41.来る、繁殖期・4
「大丈夫、……大丈夫よ。一つひとつ、ちゃんと紐解いて考えていけば、答えは出るはずだわ」
ロジーネ自身も深呼吸をして、落ち着いて今回の事件を考えてみる。
「まずはユリアンナの頬の怪我ね。痛みはないの?」
「もちろん痛いわよ。でも、命にかかわるような怪我じゃないわ。傷跡が残らなければいいなと思うけど……」
身だしなみには気を使っていたユリアンナだ。顔の傷はショックだろう。それでも、正妃を責めるような口調ではない。
「その怪我に対して、クリスタ様への罰はどう考えている?」
「……私はクリスタ様を責める気はないわ。今までつらかったのだと思うもの」
「でもアルノー様は、罰を与えると言っていたわ」
ユリアンナは神妙な顔をして考え込んだ。
「アルノー様には私から話すわ」
「そうね、それが一番いいと思う。じゃあ次ね、お腹の子供のこと。私は、早く侍医に見せて、アルノー様にも伝えた方がいいと思う」
「でも、クリスタ様が傷つくわ」
「仕方がないわ。あなたがアルノー様の番である以上、いつかは起こることよ。それに、……あなたも覚悟を決めなきゃね。子供ができたのなら、これからはその子を守らなくちゃ」
ユリアンナが、ひゅっと息を吸い込んだ。そして不安げにロジーネを見つめる。
母親になるということは、守るべきものを得るということ。
これまで、ユリアンナは守られてばかりだった。だけどこれからは、自分が守る立場にならねばならないのだ。
ロジーネは彼女をなだめるように、落ち着いた声で説得する。
「人間と獣人のハーフだもの。どんな能力があるかわからないし、ないかもしれない。王の子だもの、力がなければそしりを受けることもあるでしょう。能力があったとしても、ただの人間であるユリアンナが、それを理解して育てなければならないわ」
「そう、よね」
「今までなら、最悪ヴァイスに逃げ帰るという選択肢があったかもしれない。でも子供が生まれたらそうはいかない。本当に一生、ここで暮らす覚悟を、ユリアンナは持てている?」
青ざめた様子のユリアンナを、ロジーネはじっくり観察する。母親になり、異種族との子を産むことを、彼女が本当に受け入れているのかどうか。
「……ええ」
どこか吹っ切れたように、ユリアンナが顔を上げる。
「覚悟は決まったみたいね」
「うん。ありがとう、ロジーネ」
ユリアンナが落ち着いたのを見て取り、ロジーネは立ち上がった。
「じゃあ、私は戻るわ」
扉を開けると、ヴィーラントが焦った表情で見ている。
「どうしたの、ヴィーラント」
「正妃様が……クリスタ様が目を覚ました!」
周囲はどことなく騒然としている。
「王は……?」
「向かったようだ。どうする、ロジーネ」
「見に行くわ。あの調子じゃどんな処罰を言い出すかわからないもの」
駆け出したロジーネとヴィーラントを追うように、ユリアンナが出てくる。
「私も行くわ。連れて行って!」
「ユリアンナ様。ですが……」
王の許可がなければ連れていけないとでも言いたげな表情だ。
ユリアンナも、その表情を見て伸ばしかけた手を戻そうとした。
(ううん。駄目よ。ここで生きていくなら、ちゃんと気持ちは伝えないと)
「行きましょう、ユリアンナ」
彼女の手を握り、部屋の中から思い切り引っ張りだした。
「言いたいことは、言わないと」
戸惑い気味のヴィーラントは、ロジーネの表情を見て、諦めたように手を伸ばす。
「そうだな。行こう」
ユリアンナの手を引き、もう一方をヴィーラントに引っ張られて、不謹慎ながら胸が少し弾む。
ヴィーラントが、ロジーネの選択を理解してくれようとしているのがうれしい。
(私、やっぱりヴィーラントが好きだわ)




