戦闘開始
ロイドが部屋を出て行って入れ違うようにリカルドとアスロが部屋へとやって来た。
襲撃時の行動はロイドから指示が出ていたようだ。2人ともすぐにリナを避難させようとしたが、それを拒否してここに残ることを説明した。
渋い顔をした2人だったが、ロイドの許可があることを言うと何も言わずにその場に待機してくれることになった。
「戦闘が始まったらできるだけ安全を確保して様子を見られるようにしましょう」
「神殿からは絶対に出てはいけません。敵の魔法師以外にも森の中は魔物がいますから」
アスロがどこで戦闘が起きたら安全を確保できるのか考えていると、リカルドは外に出ないようにと注意をしてくる。
リナが残ることにすぐに頭を切り替えてくれたことに感謝するしかない。アスロは長年神殿で働いているのでどう対応したらいいのかわかっている。リカルドはここで使用人として雇われてから半年程しかいない。それでも、自分がどうするべきなのかを理解していた。
頼もしい2人の護衛がいれば安心だと思う。
「まずはホールに行った方がいいと思うけど」
「ホールには戦える者たちが集まっています。そこに敵が攻撃を仕掛けてくる可能性が高いので、動きがあるまでは部屋にいたほうがいいです」
リナの提案にすぐにアスロが反論した。何よりもリナの安全を最優先しなければいけない。
我が儘に付き合わせているのだからここは大人しく従うことにした。
魔法師たちの目的は王竜ヒスイだ。神殿に攻撃を仕掛けてくるとしても正面から堂々と仕掛けてくるとは限らない。どんな動きを敵が見せてもすぐに対応できるようにしておく必要があるだろう。
「みんな無事にいられますように」
動きが出るまでどうすることもできない。リナは両手を組んでまずは祈ろうと考えた。聖女の力は守護と幸運。神殿で暮らすみんなが無事であることを祈れば、少しは彼らの力になるかもしれない。
見えない力なので効果があるのかどうかリナではわからない。それでも祈るくらいはしておきたかった。
「大丈夫ですリナ様。みんなそう簡単に負けるような使用人ではありませんから」
各国に調査として赴いていた使用人は3人だが、今現在全員神殿にいる。彼らの実力をはっきり知っているわけではないが、長い付き合いのアスロの言葉を信じることにする。
そんな会話をしていると、突然神殿の外で大きな音が聞こえた。
何かが爆発するような音とともに窓が震える。
「庭の方からか」
リカルドが窓に近づくと、今度は別の方向から音が聞こえた。音の方向から神殿の入り口辺りのように思った。
戦闘が始まったのだ。
「ロゼスト達は避難できているかしら?」
「俺が部屋を出た時母さんはロゼスト様の部屋へ向かおうとしていました。おそらく合流して避難しているはずです」
母親の心配もあるだろうが、今はリナを守るという役目を優先してくれているリカルドが冷静に答えた。
戦闘に参加できない者たちは地下に避難することになっている。ゼオルも避難しているだろうが、リナの姿が見えないことに戸惑いと不安を覚えているかもしれない。彼にとってリナは大事な聖女だ。戦いに参加しなくても近くにいることを決めたと知ったら卒倒されるかもしれない。とりあえず大人しく避難してくれていることを願うしかない。
さらに大きな音が聞こえて、今度は部屋にいても空気が震えるような感覚があった。
「すごいな。これが魔法の力なのか」
リカルドの呟きにリナも同じ意見だった。襲撃してきているのは魔法師だ。彼らは魔法を駆使して戦う。武器を持って相手と斬り合うのではなく、魔法を放って攻撃するのが主流だろう。戦い方がまったく違う相手にロイド達は戦えているのか不安もある。それでも彼らを信じることがリナの大切な役割なのだと自分に言い聞かせた。
「戦いが外になっているようですから、とりあえずホールに向かってみましょうか?」
神殿に侵入者がいないのであれば広い空間であるホールに移動することを提案された。ホールからでは正面の様子しかわからないが、リカルドが確認した限りでは裏庭に人影はない。先ほどの大きな音は庭ではなくさらに奥の森の中からだったようだ。神殿の入り口の方からも音が聞こえたが、そちらも森の中という可能性がある。どちらにしても部屋にいるだけでは何も情報が入ってこない。
「行きましょう」
ホールに行けば何か動きがわかるかもしれない。リナが覚悟した声で言うと、アスロたちが静かに頷いた。
リカルドを先頭にアスロが背後を守る形でリナは廊下を出た。
その間にも数回の爆発音が聞こえたが、どれも最初に聞いた音より小さかった。
駆け足で廊下を抜けてホールに出ると、そこには誰もいなかった。皆外に出て戦っているようだ。
入り口の扉は閉められていて、わずかだが誰かの声が聞こえてくる。
神殿の入り口は扉を閉めてしまうとほぼ壁になってしまう。天井近くに明り取りの窓がある構造になっているが、人の背丈よりも上にあるため外の様子を窺うことができない。扉を開いて誰でも出入りできるようにしながら外の光を取り込んだり、暗いと感じれば魔法石で明かりを確保しているので明るさを気にすることがなかった。今は夜ということもあって壁際に等間隔で置かれている魔法石の明かりを点けるのだが襲撃されている今は最小限の光しか灯していない。
扉を開けて外の様子を確認したい気持ちはあったが、戦闘中にリナが顔を出すのは危険でしかない。そのため扉に近づいて外の音を聞くため耳を扉にくっつけてみる。
誰が声を出しているのかわからないが、確かに声は聞こえてきていた。
「外の様子がわからないわね」
