魔法師キャスティ
王竜の間に入ったロイドは勢いよく台座に飛び乗ると、いつでも飛び立つ準備のできていたヒスイの背にそのまま飛び乗った。無駄な動きをすることなくふわりと浮いたヒスイが天井を突き抜けて空へと舞い上がる。
夜ということで辺りは暗いのだが、ロイドには王竜の加護があるため夜目が効く。空に出ると森の中を駆け抜けていく影もわかった。森の木が邪魔をしてはっきり捉えるのが難しいが、敵が動いているのは確かだ。
夜の森は魔物の領域だ。昼間でも無闇に入らない場所なのだが、魔法師たちは気にすることなく森を抜けて神殿を目指してきたようだ。途中で魔物に遭遇しても彼らなら撃退できる自信があったのだろう。
ちらほら見える人影の中にオルトロを追い込んだ魔法師キャスティがいるはずだ。
相手の顔を知らないので、女性という以外誰がキャスティなのかわからない。
神殿の裏手に視線を向けると、オルトロがいるのがわかった。彼もヒスイを確認しているのか見上げる格好だ。視線が合ったような気がしたので、魔法を使って夜でも目が効くようにしているのだろう。
神殿の入り口付近にはボルドとタイトがいるのも確認できた。森に近いところにスカイとキリアルがいたが、彼らはすぐに森の中に入って行き姿が隠れてしまう。獣人族は人族よりも身体能力に長けている。それは体力面だけでなく耳や鼻も利く。目以外の身体能力で、森に隠れている魔法師をすぐに見つけることができるだろう。相手が魔法師であろうと場所を察知して先に仕掛けてしまえば攻撃を受ける心配も減るのだ。
森を抜けて神殿に近づいてきた敵はボルドたちが相手をすることになる。
街で警護隊長を務めているリグストンには今回の襲撃の可能性を伝えておいた。何か神殿に異変を感じたらいつでも来てほしいと言っておいたので、戦闘が始まったら駆け付けてくるだろう。相手は魔法師だ、遠距離攻撃を得意としている分、苦戦させられる可能性もあった。人手は多い方がいいと考えて腕に自信のある彼を選んだ。普段なら神殿でのことで街の警備隊を頼ることはしない。すべてロイド達で片付けられるというのもあるが、警備隊が神殿に何度も足を運んでいると、街の人たちが不安を覚えてしまう。そうならないためにも神殿は平和であり、王竜はいつも街の安全を見守っているのだと思われている方がいい。
だが今回は派手な戦いになる可能性があった。神殿での異変に警備隊も動揺することを考えて、隊長であるリグストンには事情を説明し、警備隊が混乱しないようにすることと、できれば助っ人としてリグストンには参戦してほしいと伝えてある。
『来るぞ』
ヒスイの声が頭に響くと同時に急激な方向転換をされる。だがロイドは振り落とされることはない。しっかりと王竜の背に乗ったままバランスを取る。
王竜が飛んでいた場所に火の球が通過したのが見えた。それは通過すると同時に弾けて大きな爆発を起こす。爆風と熱が襲い掛かろうとするが、ヒスイが翼を大きく動かすと巻き起こった風で爆風と熱が霧散した。
さらに火の玉が飛んでくるのをすべて避けていく。ロイドは振り回されないように重心を低くして視線を森へと向けた。球が飛んできているのは森からだった。生い茂った枝が邪魔をして火の玉を放っている相手が見えない。
裏庭にいるオルトロが走り出したのが見えた。相手を確認できたのかもしれない。
少しすると火の玉がぴたりと止まった。それと同時に森の中で爆発が起こる。オルトロが敵と戦い始めたのだろう。一方で神殿の入り口でも激しい音が響く。敵の襲来をボルドたちが迎え撃っているようだ。
地上で戦いが始まっている。ヒスイの背に乗っているロイドも地上で応戦すべきかもしれない。そう考えているとヒスイの否定する声が聞こえた。
『あちらは任せておけばいい。敵を迎え撃つぞ』
「だが、遠距離攻撃はされて敵は地上にいる」
そう言ったロイドだが、次の瞬間その言葉を自分で否定しなければいけなくなった。
オルトロが入っていった森の方面で爆発音が再び聞こえたかと思うと、爆風に合わせたように木々の隙間から人が空に飛び出してきた。吹き飛ばされたのかと一瞬思ったが、飛んできた相手は空中でバランスを崩すこともなく、放り出された感じでもなく、そのまま空中に留まったのだ。
フードを被った相手のローブが風ではためく。
その人物を追いかけるようにもう1人森から飛び出してくる。そちらも空中で留まるとロイドを見上げた。
額に汗を浮かべているオルトロだとはっきりとわかった。たとえ魔力が多く、強い魔法を駆使することができても万全ではない体では負担も大きいようだ。
大きく肩で息をしていた。
「その程度か?」
フードで顔が見えない相手がオルトロに話しかけた。見下すような言い方は女性の声だ。
「まだまだこれからさ」
