43.来る、繁殖期・6
やがて、ふたりの王子が入って来て、状況の違和感に表情を硬くした。
「父上、母上?」
「ふたりにお話ししなければいけないことがあります」
クリスタの神妙な様子に、アインラートとルドウィークは不安そうだ。
彼女はひざを折り、ふたりと目線を合わせる。
「アインラート、ルドウィーク。私はこの城を出ることになりました。あなた達と一緒に暮らすことはできなくなるけれど、母があなたたちを愛していることを忘れないでくださいね」
「えっ?」
戸惑う子供たちは、ふたり顔を合わせていた。アインラートの方は何かを察したのか、ちらりとユリアンナを見る。
「ユリアンナ様がいるからですか?」
「違います。陛下とのお約束だったのです。時期が来れば、城を出ると」
「僕、母上と行きます」
そんなことを言い出したのはルドウィークだ。
「ルドウィーク?」
「母上がお城に住まないなら、僕もいいでしょう?」
「駄目です。王子は城にいるもの。でなければ安全が守られません」
「でも僕は、二番目だから」
どこまでわかっているのか、きょとんとした様子でルドウィークは続ける。
「駄目だよ。ルドウィーク」
アインラートは弟の手をぎゅっと握る。
「アインラートはいい子ね」
クリスタがフッとほほ笑んで、金髪の王子の髪を撫でる。
アインラートは必死に涙をこらえていて、ルドウィークはなぜ駄目なのかがわからず、兄と母を見比べている。
「あなたたちのことを一生大切に思っていますから」
ふたりをまとめて抱きしめて、クリスタはついに涙をこぼした。たった一筋だけ。見ているロジーネの方が、大声で泣き出してしまいそうだ。
「……母様がいなくなるまで、ゆっくり過ごすといい」
アルノーは子供たちにそう言うと、ユリアンナを引っ張って部屋を出る。カスパルは、母子に視線を送り、ロジーネとヴィーラントを追い立てた。
「行きますよ」
「ええ」
扉を閉じる直前、嗚咽のような声が聞こえる。
(可哀想だわ。あんまりよ)
それでも、これが獣人国の現実だ。番という絶対的な存在が、人間には理解できない理を生み出している。
ロジーネがうつむいて考えていると、廊下の先ではアルノーとユリアンナの間でひと悶着が起きていた。
「あんなの……あんまりです!」
「しかし、このまま城に繋いでいることの方が、クリスタには不幸だろう!」
「それは……」
ユリアンナは泣いていた。さりげなくお腹に回された手の意味に、アルノーが気づくことはあるのか。なんにせよ、今妊娠を公表するのは、タイミングとしては最悪だ。
「このままじゃ私……」
「ユリアンナっ」
興奮しすぎたのか、倒れたユリアンナをアルノーが抱き留める。
「カスパル! ユリアンナの休む部屋を準備しろ!」
「はっ」
目の前がバタバタと騒がしくなる。ロジーネは複雑な気分のまま、ヴィーラントの手を握った。
「どうした?」
「……帰りましょう。今、私たちにできることは何もなさそう」
「そうだな」
言葉少なに城を出て、翼猫の背中に抱き着く。
「飛ぶぞ」
「……うん」
ヴィーラントは、いつもよりも高く飛んだ。木々の向こうに大渓谷、そしてヴァイスが見える。
「帰りたくなってないか」
ぽつりと、ヴィーラントが言う。
ロジーネは黙ったまま、彼の言葉の続きを待った。
「繁殖期は、獣人の本性がさらされるときでもある。アルノー様を見て、ロジーネが不満を感じているのはわかっているんだ。だが、獣人とはこういうものだ。番を得たら一途だと言えば聞こえはいいが、出会う前には普通に欲がある。こんな結末があるとわかっていて、番じゃない女性に手を出すことだって……」
「……ヴィーラントもそうだったの?」
「そうならないように、抑制剤を飲んでいた。でもそれも、たまたま薬を作れるアーロン神父が育ての親だったからだ。世の中には、薬を手に入れられない獣人はたくさんいる」
──だからこそ、俺みたいなのが生まれたんだ。
続けられた言葉は、あまりに小さな声だった。
(ああ、そうか)
ヴィーラントは、自分の生まれを憎んでいるのかもしれない。この世界で、たった一人の翼猫。それが突然変異ではなく、合いの子だという可能性だってあるのだから。
「人間だって、たった一人を愛するとは限らないわよ。心変わりだってする。その理由が〝番〟っていうのは理解できないけど、本質はそんなに変わらないと思う」
「ロジーネ」
心細げに振り向いた青い瞳が、抱きしめたいほど愛おしい。
「あなたが、私に手を出してこないのは、それが引っかかっているからなの?」
「……繁殖期は必ずなにかしらのトラブルが起こる。その現実を見せてからの方が、良いと思ったんだ。今ならばまだ、戻れるから」
ヴィーラントなりに、ロジーネの未来を心配してくれているのだろう。
だけど、もしこれで恐れをなしてロジーネが帰ったら、ヴィーラントはずっとひとりでいるつもりなのだろうか。
「私が番なのに、追い出す気だったの? そうしたら、あなた、この先ずっとひとりぼっちになるじゃない」
「お前が不幸になるよりはいいだろう」
「よくないわ。私だって、この先ずっとひとりでいなきゃいけなくなるもの」
ヴィーラントがゆっくりと降下する。地面に降り立ったところで、人型に戻ったヴィーラントはロジーネの手を握った。
「人間には、番なんてないだろう。ほかの誰とでも……」
「ほかの人なんて嫌だからよ」
ヴィーラントの頬が、わずかに染まる。戸惑いのせいか視線が落ち着かず、目は合わないのに、手だけはしっかりと握られている。
「それは、……だったら」
「前から言っているでしょう。あなたが好きなの」
自分のことはいつも後回しのヴィーラントを、ロジーネは大切だと思う。彼を孤独になんてしたくない。番だというならずっと一緒にいればいいのだ。
「私、あなたのお嫁さんになりたいのよ」
「ロジーネ」
「せっかく繁殖期なんでしょう? 夫婦は励むものじゃないの?」
冗談めかして笑って見せたら、ヴィーラントは赤くなった顔を隠すように、ロジーネを抱き寄せた。
「おま……なんてことを」
「ヴィーラントが禁欲的過ぎるのよ」
その夜、ヴィーラントはロジーネの部屋を訪れた。ロジーネは手を引いて彼を引き入れ、話をする。
やがて視線が絡み、どちらからともなくベッドへ入った。
子供ができたら、もう二度とヴァイスには戻れないだろう。
(それでも、彼の側にいたいの)
今日のこの決断を、いつか後悔するかもしれない。
それでもいいと、ロジーネは思った。
ただ目の前の彼を、孤独から救えるのなら、何でもいいと思えたのだ。
昨日が月曜って忘れてましたわ(笑)
遅くなりましたー。




