表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/118

39.来る、繁殖期・2

 ロジーネは翼猫姿のヴィーラントの背に乗り、空から獣人国を見下ろしていた。

 外観上は、城は何事もなかったかのように穏やかだ。城門に降り立ち、通行証を見せる。

 確認に行ってくると言ったサル獣人はしばらく帰ってこず、ふたりはしばらくその場で待たされることとなった。


「ところで、ユリアンナはどんな状態なの? それも教えられない?」

「王に言われて慌てて出てきたから、詳しくは俺も分からないんだ」

「そう。……心配だわ」

「お待たせしました」


 サル獣人が戻って来て、入城の許可をくれる。いつもより手間取っているところをみると、まだまだ城内は混乱しているのだろう。



「翼猫、ありましたか?」


 上階に向かっている途中で声をかけてきたのはカスパルだ。


「ああ」

「持ってきたわ」

「これは、ロジーネ殿。女性がこの時期に外に出ては危険ですよ」

「ヴィーラントから離れないようにするから平気よ。それより、どうなっているの? 薬師として、理由がわからなければ薬は渡せないわよ」


 じろりとロジーネが睨むと、カスパルは困ったようにヴィーラントを見る。


「ロジーネはアーロン神父から薬の管理を任されている。ごまかしはできない」

「……仕方ありませんね。一緒に王の処に行きましょう」


 カスパスは言葉少なに、背中を向けて歩き出した。ついていこうとすると、ヴィーラントに無言で手を握られる。


「なに?」

「危険だからな」


 ヴィーラントの横顔は、真剣だ。考えてみれば、ユリアンナが襲われたのだから、彼がロジーネを心配するのは当たり前のことなのだ。

 やがて大きな扉の前にくる。


「アルノー陛下。カスパルです」

「入れ」


 中から返事があり、カスパルは扉を人がひとり通れるほどの隙間だけ開けて、素早く入った。そしてしばらくしてから「おはいりください」とロジーネ達を招き入れた。


「失礼します」


 中にいたのはアルノー王、そして、豹獣人の兵ふたりと腕を縛られた正妃だ。

 正妃は全身を汗だくにし、今も荒い呼吸を繰り返している。


「正妃様……。ひどい状態……!」

「ロジーネか」


 アルノー王は不快そうな態度を隠そうとしない。


「陛下、いったいどういうことですか?」

「いいから、早く抑制剤を寄こせ。正妃に飲ませて、まずは落ち着けないと話も聞けない」

「状態を見せてください」

「状態なら城の薬師に見させた。発情期特有の興奮状態と、それを無理やり抑え込むことによる拒否反応で

発熱している。なだめるには薬が必要だとな」


 しかし薬の在庫が城にはなかった。そのためにヴィーラントが下層にまで聞きに来たというわけだ。


「薬は持っています。正妃様。ロジーネです。失礼します」

「がるっ」


 正妃の口から出たのは、獣の声だ。

 顔を真っ赤にし、瞳は潤んでいて焦点が定まっていない。体内に熱がこもっているのか、常に苦しそうに息を吐き出している。きちんと整えられた爪には、赤い血が入り込んでいた。おそらくはユリアンナのものだろう。黒色の耳はピクピクと小刻みに揺れ、尻尾の毛も立っている。人間体を保っているのが苦しいのかもしれない。


