7.獣人たちの国・3
──今から百年以上前、地上にあるヴァイス国には多くの人間と、少数の獣人が住んでいた。
しかし、共存していたとは言えなかった。獣人は、人間に管理され、虐げられてきた。奴隷だったと言ってもいいだろう。
一般的に、獣人は人間より身体能力が高い。しかし、知能に関しては人間の方が上だった。
一人ひとりを比べれば人間は獣人にかなわないが、集団で獣人を抑え込むことに成功していたのだ。
獣人が種族の壁を越えて協力したなら、そうはならなかったかもしれない。が、虎族やライオン族のように、肉食の性質が強いものは草食系獣人のことを下にみていたし、草食系獣人たちは、自分たちに被害が加えられるのを恐れて、彼らに近づくことも嫌った。結局、獣人同士で協力し合えない獣人側は常に少数のままだった。
やがて肉食系の獣人は、数を管理され、繁殖まで制限された。それを機に、奴隷のような扱いに耐え兼ね、反乱を起こしたのだ。
これには、多くの獣人が賛同した。普段協力し合わないトラ獣人やクマ獣人などがともに人間と戦うこととなったのだ。
しかし、普段から協力することを嫌う獣人の多種族連合軍はあっと言う間にやり込められ、獣人たちは敗者となり、土地を追われることとなった。
敗者である彼らは、仕方なく大渓谷の底へと降りた。しかし地底は薄暗く、陽の光もほとんど届かない。生き物は太陽の光がなければ生きていけない。彼らは定住するための場所を求め、旅をした。
ヴァイス国から離れるように西を目指した獣人たちは、やがて高台を見つけた。ヴァイスに比べれば、そこはまだ地下と呼べる高度だったが、薄暗いものの日の光は当たっている。
獣人たちはそこで、種族ごとに居住区を作った。
土地は高い位置にある方が、価値を持つ。
肉食系獣人たちはより良い土地を求めて争い、その数を少しずつ減らしながら、最終的に、豹の一族が勝利を得た。
獣人の王を名乗り、上層を整備し始める。城を築き、その周囲に多くの肉食系獣人たちが居を構えた。さらに下がった中層、下層に、草食系獣人たちが村を作っていく。
しかし、地上に比べれば、作物は当然育ちにくく、獣人たちは飢えでその数を減らしていった。
豹族の王は、これではいけない、と声を上げた。
肉食系獣人の食料となる動物だって、緑の少ない土地には寄り付かない。であれば、上層にも植物を育てる手は必要だ。
それで、育てることの上手な草食系獣人たちに、上層や中層の土地を貸すことを推奨したのだ。
雇用関係が生まれると、肉食系獣人もむやみに草食系獣人を迫害することはなくなった。
上下関係が生まれ、自分の利を得るために、弱いものを守るようになっていく。こうして、獣人国グラオは、国として機能していくこととなったのである――
ヴィーラントが語る獣人国の成り立ちを、ロジーネは不思議な気持ちで聞いた。
「……獣人と人間の間で諍いがあったことは知っているけど、人間が獣人を迫害していたなんて知らなかったわ。物語には獣人は出てくるけれど、いつも悪者扱いされていたし。私は獣人の方が凶暴で悪い存在なんだと思っていたわ」
「追いやった方の歴史なんて、そんなもんだろう。歴史とは、勝者に都合のいいように書き換えられるものだ」
どこか諦めたようにつぶやくヴィーラントを見て、ロジーネは逆の可能性にも気が付いた。
「そうね。……じゃあこの国では、人間があしざまに言われているのね?」
「まあ、そういうことだ。今の話にあった、人間が獣人を管理していたとか、追いやったとがいう話も、多少は誇張があるんだろう。だが、この歴史を聞かされて育った獣人は、みなそれを信じているし、人間のせいで地上を追われたと思っているのさ」
ロジーネはショックを受ける。だけど、同時に疑問も湧き上がった。
「だったらどうして、あなたは私を助けたの? 人間なんて憎らしいだけでしょう?」
ヴィーラントは一瞬、動きを止めた。そして、ゆっくりと目を伏せる。
「俺だって人間は好きじゃない。かといって獣人が好きなわけでもない。俺ははぐれものなんだ」
「はぐれもの? そんな風には見えないわ。アーロン神父とも子供たちとも仲がよさそうで……」
「この孤児院自体が、はぐれものの集まりなんだよ。おかしいとは思わなかったか? ここにいる獣人の種族がばらばらだったこと」
言われてみれば、アーロンはヤギで、子供たちも犬だったり狐だったり様々な耳や尻尾を持っていた。
先ほどの話だと、獣人同士は種族ごとに集落を作ったはずだ。この集まりは確かに獣人視点で見れば異常だろう。
それに、ヴィーラントには目立った耳や尻尾がない。一見すればただの人間だ。
「ねぇ。ヴィーラントは何獣人なの?」
「俺か? 俺は」
ふう、と彼はゆっくり息を吐き出した。すると、頭の上の方に黒っぽい耳が現れる。長いしっぽがふわりと現れ、ゆらゆらと揺れた。
「猫ね!」
「そのとおり」
「すごいわ。尻尾や耳って出したりしまったりできるの?」
「できる。魔力量に寄るけどな」
「すごいわ。ねぇ。しっぽをよく見せて!」
ロジーネは彼の後ろに回り込んだ。長く黒いしっぽがゆらりと揺れている。しかし、ヴィーラントにあるのはしっぽだけではなかった。肩甲骨のあたりに、小さな黒い翼がある。形は蝙蝠のものに近い。
「翼?」
「ああ」
「猫なのに……翼?」
ロジーネは既視感に襲われる。
「アーロン神父の教会と孤児院には、自分たちの仲間からあぶれたものが集まっているんだ。俺はこの翼のせいで、猫族を追われた。この国で唯一の翼猫だ」
「翼……猫?」
それぞれの単語はよく聞くものなのに、組み合わさった途端に、珍しいものとなる。