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31.潜入! 豹族の城・4

 ゆっくりと顔を上げたユリアンナの目はうつろだ。ロジーネを映したその瞳が、ゆっくりと涙で揺れていく。


「ううん。……もう、戻れないわ」


 すでにほかの人の妻になってしまったからなのか、バルナバスの心が手に入らないことがわかっているからなのか。それともほかの理由があってそう思うのかはわからないけれど、ユリアンナが今の状態に落ち着くまで、並々ならぬ決意が必要だったことはわかる。

 ぎゅっと彼女を抱き締め、ロジーネは自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。


「大丈夫よ。あなたはひとりじゃない。私もいるわ」 

「ロジーネ。あなたは戻って。……同情なんて、いらないわ」


 たしかに、ユリアンナの生死が知りたいという、最初の目的は達成した。

 けれどここで過ごしているうちに、ロジーネの気持ちは固まっていた。

 ユリアンナと目を合わせて、ゆっくりと首を振る。


「私はここにいたいの。戻って結婚するのは嫌だし、ここでやりたいこともできたの。私を拾ってくれた孤児院の暮らしをよくしたいのよ。私には育成のスキルがあるんですって。それを生かして、何かできないか、考えてみたいの」


 話している途中から、足先がくすぐったい。見ると、いつの間にかヴィーラントの尻尾が、足元に絡みついている。


「ヴィーラント!」

「あっ、悪い、つい」


 くねくね動く尻尾をぺしりと叩くと、ヴィーラントは猫姿のまま頭を抱える。

 その姿はかわいらしく、笑ってしまう。


「仲がいいのね」


 ユリアンナにくすくすと笑われ、ロジーネはなんとなくバツが悪くなる。


「と、とにかく。ユリアンナが帰らないのはわかったわ。だからなにか困ったら私に……」

「……どうやら他にもネズミが入り込んでいるようだな」


 凄味の利いた声が聞こえ、ロジーネの背筋が一気に冷える。

 同時に扉が開け放たれ、ネズミの尻尾を指でつまんだ男性が、挨拶もなく中へと入って来た。


「アルノー様」

「ユリアンナ。こいつらはなんだ!」


 ぽい、と投げ捨てられたネズミは、空中で人型へと変わり、床に着地する。


「ハインツ!」

「いてて、さすが獣王アルノー。この僕が捕まるなんて思わなかったよ」


 軽口をたたくハインツを、アルノーは鋭い目つきで睨んだ。


「お前たちは何者だ。なぜ我が妻の部屋に忍び込んだ!」


 アルノーは、ユリアンナの腰を抱き、引き寄せる。怒りに満ちた表情は、その場にいた全員に恐怖を抱かせたが、ユリアンナに目を向けた途端、その雰囲気が優しいものへと変わる。


「無事か?」

「は、はい。それより、アルノー様、怒らないでください。彼女はロジーネ。私の従妹なんです」


 ユリアンナの指を辿って、アルノーがロジーネを見る。

 髪の間から出た耳がピンと立ち、肌にも梅斑紋がある。目つきが鋭く、しっかりした体躯のせいでか、威圧感はすさまじい。

 ロジーネも怯んでしまう。


「私が崖から落ちたのを心配して、捜しに来てくれたのです」


 続けるユリアンナの言葉に、アルノーの視線がさらに強くなった。すごい威圧だ。ロジーネが本能で後ずさりすると、ヴィーラントがかばうように前に立った。

 しかし、アルノーは目もくれず、後ろのロジーネを睨む。


「従妹ということは、貴様は人間か?」

「は、はい」

「もう少し優しく聞いてあげてください。ロジーネが怯えています」

「そ、そうか?」


 ユリアンナに懇願され、アルノーの顔にやや締まりがなくなる。


(……おもしろいくらいに、ユリアンナにだけ態度が違うわ)


 ロジーネの視線を感じたのか、アルノーは、ゴホンと咳払いしてから、口もとを引き締めた。


「こやつらは、私からお前を奪いに来たのではないのか? だとしたら無傷で返すわけにはいかん」

「違いますよ」


 発言とともに、ヴィーラントが人型をとった。瞬きの瞬間に大きな背中が現れ、ロジーネはほっとした。


「お前は……翼猫ヴィーラントだな」

「お初にお目にかかります。アルノー王。俺をご存じで?」

「鳥族がこの地を捨ててから、この国で翼を持つ者は貴様だけだ。名前くらいは聞いている。どうやって警備をすり抜けてきたのかと思ったら、お前がいたからか」

「俺だけの力ではありません。こいつ、……ハインツが居なければ無理でした」


 ハインツが得意そうな顔をしたが、アルノーは一瞥さえしない。


「しかし、王城に忍び込むのは許しがたいな」

「それはお詫びします。正攻法ではとても入れないと思いまして。俺は、番である彼女の願いを叶えるため、ここに来ました。彼女は人間の娘で、名はロジーネ。ユリアンナ様の従妹にあたります。ユリアンナ様が心配で、どうしてもその安否を確かめたいという想いがあったのです。どうかお許しいただけませんか?」

「ふん」


 アルノーはユリアンナをしっかり抱いたまま、ロジーネに目をやる。


「番か……。そういう事情であれば、今回は罪を問わないことにしてやる。しかし、ユリアンナはもう私の妻だ。人間の国に戻すわけにはいかない。もう近づかないでくれ」


 アルノーが言い放った途端、ユリアンナはびくりと体を震わせた。


「陛下、もうロジーネと会ってはいけないのですか?」

「地上の者とのやり取りを許すわけにはいかん」

「そんな……」


 ユリアンナの目に涙が浮かぶ。すると、アルノーがにわかにオロオロし始めた。どうやら番に泣かれるのは弱いらしい。


「要は、自分の処に繋ぎ留めておく自信がないんだ? 可哀想じゃん。同族との交流を禁止されるなんて」

「貴様!」


 ハインツがいきなり煽りだし、アルノーが怒りをあらわにする。


(ハインツやめて! 刺激しないで!)


 ロジーネの心の中の訴えは届くはずもない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 言うのぅハインツ(;'∀') いやまったくその通りだと思うけど図星だと思うけど(;'∀') でもね王様、そうやって縛るばかりじゃいつかクーデター引き起こされるよ? 時にはルールをいい方向…
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