22.中層の商業地区・4
「孤児院にはいっぱい子供たちがいるんだもの。稼ぐ手段はいくらあってもいいじゃない」
「俺たちが贅沢をしていると、よそから不満が出てくる」
「どうして?」
「孤児だからだろ?」
ヴィーラントは当たり前のように言うが、ロジーネにはわからない。
「でも、孤児院を運営するためにお金を出してもらっているわけじゃないんでしょう? どうして、世話をしてくれるわけでもない人の目を気にしているの?」
すたすたと歩いていたロジーネは、隣のヴィーラントの気配が消えたことを不審に思い、振り向いた。
そこには、ほうけた顔をしたヴィーラントが立っている。
「ヴィーラント? どうしたの」
「……あ、いや」
彼の様子がおかしいことから、ロジーネは自分の発言を顧みてハッとする。
(……人の目を気にするな、なんて気軽に言えること自体、幸せなのかもしれないわね)
常に奇異の目を向けられてきたヴィーラントが、人目を気にするのはいわば当然のことだ。中層を抜けてくるときは「今更だ」と言っていたけれど、孤児院の子供もかかわることで、ことさら慎重になるのは、なにもおかしなことではない。
「……ごめんなさい。私、また失言をしたわね」
「いや。そうだな。俺は人目を気にしすぎて、あいつらの自由を奪っているのかもしれない」
「そんなことないわ。あなたは、あの子たちを守るために一生懸命なのよ。私の考えが軽率だっただけ。ごめんね」
素直に反省を口にすると、ヴィーラントもようやく口もとを緩ませた。
「孤児は常に不幸でいなければならないと思い込んでいたのは俺のほうだ。でもそうだな。自分たちで稼ぐ金で、誰かに文句を言われる筋合いはないもんな」
小さなつぶやきから、彼が今迄虐げられてきたことや、ねじ曲がってしまった価値観がうかがえる。
ヴィーラントに、顔色をうかがう子供の姿が重なって見える。
空も飛べる、孤児院の雑務も、薬草の売買交渉もできる。それでも、けなされることを怯える気持ちは、しみついた汚れのように、なかなか取れないものなのかもしれない。
「……そうよ。いっぱい儲けましょう? この孤児院を改装できちゃうくらい。私も、いっぱい手伝うから」
「ああ」
ヴィーラントの目尻が柔らかく弧を描くのが、ロジーネはなぜだか、無性にうれしい気持ちがした。
その後、子供たちと共に夕食をとり、片づけをしてから、ロジーネは教会の休憩室に戻るために、ヴィーラントに送ってもらっていた。
「いずれ、孤児院の建物にあんたの部屋も準備しないとな」
「あ、そうよね。あそこはあくまで休憩室だものね」
「それもあるが、離れているから心配だ」
たしかに、礼拝堂を挟んでいるから、声は届きにくい。
「でもヴィーラントには聞こえるのよね? だから地上の私の部屋まで来てくれたんだもの」
「あれは番の魔法というものだ。本来は互いに魔法をかけ合い、離れていても互いの意思を伝え合えるようになる。今は俺が一方的にかけているから、君が俺を思い、求めていなければ聞こえない」
「そうなの」
「ああ。だから、あんたが俺に助けを求めている時しか、基本は聞こえないんだ」
では、常に話が聞かれているわけではないのだ。ちょっとほっとしつつ、ふと気づく。
「私があなたにその魔法をかけることはできないの?」
「どうだろうな。そもそも、人間には番という存在がいるのか?」
「うーん。仲のいい夫婦は一生を共にするけれど、全員ではないわね。離婚している人も、互いに愛人を作っているような人もいるわ。一目見た瞬間に、運命の人だとわかることはないかも」
バルナバス殿下はロジーネを一目で運命の人だとわかったと言ったが、それが一方通行なものだということは、ロジーネが一番よくわかっている。
「そもそも番という存在がないのなら、使えないんだろう」
「そうね。魔法をつかえる人間そのものが、とても希少だものね」
「チュウ」
「……誰だ!」
会話の合間に聞こえた声に、ヴィーラントが激しく反応した。ロジーネをかばうように前に立ち、礼拝堂の壁を睨みつける。
「僕だよ、翼猫」
現れたのは、灰色のネズミだ。その姿をじっくり確認する前に、人間の姿へと変わる。昼間見たハインツだ。
「ハインツ。なんでお前が」
「エリートの僕が下層に来るのは、君たちに話があるからに決まっているだろ。そんなことも分からないの。愚鈍だね」
「あーいちいちむかつくな、お前は」
ヴィーラントは少し警戒を解いたようだ。ピリッとしていた空気が、少し柔らかくなる。
「ロジーネ、部屋に戻ってろ」
ヴィーラントの言葉に、ロジーネは頷いていこうとしたが、ハインツが止めた。
「待ってよ。君にも話があるんだ。人間さん」
「……!」
ロジーネとヴィーラントが息を飲む。対して、ハインツだけはその場の雰囲気にそぐわぬほど、にこやかにほほ笑んだ。
「翼猫に、獣人に好意的な人間。そして、王の番の人間。役者が出そろった感じがするよね。こういうのを運命って呼ぶんだと僕は思うな」