「扉の近くにボルドがいます。スカイとキリアルは近くにいないようです。森の中で戦っているのかもしれないです。タイトも近くにいるようですね」
リナの呟きに反応するようにアスロが答えた。驚いて振り返ると、彼女は耳を細かく動かしながら周囲の音を聞き分けている。獣人族は人族よりも身体能力が長けている。音の聞き分けも得意だ。
「あ、リグストン隊長もいますよ」
「え?」
まったく予想していなかった名前が出てきてリナは声を漏らした。
リグストンは竜の街で警備隊長を務めている。街の中の治安を守る役目を持っていて、気さくな性格をしているため、竜騎士であるロイドに対しても比較的砕けた態度で対応をする人だ。
「派手な音がしていたから、神殿で何かあったと察知して駆け付けて来たのかもしれないな」
リカルドが冷静に状況を判断すると、アスロは首を傾げた。
「来たばかりのようだけど、駆け付けるには早い気がするのよね。ロイド様に襲撃されたら駆け付けるように言われていたのかしら」
それはあり得ることではあった。王竜を攻撃対象に襲撃があることはオルトロの情報で明らかだ。竜の都は王竜がいてこそ成り立っている。王竜を敬い、感謝して建てられた神殿が攻撃されているとわかれば、警備隊が動く可能性も十分にある。普段は神殿のことで警備隊を呼ぶことをしないが、今回はロイドも警備隊への協力を仰いだのだろう。
「でも、警備隊というよりリグストン隊長だけいるようです」
アスロが耳を動かして外の様子を探る。
警備隊を呼んでいるのだと思っていたが、どうやらリグストン個人だけに協力要請を頼んだようだ。事前にロイドが連絡をしていたのだろう。警備隊で数を増やすのではなく、強力な戦力になれる人を選んでいたのかもしれない。
戦える人間が増えたことを心強く思いながら、リナは扉を少しだけ開けて見ることにした。アスロの耳だけを頼っていては外の状況は把握しきれない。自分の目でも確認しておきたい。
すぐそばで戦闘が起きていないことをアスロが確認すると、扉を押し開けようとしたがすぐにリカルドに止められた。念のため、彼が扉を開けて外の様子を確認すると言われる。
わずかに扉を開けてリカルドが外の様子を覗いてみた。
扉を開けたことで聞こえてくる声がはっきりした。
「森にまだ残っているぞ」
久しぶりに聞くリグストン隊長の声だ。
「そちらはスカイとキリアルに任せます。我々は神殿を守るのが役目です」
「2人で大丈夫なのか?」
ボルドの冷静な声にリグストンが心配そうに言うと、近くにタイトもいるようで彼の明るい声が聞こえた。
「あの2人なら大丈夫です。それよりこちらの魔法師たちはどうします?」
会話からして襲撃してきた魔法師を捕まえて戦いは終わっているようだった。まだ森の中に隠れている魔法師がいるようだが、神殿の前は安全になったようだ。
「とりあえず転がしておきましょう。縛られていても魔法を使われると厄介なので、オルトロ様から預かった魔法石を使っておきましょう」
オルトロからの魔法石とは何のことかリナにはわからなかったが、とりあえず外に出てもいいように思う。
リカルドも同じように判断したようで、隙間から覗いていた顔を振り返って頷いた。
「出ても大丈夫だと思います。でも、僕から離れないようにしてください」
年下の少年ではあるが、今はとても頼りがいのある存在になっている。
リナが頷くと、リナルドはゆっくりと扉を開いた。
夜ということで辺りは暗くなっているが、星明りで周囲の様子を見ることはできた。
突然扉が開いたことで近くにいた3人が一斉にこちらを振り返る。そしてリナがいることに気が付くと驚いた顔を3人ともした。
「リナ様、避難していたはずですが」
「まだ魔法師が近くにいます。すぐに引き返してください」
戦いが終わって様子を見に来たのだと思われたようだ。襲撃時の行動は事前に伝達されていた。急遽リナが残ったことはロイドから聞くことがなかったようで、避難していると思われていた。
護衛から離れないことを条件に地下には行かなかったことを説明すると、やはり戸惑った顔をされる。
聖女としてみんなを守りたいと説明したかったのだが、リナが聖女であることを知らないリグストンが一緒にいたため説明できなかった。
それでも何かを察してくれたのか、ボルドとタイトは何も言わずに自分の作業に戻った。
足元には5人のローブを纏った人が転がっている。おそらく全員魔法師だろう。後ろ手に縛られているが、首に小さな石をはめ込んだ首輪のようなものを付けられている最中だった。
オルトロから預かった魔法石のことを話していたが、どうやら首輪がそれのようだ。
「魔法師の封印は終わりだな」
意識がないようで魔法師たちはぐったりしている。何の抵抗もできずに魔法を抑え込む魔法石を付けられてしまった。
「残りの魔法師はスカイたちに任せましょう」
ボルドの言葉にタイトは頷きリグストンは肩をすくめた。
3人の様子を見ている限り怪我はなさそうだ。リナの聖女としての力が効いたのか、彼らの腕が良かったからなのか、それとも魔法師が弱すぎたのかわからないが、結果として怪我をしていないことに安心する。
「そう言えばオルトロ様は?」
魔法石を預かったとボルドは言っていたが、預けた本人の姿が見えない。それにロイドと王竜もどこにいるのだろう。
周囲を見渡したリナは、次の瞬間上空で激しい音を聞くことになり、音とともに光が迸ったことで上空を飛ぶ王竜の姿をはっきりと捉えることができた。そして、離れたところに浮かんでいる人影も見つけて背筋に冷たいものを感じることになった。




