庭の散歩
それから3日が経過した。
警戒は続いているが特に大きな変化もないままオルトロの看病が続き、彼はベッドから降りられるほどの回復を見せるようになった。
あの怪我でもう部屋の中を歩き回れるほどになったことに医者も驚きを隠せなかったほどだ。
「超人なのですかね?」
「普通の魔法師です」
医者の質問に平然とそう答えたオルトロは、部屋から出る許可をもらって神殿の庭を散歩していた。
「支えなく歩けるのがすごいわね」
一緒に庭に出たリナは、足取りを確かめるようにゆっくりと歩いているオルトロを見ながら感心するしかなかった。
「年齢は関係なさそうですね。ただ単に回復力が長けているとしか思えません」
「魔法師はみんなそうなのかしら」
隣で一緒にオルトロを見守っているリカルドも回復力に脱帽していた。魔法師なら皆回復が速いのかと考えたが、魔法を使えるスカイは何も言っていなかったので、たぶん違う気がする。
腕を動かして体を捻ったりして、痛みがある時は顔を歪めるが、それでもちょっとした怪我程度の動きをしていた。命まで危ぶまれた人間とは思えない。
「少し魔法を使ってみたいのですが、大丈夫ですか?」
外に出てきたことで体力以外のことも確かめてみたいと思ったようだ。だがリナが勝手に判断して良い事ではない。
魔法に疎いこともあるが、何が起こるのかわからないのに許可は出せない。ロイドに相談するのが一番だし、せめて神殿を管理しているロゼストには相談するべきだ。
「ごめんなさい。私の判断では許可できません」
はっきり言うと、オルトロは不満を持つこともなく、仕方がないと思ったのか何も言わずに再び体を動かした。
「随分と動けるようになったものだな」
再びオルトロの様子を観察することになったリナだったが、突然聞こえてきた声に振り返る。
ロイドが体を動かしているオルトロに視線を向けながら庭へと出てきていた。
今日は久しぶりに王竜と一緒に空へ行っていたはずだが、いつの間にか戻ってきていたようだ。
最初は警戒して神殿で待機していたのだが、キャスティの襲撃がいつなのかわからないことと、周辺の様子を確認するために王竜だけが空の巡回に出かけていた。何かあればロイドに直接呼びかけることができる。だが、さすがに日数が重なるとロイドも王竜と一緒に空を飛ぶことにした。自分の目で確認したいということもあったようだ。
「おかえりなさい」
兜を脇に抱えていることから、つい先ほど戻って来たのだろう。神殿の上空を飛んでいたのなら庭にいれば気が付きそうだが、それよりも前に王竜の間に降り立っていたのかもしれない。
「ただいま。特に変わったことはなかったか?」
「オルトロ様が魔法を使ってみたいと言っているのだけれど、ここで使っても大丈夫かしら」
先ほどオルトロが言っていた要望はリナでは判断できなかったので、ロイドに聞いてみた。
「魔法か・・・」
ロイドも魔法は使えない。知識がなくて困らせただけかもしれないと思っていると、彼は空に視線を向けてから口を開いた。
「小さなものなら問題ない。強い魔法を使いたいなら襲撃された時の反撃で使うか、国に戻ってからにしてほしいようだ」
どうやら王竜ヒスイに許可を取っていたようだ。
「あまり強い魔法を使って神殿を壊されるのも困る。そうなるとヒスイの怒りを買うことになる」
この神殿は王竜を崇める人々によって建てられた王竜の大切は住まいでもある。傷つけることは許さないと言っているのだろう。
「それなら簡単な魔法だけ試します。魔力の循環を確認したいのと、体力と一緒にどれほど魔力も回復しているのか確認したいだけですから」
庭で体を動かしていたはずのオルトロが話をいつの間にか聞いていたようで、両手を開いて軽く振っていた。
「魔法師は常に体内の魔力を循環させていつでも力を発揮できるようにしています。魔力が足りなければその循環も動きが悪くなって強い魔法は使えません。その確認をしたいだけです」
キャスティに不意打ちの攻撃を受けた時、オルトロも反撃はしていたらしい。そのおかげで傷を負いながらも逃げることができたのだが、怪我をしたせいで魔力の循環にも乱れが生じた。
再び戦うことになった時、魔力が正常に動いて魔法をしっかりと使えるようにしておきたいと考えているようだ。
スカイが生活で必要な魔法を使っているのは見たことがあるが、より強い魔法師の魔法がどんなものなのかリナは少しだけ興味が湧いていた。
「どんな魔法を使うのですか?」
「そうですね。火は使うと危ないでしょうから、水や風にしてみましょう」
神殿は森に囲まれている。火を使って燃え移ってはいけないと判断して、影響のなさそうは水の球を手のひらに生み出していた。
それが手のひらを動かすとふわふわと上昇して、今度は指を動かすと左右に動きを変える。
もう片方の手でも同じように水の球を生み出して同じことをすると、2つの球が意志を持っているかのように空中に浮かんでいた。オルトロが両手を合わせてみると、2つの球はぶつかり合って水が混ざり1つの大きな水の球になった。
「ふむ。魔力の循環は大丈夫だな。魔力量も戻ってきているし、体の痛みさえ押さえられれば戦えそうだ」
「そんなことをしたら傷が開くぞ」
普通に戦える宣言をしているオルトロを見ていたロイドが呆れたように体の傷の指摘をしていた。庭を歩けるほどの回復を見せているが、怪我が治ったわけではない。無理をすれば簡単に傷が開く。
「魔法で痛覚を抑えているようだな。だが怪我が完治したわけではない。必要な時に動けるように今はしっかり体を休めた方がいい」
「なんだ、ばれていたんですね」
オルトロは悪戯がばれた子供のように笑ったが、リナは心底驚いていた。魔法で痛みを緩和する方法があることを知らなかった。医者が超人だと言っていたが、ただ平気なふりをしていただけだ。そして、何事もないように庭で散歩を始めたのだ。
無理をしているのだとわかると驚きよりも心配が大きくなる。
「すぐに部屋に戻った方が」
「大丈夫ですよ。確かに痛みは抑えています。でも無理さえしなければ傷は開かないし、倒れることもないです」
きっとキャスティの襲撃がいつ来ても大丈夫だと周囲に教えておきたかったのだろう。自分は戦えて戦力になるのだと思ってもらわないと、たとえ相手が魔法師でもオルトロを戦わせることは誰も考えない。
「無理をしてはいけません」
「わかっています。でも、思っているよりも痛みが緩和されている気がして、これなら大丈夫だと思えるんです」
笑って答えるオルトロは怪我をしている胸に手を当ててみた。
「・・・それは運がいいとしか言えないな」
それを見ていたロイドの呟きはオルトロには聞こえなかっただろう。しかしリナの耳にははっきりと聞こえた。運がいいという言葉を聞いて、もしかするとリナの幸運が今も作用しているのかもしれない。ロイドはそう思って呟いたのだろう。
目に見えないし自覚もない聖女の力だが、確実にみんなを守っているようだ。
そう思うと心配はあるが、なんだか嬉しい気持ちにもなる。
とりあえず痛みを隠していたオルトロを部屋に戻すことにして、早く彼の傷が癒えるように心の中で祈ることも忘れなかった。




