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アストル魔法国

捕らえられた魔法師たちはオルトロが目を覚ますまで竜の街で投獄されることになった。

街には警備隊が管理している罪人を監視できて留置しておくことのできる場所がある。10人という大人数ではあったが、魔法を封じられたただの人となった魔法師を拘束しておくことは警備隊でもできると判断された。

それに神殿には拘束しておくような牢屋はない。前にギュンターの神官を拘束したときはホールに一晩放置して見張りを付けた。だが今回はオルトロがいつ目覚めるのかわからないということで、街で預かってもらうことになった。

「リグストン隊長がいてくれたおかげで、事情もわかってもらえましたし、神殿襲撃は街にも伝わっていましたから、他の警備隊も協力してくれるようでよかったです」

アスロがリナの前にお茶を出しながらほっとしたように話している。

「大魔法は被害がなかったものの、爆発の音は街まで響いていたから、多くの街の人たちが驚いたようです」

「王竜様に助けを求めなければと、朝から街の人たちが不安そうにやって来たのは、説明するのに少し困りましたね」

魔法師たちを街に連れて行ったスカイがその時の様子を思い出して話すと、ロゼストが、次の日の朝の様子を思い出して苦笑した。

何が起きたのかわからない人々は、助けを求めるように神殿にやってきて王竜に会えなくても王竜の間の扉の前で祈りを捧げ、ロゼストを見つけると事情を聞こうとしてきた。真実をすべて話してしまうと国同士の争いが起こると思われてしまう。そのため襲撃があったことは事実として話したが、王竜と竜騎士によってすべて解決されたことを柔らかく包み込むように説明するだけだった。

あの爆発は音ばかりが大きくてたいしたことのない攻撃だったのだと伝えているらしく、実際被害が出ていないので、ロゼストの言葉を人々は信じてくれていると思う。すべてリナの聖女としての力のおかげなのだが、それは話すことができない。

「オルトロ様が魔法国に戻れるようになるまで、この状況はしばらく続くと思っていた方が良さそうね」

後処理に使用人たちは動いている。まだしばらくは穏やかな日々は送れそうにない。

リナの言葉に誰もが肩を落とすような雰囲気があった。

「そんな時は甘いものでも食べて元気をつけるのが一番だ」

そう言ってお茶会の部屋に入ってきたタイトはケーキを乗せた盆を両手で掲げるようにして入ってきた。扉が開いていたので両手が塞がっていても問題ない。

いつもはクッキーなど手軽に食べられるものを用意してくれるのだが、今日は手の込んだケーキが用意されている。ふわふわのスポンジとクリームが層になっていて、上にもクリームが塗られて贅沢だと思うくらいフルーツも乗っている。

「戦いの後は疲れを癒さないといけませんよ。ロイド様からの発注でもありますから」

どうやら今日のケーキはロイドが頼んでいたらしい。魔法師と戦った使用人達への労いの意味が込められているのだろう。

「リナ様には特別です」

他の者たちよりフルーツの盛りが多いケーキが目の前に置かれる。

「私は何もしていないのだけれど」

「そんなことありません。一番の功労者はリナ様だとロイド様が言っていました」

ケーキを目の前に嬉しいと思うのだが、魔法師と戦ったのはリナではない。聖女の力が大魔法の被害を防いだとしても祈っただけのリナにはあまり実感がない分、少し申し訳ない気持ちになってしまう。だが周りはリナの力を知っているので、誰も異議を唱える者はいない。

タイトも胸を張って主張している。

「リナ様の力があったからこそ、被害が最小限で済んだと言っていいのですよ」

リナの聖女の力は神殿で働く者たちは知っている。あとから働くことになったリカルドとレーリアも働き始めてしばらくしてから教えた。彼らは外で言いふらすようなことはしない。

「実感があるような、ないような・・・」

大魔法によって大きな被害が出ていたはずの神殿とその周辺の森は、何事もなかったように無傷だった。朝になって明るくなってから確認もしている。これが聖女の守護の力でなければなんだと言うのだとタイトは言いたいようだ。

