表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/118

54.揺れる王家・6

 出仕するようになって、一週間後。

 ヴィーラントは、獣王アルノーから呼び出された。


「入れ」

「失礼します」


 謁見室には、アルノーだけではなく、ユリアンナもいた。ずいぶんお腹が目立つようになっていて、わざわざ用意されたと思われる、柔らかいソファに腰掛けている。

 待遇に反して、その表情はどこか険しかった。


「呼び出したのはほかでもない。ユリアンナが、ロジーネに手紙の返事を渡してほしいそうだ。ついでに、ルドウィークの話も聞こうと思ってな」


 ルドウィークの方がついでなのかと、一瞬気にはなったが、ユリアンナも身重の身だ。気づかうのは番として当然のことかと考え直し、ヴィーラントは頷いた。


「ルドウィーク殿下は幼さゆえの無鉄砲さはありますが、聡明なお方だと思います」

「お前の言うことはよく聞くらしいな。カスパルが言っていた」


 ヴィーラントは頷き、アルノーを見つめる。


「殿下は理解者が欲しくて癇癪を起していたのでしょう。誰かに理解してもらいたいという欲は、誰にでもあります。高く飛べるものには飛べるものなりの悩みもありますから」

「ふん。俺にはわからんというのか。相変わらず生意気な奴だ。……まあいいだろう。うまくやってくれているなら、言うことはない。ルドウィークを頼むぞ」

「はい」


 アルノーは鼻を鳴らしつつも笑顔を見せた。


「……で、ロジーネは息災か?」

「ええ。元気です。……お腹も徐々に膨らんできました。……月齢はユリアンナ様とひと月違いくらいでしょうか」

「そんなものだったかな」

「……ええ」


 アルノーに水を向けられて、ユリアンナはようやく口を開いた。


 ヴィーラントとユリアンナの接点は、ロジーネしかない。だから、ユリアンナが小麦栽培の記録を辞めてからは、顔を見ることもほぼなかった。

 あの頃は、笑顔を見せていたユリアンナは、今は表情を曇らせ、ただお腹を撫でている。

 アルノーが彼女を寵愛しているのはわかるが、部屋に閉じ込めすぎなのではないだろうか。


「ユリアンナ様、ロジーネからも手紙を預かっております」

「……ありがとう。ヴィーラント」


 使用人のサル獣人が、ヴィーラントから手紙を受け取り、ユリアンナに渡す。そしてユリアンナからの手紙をヴィーラントは受け取った。


「よろしければ、たまにはロジーネに会いにお越しになりませんか? それとも、ロジーネを連れて来ましょうか」


 同郷の人間と話して、少し気晴らしをすればいいのではないだろうかという思いでヴィーラントは言ったが、それにはアルノーが眉を寄せる。


「互いに身重の状態だ。あまり移動はさせない方がいいだろう」

「ロジーネは大丈夫ですよ。今も中層と上層を行ったり来たりしていますし」

「ロジーネは……」


 手もとの便箋が、くしゃりと音を立てる。ユリアンナが握りしめたからだ。


「クリスタ様の味方なのかしら……」

「ユリアンナ、そうじゃないと言ったろう。ただ、都合がいいから、クリスタの元に置いているだけだ」


 アルノーが弁明するも、ユリアンナは生気のない顔で、じっとアルノーを見つめる。

ふたりの間もうまくいっているようには見えなかった。


(やれやれ……王家は大変だな。ルドウィーク殿下もアインラート殿下もぎくしゃくしているし)


 そうは思いつつヴィーラントに口出しできることではない。


「……ユリアンナ様のお手紙は、必ずロジーネに渡します。またお返事をお持ちしますね」


 そう答えることが、ヴィーラントにできる精いっぱいで、その後はすぐに退出した。


* 


 ヴィーラントはルドウィークが寝室に入ったのを見届けて、家に戻る。


「おかえりなさいませ」


 離れとはいえ、クリスタの屋敷には門番がいて、入退出のチェックがされる。使用人が数人いるゲートを抜け、離れの建物に入ると、ロジーネが迎えてくれた。


「お帰りなさい、ヴィーラント。遅かったわね」

「ああ、ロジーネは、体調はどうだ?」


 お腹が目立つほど大きくなっても、ロジーネの行動力はあまり変わらない。クリスタに話を聞くと、何でも自分の目で見たがるから、行動を押さえるのが大変なのだそうだ。

 ありありと想像できて、ヴィーラントは自然に笑ってしまう。

 部屋に入って、並んでソファに腰掛ける。

 ロジーネのお腹をそっと触って、「ただいま」とお腹の子供にも告げる。

 ヴィーラントにとって、今一番幸せを感じるタイミングだ。


「そうだ。ユリアンナ様から前回の返事を預かってきたぞ」

「ありがとう。大丈夫なのかしら。ユリアンナ、思いつめるところがあるから心配なのよね。でも、アルノー様、私と会わせないようにしているみたいだし」


 ため息とともに、ロジーネがつぶやく。


 手紙の中身は、自分の身の回りのことだとロジーネは言っていた。今であれば、管理している小麦畑の話と、クリスタと共に行っている中層の住宅開発の話だろう。

 この獣人国で、ロジーネは人間としては珍しい受け入れられ方をしている。

 それは、彼女が育成スキルと製薬技術を持っていることに起因する。

 何といっても、彼女がいるだけで作物の実入りが増え、不足していた薬も潤沢に行きわたるようになったのだ。人間に対して不信感ばかりの獣人だって、実際にメリットを見せられれば受け入れないわけにはいかない。

 いわばロジーネは、『物事をいい方向に運んでくれる珍しい人間』なのだ。

 その恩恵は、人間への悪感情をも上回る。

 ユリアンナも、彼女と共に小麦栽培をしているときは、評判が良かった。しかし、クリスタが城を出て以降、人気は下降傾向にある。

『王の寵愛を受けるだけの、役に立たない人間』

 これが、現在のユリアンナへの獣人の認識であり、ユリアンナがピリピリしているのは、それを肌で感じているからだろう。


「ねぇ。ユリアンナは胎動を感じているんですって。私もそろそろかなぁ」


 ロジーネはユリアンナからもらった手紙を見ながら、のんきに言う。


「そうだな。動いたら俺にも教えてくれるか?」

「当たり前でしょ? あなたに一番に報告するわ」


(ユリアンナ様の現状を伝えれば、この笑顔も陰るんだろうか)


 ヴィーラントはロジーネの隣に腰掛け、ゆっくり彼女の髪を撫でる。

 生まれてから、今が一番幸せだ。番が隣にいて、自分の子を守り育ててくれる。加えて彼女は獣人国の環境改善までしてくれている。


(このまま、ずっと、黙っていれば……)


 ロジーネは余計なことに憂うことなく、時を過ごせるだろう。


(でもそれでいいのだろうか)


 ヴィーラントはどこかすっきりしないまま、今日のユリアンナの様子をロジーナに伝えることができなかった。


すみません。しばらく多忙にていったん更新ストップします。

もしかしたら次は年明けになるかもです。

読んでいただいている方には申し訳ない。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うぅむ(;゜Д゜) このままじゃ分裂とかガチで起こりそうで怖いぜ(;'∀')
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