて申し訳なさすぎる。

「行ってはいけない場所だけ教えてもらえれば、勝手に見て回りますから、お気になさらず」

こんな朝早くに剣の稽古をしていたのだ。彼はきっと忙しい身なのだろう。そう考えるとせっかくの申し出でも、こちらが申し訳なくなってしまった。

両手を胸の前で振って遠慮すると、彼は数回瞬きをしてから視線をそらした。

その仕草がなんだかしょげているように見えたのは気のせいだろう。

「あ、あの・・・もしよろしければですが、剣術の続きを見学させてもらうことはできますか?」

断ったことに別の意味で申し訳ない気持ちになってしまったリナは、散歩の案内ではなく彼がしていたことを見ていていいかと尋ねた。

「何も面白くないと思うが」

「こういうのを見学したことがないので、少し興味があって」

侯爵家にも護衛騎士として雇われた騎士たちがいる。彼らも侯爵家で訓練を日々しているのだろうが、その姿を見ることはほとんどなかった。貴族令嬢として幼い頃は勉学に励む日々だったし、成人してからは社交の場が多くなって屋敷に居る時間も減った。いつも護衛してくれることが当たり前になっていて、彼らが日々どんなふうに訓練をして剣の腕を磨いているかなど考えることがなかった。

ロードの剣を見ているととても綺麗で優雅ささえ感じる。

リナの申し出に彼は少し考えてから軽く息を吐きだした。

集中できないから駄目だと言われるかと思っていると、彼は近くに置いてあった黒い布を掴み取ってリナへと近づいてきた。

「あまり近いと危険だから、この場所から動かないこと。それと、朝は冷える時期だ。温かくしていることが条件だ」

そう言って持っていた黒い布を広げてリナの方にかけてくれた。

「鍛錬後に汗が引くと体が冷えないように持ってきてあった物だ。未使用だからこれを使うといい」

厚手の布でできたマントのようだ。肩に重みを感じるほどだが、羽織った瞬間から体が温もりを閉じ込めて温かくなった。薄着で出てきてしまったリナを気遣ってくれたのだ。

「あ、ありがとうございます」

マントに包まれると同時に優しい匂いにも包まれる。なんだかロイドに包み込まれたような気になってしまい体だけではなく顔まで熱がこもったように感じられた。

これはただの気遣いよ。と心の中で何度もつぶやく。

リナが気持ちを落ちつかせている間に、ロイドは何事もなかったように離れていくと、再び剣を抜き放った。心を乱していたのはリナだけのようだ。それがなんだか悔しい気もしたが、正眼に静かに剣を構えた彼を見た瞬間、場の空気が一気に変わったのを感じた。

素早く振るわれる剣先に、リナの視線は吸い込まれていく。

しばらくリナは無言のまま、アスロが朝食を届けに来たのに部屋にいなかったと探しに来るまで、ロイドの剣を見ていることとなった。


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