だが目に見えないだけではなく、力を使ったという感覚がないため、どうにも実感に乏しい。

王都の結界も強化されていることはわかっても、祈りを捧げただけで強化されたため、あちらも実感があまり持てていないのが事実だ。

それでも誰もがリナの力を信じて認めてくれるので、自分の力としての自信がないわけではない。感謝されて素直に喜べない複雑な部分があるのだ。

「とりあえずは喜んでおくべきなのね」

こんもりと盛られたフルーツを目の前に今は喜んでおくべきだと判断して笑顔を見せると、タイトは満足したように部屋を出て行った。

「こんな贅沢ができるなんて」

ケーキを目の前に置かれてレーリアが感動したように呟いている。

今までの生活でケーキを口にできることはなかったのかもしれない。母子の生活は苦しいものだっただろう。当然リカルドもケーキを前に目を見開いている。

「さぁ、食べましょう」

リナの声を合図に全員がフォークを手に取った。

クリームの上に乗っているフルーツをすくい取って口に入れると、誰もが幸せそうに頬を緩ませる。

リナもたくさんある中から真っ赤なイチゴを口に入れた。その甘酸っぱさに昨日までの疲れがほぐれていくようだ。

襲撃を受けて一夜明けただけの今日。午前中は街からやってくる人々の対応をロゼストとゼオルがしていて、他の者たちは疲れを取るために部屋で休ませていた。襲撃者たちは昨夜のうちに街へと連れて行った。

今は昼食後のティータイムとしてお茶会の部屋に集まっていた。

ここに居ないのはロイドと、今も意識を失っているオルトロとその様子を確認するためのキリアルがいない。ゼオルは神殿にやってくる人たちの対応でホールにいる。あまりに人が来るため午後からはロゼストと交代制にしていた。

手の空いた使用人たちは全員集まってケーキを頬張っている状況だ。

このケーキも後で他の使用人にも食べられるように残されているはずだ。全員が幸せな気持ちになってくれればいいなとリナは思いながら、ケーキの甘さに頬が緩むのを感じていた。

「タイトさんは何でも作れて凄いですね」

レーリアがケーキを味わって感動しながら言う。どこかでお店を出しても問題ないとリナも思うが、そうなってしまうと神殿の料理担当がいなくなってしまうので、できればずっとここに居てほしい。

元傭兵だと聞いているが、一体どこで腕を磨いたのか謎である。

和やかな雰囲気のまま出されたケーキがあっという間に消えていった。

誰もが満足しているのを確認すると、リナは椅子から立ち上がった。

「このままゆっくりしていて」

ケーキはロイドの指示であったが、部屋に集まってお茶をしようと提案したのはリナだった。いろいろなことが起こって心身ともに疲弊しているはずの使用人たちの様子を確かめたかったのだ。

戦いに参加した者たちもそうだが、隠れて襲撃が終わるのを待っていた者たちも相当な負担を強いられていたはずだ。彼らが気持ちを沈めているのではないかと思っていたのだが、今見る限りでは落ち着いて過ごしている。そのことに安心すると、オルトロの様子を確認したくなった。

キャスティを捕まえてすぐにオルトロは意識を失った。

医者に確認してもらうと、命に別状はないそうだが体力的に限界を迎えて倒れただけだと言っていた。一晩眠れば目を覚ますと思っていたのだが、昼を過ぎても彼はまだ目を覚まさない。

「オルトロ様の様子を見てくるわ」

「それなら一緒に行きます」

お茶を飲み終えたボルドが立ち上がった。キリアルと交代するつもりでもいたようなので、一緒に行くことにする。

他の者たちには休んでいてもらうように言ってから2人で部屋を出ると、ちょうどそこにロイドがやって来た。

「お疲れ様」

彼は王竜と一緒に空へ行っていたはずだ。昨日の襲撃から周辺の様子を確認するため朝すぐに飛び立っていた。確認が終わって戻ってきたようだ。

「ヒスイがリナに話があるそうだ」

戻って来たばかりのようで兜を脇に抱えていたロイドは、リナを見つけるとすぐに王竜の間に行こうと言ってきた。

「私に話?」

「昨日の襲撃のことで説明したいことがあるらしい」

首を傾げるリナに、詳しい内容を聞かされていないようで、ロイドもよくわからないと言いたげな雰囲気だ。

オルトロの様子を見に行くのは後になりそうだ。一緒に行くはずだったボルドに任せることにして、リナはロイドと一緒に王竜の間に行くことになった。

どんな話が待っているのかいろいろ考えながら歩くリナの手をロイドが急に握ってくる。見上げると優しい眼差しがぶつかることになった。彼も疲れているはずなのに全くそんな気配がない。

握られた手を握り返してみると、指を絡まれてしまう。それがなんだか甘えているように思えて微笑ましくなってしまった。

そのまま何事もなかったかのようにロイドは前を向いてしまったが、決して手は離れない。リナも離れたいと思うことはなく、2人はそのまま王竜の間へと行くことになった。


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