20.中層の商業地区・2
「いらっしゃぁい」
出てきたのは、女性のトラ族だ。
「服が欲しい。この子のだ」
「あらぁ。かわいい顔してるじゃない。サル族? サル族向けのはこの辺かしらねぇ」
「あまり目立たない格好にしてくれ。ほかのやつらに目をつけられたら困る」
「あら。あなたの番?」
「そうだ」
ポンポンと話が進んでいく。番という言葉は、獣人間では大きな意味を持つようだ。
「じゃあ、この辺かしらね。はい。着てみて?」
女店主が出してくれた服を渡され、どうしたらいいのかわからずロジーネは上目遣いでヴィーラントを見上げた。
「あの」
「着てみろ」
指差されたのはカーテンで覆われた試着用の囲いだ。着替えてみればサイズはぴったりで、普通のワンピースだ。ただ、サル族用というだけあって、お尻部分に小さな穴が開いている。
(尻尾用ってことだよね。どうしよう)
「……あの」
顔だけ出してヴィーラントを呼ぶと、すぐにやって来る。
「見せろ」
「はい」
「……うん。いいじゃないか。このまま着ていこう。上からローブを着ればいい」
「うん」
朝から借りているヴィーラントのローブを着こみ、試着室から出ると、ヴィーラントが支払いをしていた。
「まいどあり~」
(あっ、お金)
残念ながら、ロジーネは獣人国で使えるお金を持っていない。そもそも、ここには情報収集に来たのだから、服を買ってもらうこと自体予想外だ。しかしいくら買ってくれるといっても、いかにも節約暮らしをしていそうなヴィーラントに払ってもらうのは忍びない。
「ヴィーラント、お金は……」
「大丈夫だ。この後、薬草も売りに行くから」
最初に着ていた服をたたんで紙袋に入れてくれた店主は、不思議な顔をしていた。
「この服、ずいぶん上物じゃないか。売ってくれたら高い値をつけてあげられるよ?」
「いや。これはこいつのものだ」
ぶっきらぼうに紙袋を受け取り、ヴィーラントは再びロジーネの手を掴んで歩き出す。
なんとなく人の視線を感じて、ロジーネは気恥しくて顔を上げられなくなる。
「ね、ねぇ。私たち情報を仕入れに来たんでしょう?」
「仕入れているだろうが。この方が自然だろ? 怪しまれないようにするのも大事なことだ」
「でも、これじゃ……」
まるで、デートみたいだ。
(こんなドキドキしている場合じゃないのに)
「次はここだ。……ちょっと待ってろよ」
ヴィーラントが次に来たのは、他の建物よりも小さな店だ。
小さな窓から中を覗いたヴィーラントは、安心したようにロジーネを手招きする。
「あいつはいないな。……中に入るぞ?」
「あいつって?」
「なんでもない」
お店の扉はほかの店より小さく、ロジーネにはちょうどだがヴィーラントには低い。ヴィーラントは少しかがんで中に入る。
「いらっしゃいませ」
出迎えたのはネズミ族だ。あまり魔力が強くないのか、立ち歩いているが、姿はネズミそのものだ。
どうやら薬屋らしい。薬棚を見て、ロジーネの興味が一気に傾く。
「薬草を売りたい。地上から落ちてきたものだ。効能の良さは保障する」
「はいはい。ちょうどいいわ。今日は鑑定してもらえるから。ハインツー」
ネズミ獣人は奥から人を呼んだ。それに、ヴィーラントがぎょっとする。
「ハインツ、いるのか?」
「ええ。ちょっと休憩に入ったところだったの」
なぜか慌てた様子のヴィーラントが、ロジーネの手を掴んだところで、二階から人が下りてくる。
「はいはい。鑑定?」
鼠色の髪を持つネズミ獣人だ。くりっとした黒目がちな瞳がかわいらしい。まだ少年のように見えるけれど、大人なのかもしれない。
「よ、よお、ハインツ」
「やあ、翼猫じゃないか。久しぶりだな。会いたかったよ」
「はは。……俺は会いたくなかったがな」
ご機嫌そうなハインツに対し、ヴィーラントの表情が陰る。
「そう言うなって。まあ君が持ってきたものなら、間違いないんだろうけどね」
ハインツはちらりと横にいるロジーネを見た後、薬草に目を通す。
「鑑定」
ハインツが目を閉じ、つぶやいた。淡い光が彼の体の周りに見える。それは一瞬で、すぐに彼は目を開けた。
「栄養素の含有量が多い。間違いなく地上産だと思う。しかも今までヴィーラントが持ってきたものと比べても、格段にあるよ。半量で同等の効果が出せるんじゃないかな」
「へぇ、そりゃすごい」
おかみはいそいそと薬草を自分の手に持ち、換金の準備をする。
「高値を付けよう。その代わり、他の店に流すんじゃないよ。ヴィーラント」
「わかってる」
おかみとヴィーラントが話している間、ハインツはなぜかじろじろとロジーネを見てくる。ぶしつけとも思える視線に戸惑っていると、ヴィーラントがさりげなく前に立ってくれた。
「じろじろ見るな」
「おや、ヴィーラントがナイト役? 君、嫌いじゃなかったっけ、にん……」
「はい、待たせたね。ヴィーラント」
おかみがやって来て会話が途切れたが、ロジーネはひやひやしていた。
今ハインツは〝人間〟と言おうとしていなかっただろうか。
怖くなってヴィーラントの腕にしがみつくと、彼のしっぽがロジーネを守るように腰に巻き付く。
「じゃあな。ハインツ」
牽制するように睨んだが、ハインツはにこにこと笑うだけだ。
「ねぇ、知ってる?」
背中を向けたふたりに、ぶつかる彼の声。振り向くと、過剰なまでににこにこしたハインツが、頬杖をついている。
「王様の新しい側室、実は人間らしいよ」
「え……?」
ロジーネの背筋をひやりと汗が伝う。
「僕らネズミ族はさ、盗み聞きが得意だから」
「それは確かか?」
ハインツの視線から遮るようにヴィーラントが立つ。
「もちろん。僕に見抜けないものはないよ。鑑定スキルの持ち主だもん」
「お前」
「今度遊びに行くよ。ヴィーラント」
意味深に笑うハインツに、ヴィーラントは小さく舌打ちをし、ロジーネの腕を掴んで連れ出した。




