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獣人族

案内された部屋は簡易的なベッドと小さいテーブルに椅子が1つあるだけのシンプルな場所だった。

見た目から貴族令嬢と言う認識はなかったのだろう。平民が使う2階の部屋を与えてもらった。

3階は王侯貴族用の部屋だというが、部屋の大きなが広いだけで高価な調度品や豪勢な装飾などはないらしい。

「まぁ、泊まる人はそういないらしいけど」

訪ねてくる貴族もいないようだが、いたとしても王竜のお膝元でぐっすり眠れる図太い神経の持ち主もそういないようだ。

そう考えたところで、恐怖を感じることなく勧められるままに泊まることになったリナ自身、図太い神経の持ち主だと思われても仕方がないように思えた。

「これからは平民として生きていくんだから、これくらいがちょうどいいのよ。きっと」

貴族令嬢として生きていくことはもうできないだろう。それなら逞しく前向きに生きていくべきなのだ。

そう考えを改めていると、扉をノックする音が聞こえた。

「はい」

「夕食をお持ちしました」

返事をすると廊下から女性の声が聞こえてきた。

てっきり部屋まで案内してくれたロゼストが食事も持ってくるのだと思っていたが、どうやら神殿で働く使用人が運んできてくれたらしい。

神殿には神官はロゼストだけだという。それ以外は食事を作ったり部屋の掃除をするための使用人が数人住み込みでいると聞いていた。

まだ誰とも会っていなかったが、女性の使用人が来たようだ。

「今開けますね」

料理を持ってきたため両手が塞がっているだろう。こちらで扉を開けてあげる。

「お待たせしました」

扉が開くと明るい声がそう告げてきた。しかし、リナにはその声よりも視線の先に見えたふわふわの毛に覆われた耳に意識を持っていかれた。

目の前には15歳くらいに見える女の子が盆というよりも底の浅い木箱に食事を乗せて立っていた。

ぱっちりとした目が可愛らしく、ふわふわの金髪は肩のあたりで綺麗に切り揃えられている。その頭の上に猫のようなふわふわの耳が備わっていた。

「・・・獣人族」

一目でわかる特徴にリナは声を漏らした。

ルクテーゼ大陸には、大きく分けて2つの種族が存在する。

1つはリナのような人間である人族。そしてもう1つが獣の耳や尾がある獣人族だ。

彼らは人族よりも身体能力が優れていて、人族ではできないようなことを軽々とこなせる者も多い。

ただ、人口では圧倒的に人族の方が多い。

リナがいたギュンター国に獣人族はいたようだが、彼らは深い森の中や山奥で小さな集落を作って生活しているようだったので、生まれてから一度も会ったことがなかった。

こういう種族も存在しているのだと話を聞いたり、本の挿絵で見たことはあったが、本物に出会ったのは初めてだ。

「あの・・・お食事を」

人生初の獣人族に感動を覚えていると、女の子が少したじろぎながらも持っている木箱を持ち上げた。

夕食を持ってきてくれたことが頭から抜け落ちてしまっていた。

女の子の猫耳が少ししょげたように伏せている。

食事を受け取ろうとしたリナだったが、その仕草に瞬間的に胸が躍るのを感じてしまった。

「か、かわいい」

両手で口を隠すように言ったが、声は完全に漏れていた。

「え・・・?」

明らかに戸惑った様子の女の子が何度か瞬きをする。

2人の間に静寂が流れた。

このままではいけないと気が付いたリナは、ざわつく感情を抑え込んで息を吐きだすと、笑みを作って手を伸ばした。

「いつまでも持たせてしまってごめんなさい」

食事を受け取ってテーブルへと運ぶと、それを見届けた女の子が軽く頭を下げてその場を離れようとした。

「あ、待って」

呼び止めると、猫耳を動かしながら女の子が振り返る。その仕草が愛らしくてたまらなく頭を撫でてあげたい衝動に駆られてしまった。だが突然知らない人に何の理由もなく頭を撫でられては相手を怯えさせる可能性がある。撫でたい気持ちをぐっと堪えて、女の子に話しかけた。

「呼び止めてごめんなさい。獣人族に会ったのが初めてだったから感動してしまって」

「感動ですか?」

明らかに戸惑った表情を見せた。獣人族と人族は同じ生活圏内にいることがほとんどない。魔王が大陸を支配するように力を振るっていた時代は一緒に難局を乗り越えるために協力しながら生活していたという話を聞いたことがあったが、魔王討伐後はそれぞれの生活へと移り変わっていった。

その原因が獣人族の身体能力の強さにあったということも知っている。彼らは人族よりも優れた力を持っていて、身体能力の高さを生かして生きていただけだったのだが、それが人族の嫉妬を招き人々は獣人を虐げるようになったのだ。

どこかの国では下僕のように扱い出して、人が上で獣人は下なのだと決めつけた。そのせいで獣人たちは国から逃げ出すか、森の奥や山奥に身を潜めて暮らすようになっていった。

身体能力が上なら、人に抵抗して戦うこともできただろうが、人口で考えると圧倒的に人族の方が多かったため、数で負けることを恐れた獣人達は争う事を諦めて隠れることを選択したのだ。

その流れは今の時代にも続いている傾向にあるため、獣人は見下されることが多い。そのためリナのような反応を示す人は珍しかった。

「あなた、名前は?」

「アスロと言います。神殿の掃除や、お客様が来た時の給仕などもしています」

神殿の使用人が獣人であるとは聞いていなかった。

ロゼストに獣人の特徴はなかったので人族だろうが、彼らは同じ場所で生活していることになる。とても珍しい状況が起こっていた。

「他にも獣人が神殿で働いているのかしら」

もしいるのなら会ってみたい。好奇心が芽吹いてくると、アスロは少し考えてから口を開いた。

「他にもいますが、神殿の外にいることが多いので、あまり会える機会はないと思います。少ない人数で神殿の管理をしていますので、見かけることも少ないかもしれません」

給仕をすることで客人と会うことはあるらしいが、アスロもあまり神殿で人と出くわすことがないようだ。

「そうなのね」

他の獣人にも会ってみたいと思ったが、会える機会はなさそうだ。仕事を放棄してまで神殿の客と会いたいと思う獣人もいないだろう。

残念に思いながら、長く引き留めてしまったことに気が付いた。

「引き留めてごめんなさい。獣人族と話ができて良かったわ。ありがとう」

とてもいい経験ができたと思い礼を言うと、アスロは何度か瞬きをしてから、頬を染めてお辞儀をした。

「お食事が終わりましたら、木箱を廊下に出しておいてください。あとで回収に来ますから」

早口にそれだけ言うと素早い動きで扉を閉め、少し慌てたように廊下を走る音が響いていた。

「変なことを言ったかしら?」

リナは首を傾げてしばらく閉められた扉を眺めることになった。


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