21.中層の商業地区・3
「まったく、あいつは侮れないな」
「さっきの人……私が人間だって気づいてた……よね」
「おそらくな。だが、その場で騒ぎ立てなかったってことは、今は黙っている気があるんだろう。あいつは、おもしろいことが好きだからな。俺たちの出方を見て楽しんでいるんじゃないか?」
「……なにそれ」
「ネズミ族の中でも、あいつはエリートで気ままなんだよ。味方につけられれば強いけどな」
「いろんな人がいるのね」
まだドキドキする心臓を押さえ、ロジーネは息を吐く。
「王様の側室が人間って、……もしかして、ユリアンナが?」
「可能性は高いな。ロータルの話とも合わせれば、ユリアンナが王様の番ってことになるのか?」
人間が獣人の番になることがあるのは、ヴィーラントで証明済みだ。
「……もし、そうであれば、彼女の身柄は無事だろう。側室ともなれば、丁重に扱われるだろうし、獣人は基本、番のことは大事にする」
「でも、ユリアンナはバルナバス殿下が好きだったのよ? いきなり側室だなんて可哀そうよ」
「バルナバスって、あのうるさい男だよな」
ヴィーラントが思い出すように視線を泳がせ、そしてため息をつく。
「確かに、王様とはタイプが違うな」
「王様はどんな人?」
「すらっとした顔のいい男だが、王を務めるだけあってえらく強い。目つきが鋭く、大人の男が見ても怖いと感じるほどだ」
「それは……」
甘いマスクのバルナバス殿下が好みだというユリアンナの趣味に合うとは思えない。それに、側妃にまでされているということは、対外的にも妻になってしまったわけで。
「ま、まさか、強制的に手籠めにされたりなんて……」
「落ち着け。ないとは言わないが、そんな決定的に番から嫌われるようなことはしないはずだ。番とは、ひとりしかいないんだぞ」
「……でも」
「そんなに気になるなら、今度忍び込んできてやる」
「忍び込めるの?」
「まあ? 簡単ではないが。あ! 俺は飛べるからいけるが、お前は無理だぞ。小さくもなれないし」
そう言われてしまえば、ついていくとは言えない。
「わかったわ。でも、ヴィーラントも捕まらないで」
服の裾を掴んでお願いすれば、いつの間にか腰を尻尾に捕まれている。
「もうっ、また!」
「悪い悪い。本能だ、仕方ないだろう」
その後は、薬草を売って得たお金で食料を買って帰った。商業地区で出会った人は、ハインツを除き、ロジーネがサル族だと信じて疑わなかった。
「……そろそろ、においが出てきた。帰ろう」
「そうなの? お茶の効果が切れたってこと?」
「ああ。飛ぶぞ」
ヴィーラントがさっと姿を変え、ロジーネを乗せ飛び立つ。
「飛んでる? まさか鳥族か? いや、違う」
「あいつだ、翼猫」
獣人たちがみんな、ヴィーラントを見上げている。
珍しいというのは本当なのだろう。驚きと共に、どこか嫌悪の眼差しを感じる。
「目立っているわよ、ヴィーラント」
「いいよ。今更だし」
奇異な視線を受け止めることも、彼にとっては当たり前のこととなっているのか。
そう思うとなんだか切なく、ロジーネはヴィーラントの首にぎゅっと抱き着いた。
*
「あー。ヴィーラントお兄ちゃんとロジーネお姉ちゃんだ」
空から戻ったふたりを、孤児院の子供たちが手を振って出迎える。
子供たちは今、畑の世話をしているところらしい。
下層はあまり陽が差さないため、育てている量は大したことはない。ニラやフキなど、陽の当らない場所でも育つようなものばかりだ。
「ただいま。みんなは収穫?」
「うん。今日のご飯でつかうやつ」
「私たちもお野菜買ってきたわよ」
「あ、新しいお洋服だ!」
「ヴィーラントが着替え用にって買ってくれたの」
「えー。いいなぁ」
少し不満げに見上げる子供たちを、ヴィーラントは一蹴する。
「その金の出所はロジーネの薬草だ。正当な使い方だし、実際持ってきた服でうろつかれたら目立つ。必要経費だ」
「ちぇー」
唇を尖らせる女の子たちは、おしゃれに興味津々らしい。
「お洋服が欲しいなら、稼がなきゃね」
「薬草を売った金や、アーロン神父が作る薬の売り上げは、ほとんどここの運営費になる。子供たちの分までは余裕がない」
ヴィーラントがつれなく言う。
「アーロン神父が薬を作るの?」
「ああ。教会の神父には、発情期の性欲を押さえる薬を作るという役目がある。だから、薬づくりの腕前が良くなければ神父にはなれないんだ」
「人間の国でいう、薬師試験をクリアしたみたいなものね」
ロジーネだって薬は作れる。だったら、アーロン神父が作ったことにして売ってもらえば、少しは稼げるかもしれない。
そう伝えてみると、ヴィーラントは眉を寄せた。
「だが、お前の薬は効きすぎるしな」
「地上産の薬草を使ったからだって言えば大丈夫よ。薬草そのものを売るより、高く売ることもできるじゃない」
「しかし……」
なぜかヴィーラントは渋い顔だ。




