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19.中層の商業地区・1

 下層から中層に上がるには、緩やかなスロープ状の坂道を上る方法と、梯子を上る、ローブを登ると三種類の方法があった。

 時間はかかりそうだが、一番安全なのは坂道をのぼることだ。駆け出そうとしたロジーネを、ヴィーラントが止める。


「俺がいるんだから乗ればいいだろ」


 翼猫の姿となり、ロジーネを乗せて飛び立つ。


「うわあ」


 ヴィーラントが中層を俯瞰できるほど高く飛び上がる。

 下層は、ぽつりぽつりと家がある程度で、寂しい景色だったが、中層はもっと街という感じだ。


「多くの種族が中層に住処を持っている。ほら、あそこは家がみんな小さいだろ? ネズミ族の巣だ。あっちは猫族の村。少し高台になっているあたりが、犬族の町だな」


 以前、ヴィーラントが言っていたように、獣人たちは種族ごとに集落を持っているらしい。

 そんな中層の中央に、建物が密集している場所があった。


「あそこが共同区域だ。ここだけは多くの種族がまじりあう。商業施設が立ち並んでいて、自種族だけでは揃えられないものはここで揃えるんだ。教会もここにある」

「思ったよりもずっと文化的なのね」

「そんな想像をしていたんだ?」

「もっと統制がとれていないんだと思っていたの」


 孤児院は井戸水で生活しているが、共同区域は、きちんと水道が整備されているし、嫌なにおいもしない。

 頭が狼の獣人や、ほぼ人間のような見た目に狐の耳だけが飛び出している獣人も歩いているけれど、突然襲われるようなこともなさそうだ。


「今は発情期じゃないからということもあるがな」


 人目につかないところで下ろしてもらってから、ロジーネはヴィーラントについて共同区域に向かった。

 共同区域には多くの獣人がいて、その種族も様々だ。その中で、ヴィーラントは妙に人目を引くところがある。眼帯のせいかとも思うが、ぱっと見渡しただけでも、眼帯をつけている人は多いので、それが特に目立つというわけではない。


(色かしら……意外と黒い生き物っていないのね)


 人間の姿に近い獣人も、髪の毛は茶色っぽいものが多い。


「よう、翼猫。珍しいじゃないか、中層に来るなんて」


 赤い屋根の商店の前を通ると、トラの頭をした獣人が話しかけてきた。彼も左目に眼帯をしている。どうやら古着店の用心棒らしい。


「ロータル。久しぶりだな」

「こっちの嬢ちゃんはサル族か? お前が誰かといるなんて珍しい」

「まあ、ちょっとした拾いものだ。名前はロジーネ」

「こんにちは」


 ロジーネはぺこりと頭を下げる。


「よろしく。俺はヴィーラントと同じ孤児院出身なんだ」

「アーロン神父の?」

「そう」


 ロータルは、怖そうな見た目と違い、人懐こそうな笑みを見せる。


「孤児院出身者は、共同区域で雇ってもらうことが多いんだ。家は下層にあるんだがな」

「うまくすりゃ、中層の奴に見初められて種族の集落に迎え入れられることもあるぜ」


 孤児院出身者はなかなか過酷な人生を強いられるようだが、それぞれは意外と前向きに生きているようだ。


(不幸だなんて決めつけるのも、もしかしたら失礼なのかも……)


 ヴィーラントが同世代の獣人と朗らかに会話しているのも、なんだか意外だ。


「そうなのね」

「お嬢ちゃんは、顔がかわいいから、かわいい格好すればすぐさ。どうだい、うちの店でかわいい服を探していっては」


 宣伝文句も忘れないあたり、商魂もたくましい。


「そうだな。あとで一着買っていくよ。それよりロータル。最近なんか面白い噂はないか?」

「噂? あー、昨日、地震が起こったろ。ウサギ獣人が、地割れが起きたんじゃないかって言っていたぜ」

「地割れか。そう言えば、大渓谷の空気はよどんでいたな」

「お、それは新しい情報だな。どのへんだ?」

「教会からまっすぐ行ったところだよ」


 それはロジーネも見た。濁った空気は重く、撒き上がることはなかったが、あまりいいものには思えなかった。


「ほかには?」

「そうだな。猫族とネズミ族の間で、チーズの流通についての諍いがあったろ。あれはネズミ族が勝って先にネズミ族に回されることになった」

「なんだと?」

「ネズミは手回しが上手なのさ。お前たち猫族は個々が自由すぎるんだよ」


 ヴィーラントが不満そうに黙り込んだ。

 こうして獣人同士で話しているのを見ると、ヴィーラントも少年みたいでかわいく思えてくる。


「あとは、……王家周りでなんかないか」

「王家……。そうだな。王様が女を引き込んだって話は聞いた。側室にするそうだぞ」

「側室? でも、世継ぎもいるじゃないか」

「ああ、だから、そいつが番なんじゃないかって噂だ」


 獣人は基本的には〝番〟との出会いを待っている。魂で結びつけられた相手のことは、一目見た瞬間、本能的にわかるのだ。

相手が番であるかどうかは、特別な魔法で判別することができる。番にだけ効果があり、相手が本当に番ならば、離れていても相手の声を聴くことができるようになるのだ。

 しかし、番と出会えるかどうかは運だ。

 だから、上流階級──肉食系獣人たちは、番と出会えなくとも婚姻を結ぶ。とにかく、子孫を残さなければ、種族の立場を維持することができなくなるからだ。


「今の王妃様は、発情期に迎えた奥方だ。番じゃないのは判明している。逆に今は発情期じゃないだろ? だからその側室は番の線が濃厚だ。王妃様は立場がないだろうな。今頃城では女同士の戦いが繰り広げられているんじゃないかぁ?」


 にひひ、といやらしくロータルが笑った。


(笑い事じゃなくない?)


 ロジーネはひやひやしていた。

 ヴァイス国でも、やはり王族の権力争いはある。王家には三人の王子とふたりの姫がいるが、第一王子派と第二王子派は対立しているといった話も聞いたことがある。バルナナス殿下は第三王子なので、比較的自由にさせてもらっているそうだ。それが、自分で結婚相手を見つけようなんて方向に向かってしまったので、ロジーネはいい迷惑だったわけだが。


「ありがとな。ロジーネ、君の服を一着買っていこう」


 ロータルから話を聞き終えたヴィーラントはロジーネの手を引いた。それを見て、ロータルはますますにやにやする。


「もしかしてお前も見つけたのかぁ? 番」

「……まあな。手を出すなよ」

「ははっ。同族じゃなかったのか。大変だな」


 笑うロータルを無視して、ヴィーラントはずんずん店の中へと入っていく。


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― 新着の感想 ―
[一言] こ、これは下手をするとトンデモない状況になっているのでは(;'∀') なんにしても、もうちょっと情報集めなければね(;'∀') それに、空気のよどみも気になりますねぇ……災厄の前兆とかじゃ…
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