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6.獣人たちの国・2

「そこまでだ。お前ら、一度落ち着け」

「ヴィーラントお兄ちゃん!」


 間に入ってくれたのはヴィーラントだ。子供たちは彼を見るなりほっとしたように息を吐き出す。


「大丈夫だ。この娘は〝落ちてきた〟だけだ。明日には帰す」

「そうなんだ」


 子供たちは掴んでいた石を放す。どうやら敵ではないという認識はしてもらえたらしい。


「お前も勝手に出るな。人間がグラオでどういう扱いを受けているのか知らないのか」

「し、知らないわ」

「俺たちにとって、人間は敵だ。落ちてきた人間は、普通ならば捕虜として捕らえられる」

「ええっ」

「あとは王族の慰み者になるのがオチだぞ」


 ぞっとして、自分で自分を抱きしめると、ヴィーラントはあきれたように大きなため息をついた。


「だからお前には静かにしていてもらわなければ困る。……すぐ帰る人間には、教えなくてもいいかと思っていたが、あんたは無鉄砲すぎるな」

「だって……」


 言い返そうとしたロジーネを黙らせるようにヴィーラントが言葉を重ねてきた。


「知りたいことは教えてやるから、部屋でおとなしくしていてくれ」


 そして、ひょいとロジーネを両腕で抱き上げる。あまりにも簡単に持ち上げられて、ロジーネの頬が羞恥で染まる。しかしそれを悟られるのもまた悔しく、憎まれ口をたたくことで悟られないようにした。


「離してよ、ヴィーランド。私はひとりで歩けます。それよりあの子の怪我の手当てをしないと」

「獣人は体が強い、放っておいても治る」

「駄目よ、ばい菌が入るわ」


 にべもないヴィーラントに食い下がるように言うと、彼は少し瞳を陰らせ、ロジーネにだけ聞こえるように小さな声で続けた。


「……薬は高価だ。貧乏孤児院では、あの程度の怪我には使わない」

「え」


 少年の膝こぞうからは血が出ていた。それでも、薬を塗らないなんて、ロジーネには考えられないことだ。


「ジャック、自分で傷口を洗い流すんだ。できるな」

「うん」

「それでも痛かったら、アーロン神父にお願いしてみろ」

「うん」


 ジャックと呼ばれた少年は、頷くと立ち上がり、足を少し引きずりながら歩いていった。


「ヴィーラント、離して」

「駄目だ。あんたがひとりでふらふらしていたら、子供たちが怯える」

「でも……」


 ヴィーラントはロジーネを抱えたまま、ずんずんと歩いていく。

 仕方なく、彼の腕の中でおとなしくしたまま、ロジーネは周囲を見渡した。

 周囲は薄暗く、どこかじめじめしている。細い木がところどころに生えていて、地面には苔が広がっていた。

 教会の建物は屋根が水色で、白い壁でおおわれている。奥には横長の建物もあり、窓から外を見ている子供の姿も見えた。

 教会の中に入れば礼拝堂があり、右側にロジーネがいた休憩室につながる扉がある。左側にも扉があり、おそらく横長に伸びていた建物に渡り廊下でつながっているのだろう。


「ここ、孤児院なの?」

「ああ。獣人国グラオの中でも、行き場のない奴らの集まるところさ」

「……そう」


 いけないことを聞いてしまった気がして、ロジーネは黙る。そのうちに、休憩室へと戻された。

 ぽん、とベッドに放りだされ、体を起こしてヴィーラントを睨む。


「ひどいわ、もの扱い」

「本当に口の減らないやつだな」


 ヴィーラントはため息をつくと、椅子をもってきて座った。


「人間ってのはみんな、お前みたいなのか」

「私みたいってなによ」

「そうやって、ポンポン言い返したり、人の忠告を聞かなかったりするのかってことだ」

「それは……」


 違うだろう。父も兄も、ちゃんと家のことを一番に考えて行動できるし、ユリアンナだって、自分の立場を考え、バルナバスのことを諦めようとするくらいには立場をわきまえている。


「違うわね。私、ちょっとわがままなのよ」

「ちょっと?」


 揚げ足を取るように言われ、ロジーネもむっとしつつ、言い返した。


「うるさいわね。だって嫌なんだもの。他人に私の人生を決められるなんてまっぴらだわ!」


 もう令嬢らしさを取り繕おうとも思わなかった。ここはヴァイスではないのだ。今だけなら、人間ではない彼になら、心からの本心を吐露してもいいんじゃないかと思えて。


「迷惑かけているのは知っているわ。でも、仕方ないじゃない。私は私よ。変えてしまったら、もう私じゃない!」


 息切れするほどの声でぶちまける。

 本心だ。だけど、それがわがままであることはわかっているから、気持ちは重い。


「まあ、そうだな」


 予想外の肯定の言葉に、ロジーネは顔を上げる。ヴィーラントをまじまじと見つめれば、彼は少し気まずそうに視線をそらした。


「なんだよ」

「だって。もっと呆れられると思ったから」

「今更だろ。出会って数時間でこれだけ呆れさせられれば十分だ」


 悲しいかな返す言葉がなく、ロジーネは膨れて黙る。


「どうせ私は令嬢失格よ」

「誰もそこまで言ってないだろ。人間の文化はよく知らないが、自分の気持ちを言えるってのはいいことじゃないか」


 思いがけない肯定だ。ふわりと気持ちが軽くなり、うっかり泣いてしまいそうな気分になる。

 ヴィーラントはぎょっとしたようにロジーネを凝視していたが、慌てて目尻を拭いたのを見て、ふいと目をそらした。


「で、何が知りたい?」


 話題が変わったことにほっとして、ロジーネも落ち着きを取り戻す。


「最初から? 私、獣人国のこと、何も知らないもの」

「じゃあ、獣人国ができた経緯からにするか」


 頷くと、ヴィーラントはゆっくりと話し始めた。


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