息を整えて平気そうに言うオルトロだが、魔力よりも体力の消耗が激しいのは明らかだ。2人とも空中に浮かんでいるがそれも魔法によるものだろう。魔力は残っていても体力がなければ先にオルトロが墜落しそうな気がした。
「ヒスイ」
さらに上空を飛んでいたロイドはオルトロと高度を合わせるためヒスイに声を掛けた。
名を呼んだだけで考えが伝わったヒスイがゆっくりと高度を下げていく。
それに気が付いた相手がこちらを見上げてきた。同時にヒスイが翼で起こした風でフードが外れた。
短く切り揃えられた金髪に緑の瞳はどこにでもいそうな女性だ。オルトロと年も変わらないように見える。彼女が大魔法を復活させて王竜を倒そうとしている魔法師キャスティのようだ。説明をされなくてもオルトロと対峙していることで予想はできた。
「まさか王竜に助けを求めに来ていたとは。魔法国で王を務めていた者も落ちたものだな」
「お前が王竜を敵に回すような発言をしたから知らせに来ただけだ。このまま放っておけば国の戦争になる」
「戦争など起きないさ。王竜さえいなくなればこの大陸は平和になる。国を見張ることなんて必要ないのに、自分の力を誇示するように大陸の中心に君臨しているのはおかしいだろう」
冷静な物言いをしているが、言葉の端々に明らかな嫌悪感が滲み出ている。
キャスティは王竜が憎くて仕方がないようだ。その憎しみがどこから来るのかわからない。ヒスイは魔法国に対して力の圧力をかけたことがない。ロイドが竜騎士になる前もそんなことをしたという報告もなかった。魔法国も竜王国に対して危害を加えるようなことを過去にした記録さえない。
国としてではなく彼女個人の恨みがあるのかもしれない。
「どうしてそこまで王竜を憎む。王竜によって抑圧されたことなどないはずだ」
オルトロも原因がわからなかったようで質問すると、キャスティは鼻で笑ってきた。
「抑圧ですって、存在自体が抑圧になっているだろう」
「それは国同士の争いを起こさないために存在しているだけで、国を支配しているわけではないだろう」
王竜は魔王を倒して200年後、自分達が抱えている力を誇示するという身勝手な理由で戦争を起こした国を鎮めるために神が使わせた存在だ。以降300年、王竜は再び国同士の争いで多くの血を流れることのないように国の行動を見張ってきた。王竜自ら積極的に他国に危害を加えるようなことは決してしない。
「王竜はその存在自体が強い力の塊だということは明らかだ。結局は力を見せつけて他の国を抑え込んでいるだけ。そんなに力が重視されるなら、より強い力を持った者が大陸を見張ればいいと思わないか。そのためには大魔法という手段があってもいいだろう」
「キャスティ、お前はいったい何を言っているんだ?」
理解できないと言いたげなオルトロが額を抑えた。
2人の会話を聞いていたロイドは、キャスティが力ですべてをねじ伏せて大陸に君臨する存在になろうとしているのだと理解した。そのためには魔法国で伝承されることのなかった大魔法を復活させることが重要だと考えたのだろう。
「魔王を倒せるほどの大魔法さえあれば、王竜だって恐れる必要はない」
まるで自分に酔いしれているかのように宣言している。
それを聞いてロイドはため息をついた。
「大魔法で王竜に勝てると本気で思っているのか」
「なに?」
呟きに近かった声だがキャスティには聞こえたようだ。一気に睨みつけるように叫んでくる。
「竜騎士なんて、王竜の背に乗っているだけの役立たずが、偉そうなことを言うな」
彼女はいろいろ勘違いしているようだ。またため息をつきたくなったがぐっと堪えた。
竜騎士は王竜とともに戦う存在だ。戦うだけではなく唯一王竜の言葉を人々に伝えることのできる役目も持っている。ただ背に乗っているだけとは、どうやって勘違いしたのか謎である。
『そこまで言うのなら試してみればいい』
話を聞いていたヒスイの声が響く。それを聞いてロイドは口角を上げた。役立たずかどうか、自分で確かめてもらうことにしよう。
「王竜への攻撃はそれだけの覚悟を持っていると判断する。どちらがより強いのか確かめたいというのなら、こちらも本気で行かせてもらう」
ロイドの言葉に合わせるようにヒスイが一声鳴いた。
「空は王竜の領域だと思ったら大間違いだ。魔法師だって高位魔法が使えれば飛べるのだから」
ヒスイの鳴き声を恐れることなくキャスティが不敵に笑う。よっぽどの自信があるのだろう。
キャスティとオルトロは宙に浮かんでいるが、これは魔法師の中でも実力者でなければ使えない魔法のようだ。
空中戦はやったことがない。今までそんな機会がなかったのだから仕方がないのだが、それで負けるつもりはロイドもヒスイもない。彼には待っていてくれる人たちがいる。隣に立ってくれる愛おしい人を思い浮かべる。
「試してみようじゃないか」
その言葉を合図にするようにヒスイが大きく羽ばたくとより高く上昇していく。
大魔法を武器に魔法師と王竜の戦いが始まることになった。