「まずは薬を飲んで楽になりましょう?」

「がる……ろ、ロジーネ?」


 正妃は、ロジーネの姿を見つけると、ぎゅっと目をつぶって首を振った。なんとか理性を取り戻そうとしている様子が見て取れる。


「楽になれますよ。ほら……」


 王妃の唇に薬の瓶をあてるも、彼女は小さく首を振った。


「……や、……いや」

「正妃様」

「私は、……正妃です。薬など……いり、ません」


 瞳孔が揺れている。ロジーネはとっさに、王に薬を差し出した。


「なんだ?」

「飲ませてください。正妃様に、口移しで」

「は?」

「正妃様の唇に触れられるのは、夫であるあなただけです」


 ふたりの間には、王子がふたりもいるのだ。これまでには当然、キスもそれ以上のこともしているはずだ。なのに、アルノー王は首を振って拒絶する。


「私にはもう番がいるのだ。それはユリアンナへの裏切りになる。だから……」

「番に会えたら、これまでのこと、すべてなかったことにしていいの? 違うでしょう? 彼女は今もあなたの妻です。正妃様の気持ち、少しは考えたことがあるんですか?」


 ロジーネの中にあった不満が、一気にはじけ飛ぶ。

 以前、畑で正妃に会った時、ロジーネは彼女を、理性的で正しい人だと思った。

 絶対に不満はあるはずなのに、アルノー王の心情を思って側妃の存在を許し、ユリアンナのことも気にかけてくれていた。

 おそらく彼女は、とてもプライドの高い人なのだ。

 他人に弱みなど見せたくない。自分の意とそぐわなくても、正しいことを優先する。

 正妃として、性欲抑制剤を飲むことは、そんな彼女のプライドを傷つけることだったのかもしれない。

 その彼女が、こんな状態を他人に見せているのは、屈辱以外の何物でもないだろう。


「助けられるのは、貴方しかいません」


 ユリアンナには悪いが、彼らは今だ夫婦なのだ。だとすれば、妻を救う責任は王にある。


「くそっ」


 アルノー王はロジーネを睨んだが、やがて気圧されたように薬を奪い取った。

 口に含み、そのまま、正妃に口移しで飲ませる。

最初、抵抗するそぶりを見せた正妃は、やがて力を抜いてそれを受け入れた。

 体を黒色の体毛が覆いはじめ、残されたのは意識を失った黒豹だ。


「眠ったのか?」


 黒豹姿となった正妃を王は床に寝転がす。すぐさま、城の侍医がやって来て彼女を診察する。


「性衝動は落ち着いたようですね。お休みになれば、回復すると思います」


 ロジーネはほっとした。が、アルノーは黒豹姿の正妃を軽蔑するように見下ろした。


「……正妃を部屋に閉じ込めろ。ユリアンナを傷つけた罰は目覚めてから言い渡す」

「罰するおつもりですか?」


 言い返すと、アルノーはロジーネを睨んだ。


「なぜ俺が許すと思うんだ? 番を傷つけられたのだぞ? お前はユリアンナの味方ではないのか?」

「味方です。だからこそ言うんです。ユリアンナは、正妃様のこととても心配していたから」

「番を見つけた時点で離縁するべきだったのだ。子の母親だからと、好きなようにさせておいたのが仇となった」

「人を物みたいに言わないで! 番って何なの? 番を見つけた途端に、どうしてそんなに冷たくなれるの? クリスタ様はあなたの正妃でしょう?」


 ロジーネにはどうしてもわからない。

 運命の相手じゃなかったとしても、子をもうけ、ともに過ごせば情は湧くものではないのだろうか。どうして誰も、正妃にもっと寄り添ってあげないのか。


「獣人にとっては、番こそすべてだ」


 ロジーネの言葉を理解しようともしない、アルノーの断言に言い返そうとしたロジーネをヴィーラントが止めた。


「ロジーネ。ここはいったん引くんだ」

「でも!」

「獣人は、番を得るとほかの異性に欲情しなくなる。……本当にそうなんだ」


 だとすれば、それはまるで呪いだ。

そしてそれがわかっていて、番ではない妻を迎えることは、犯罪に近い。


「正妃様が、かわいそうよ」

「それは、みんな知っている。それでも……」


 納得はできてしまうんだ、とヴィーラントは続けた。


「一生、番と出会わない獣人もいる。それを考えれば、後継者が必要な王にはどこかのタイミングで伴侶が必要だった。クリスタ様だって、それは理解して嫁いできたはずだ」

「そんなの……」


 だからこそ、正妃はずっとユリアンナに優しかったのだ。優しくせざるをえなかったのだろう。当初からの約束を、守らないわけにいかないから。


「……ユリアンナに会わせてください」


 ロジーネはふいにやるせない気持ちになった。

 ロジーネにはわからないアルノーの気持ちが、ヴィーラントにはわかる。それはもう、どうしようもない種族間の溝だ。

 だとすれば、同じ思いをきっとユリアンナも抱えている。そしてそれを理解できるのも自分しかいないはずなのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 王妃様が可哀想です(´;ω;`) 頭じゃわかっていても心に理屈じゃ通じないよ王様。 というか王様、あんたはあんたで考えるのを放棄して……いつか全部失うよ(´;ω;`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