13.地上に戻ってハプニング・2
「誰かいるのか?」
声の主は父親のようだ。
一晩行方不明だったのだ。さぞかし心配しただろうし、怒らもするだろうとロジーネは肩をすくめた。
向かってくる人影は思いのほか大勢だ。前を行くのがふたり、その後からついてくるのは護衛だろう。先頭が父で、その後ろにいるのが……。
「嘘。バルナバス殿下……?」
ふたりは、立っているのがロジーネだと認めると、大急ぎで駆け寄ってきた。
「ロジーネ、無事だったのか」
「おお、美しい人、よく無事で」
バルナバスは勢いよくロジーネを抱き寄せた。いきなり男性から距離を詰められ、ロジーネの方はパニックだ。
「ちょ、ちょっと、離してください」
「私の花嫁。大丈夫か? 怪我はないだろうか」
「バ、バルナバス殿下! 離して……」
「ああ、すまない。君の無事な姿を見たら、我を忘れてしまった。辺境伯領に到着して君が落ちたと聞いたときには、私は目の前が真っ暗になってしまったよ」
ようやく離してもらい、改めてロジーネはバルナバスを見つめる。
相変わらずキラキラした印象の男性だ。ロジーネの手を取り、やたらに大げさな態度で、自分がいかに心配していたかを訴えてくる。
(……正直面倒くさいわ。王子様相手にそんなこと言えないけれど、早く解放してほしい)
白んだ目で見つめていると、彼は思いついたとばかりに手を打った。
「ああそうだ。君を落とした悪女は、自らの罪を反省し、ここから飛び降りた。もう心配することは……」
「なんですって?」
ロジーネは耳を疑った。
悪女とは誰のこと? そもそも、ロジーネは地震のせいで落ちたのだ。
あの時一緒にいたのはユリアンナ……
「ユリアンナは? ユリアンナはどこ?」
「もう大丈夫。彼女は自ら罪を認め、命を絶った」
「何を言っているの!」
ユリアンナに罪などひとつもない。それどころか、無神経な言動で彼女を傷つけていたのはロジーネの方だ。
バルナバスでは話にならない。ロジーネは渾身の力を込めて彼の腕から逃れ、父の方へと向き直る。
「お父様! ユリアンナは?」
父は少し目をそらしバツが悪そうに話し出す。
「私と殿下がお前を捜しにきたとき、崖にはユリアンナだけがいたんだ。呆然としていて、まともに話もできないような様子で、『ロジーネが落ちた』と言った。それで」
「私が糾弾したんだ。君が落としたんだろう、と。彼女は前から私のことを少なからず思っていたようだったからね。花嫁となる君をうらやんだのだろう。すると彼女は、怯えた顔をして、崖下に落ちてしまった」
「……なんてこと!」
ユリアンナはバルナバス殿下に恋をしていたのだ。おそらく、長い間。
その相手から、殺人の嫌疑を向けられ、彼女はどれほど傷ついただろう。反論の言葉さえ、出せなかったかもしれない。
(まさか、ユリアンナはそれで世をはかなんで?)
そうでなくとも、彼女は憔悴した様子だった。駄目押しのようにそんなことを言われたら……
(殿下だけのせいじゃないわ。私だって……)
落ちたことはわざとではないが、ロジーネの行動が彼女を追い詰めてしまったことは事実だ。
「恐れながら、殿下、ユリアンナは無罪です。それどころか、私を助けようと手を伸ばしてくれたのです」
「そうなのか?」
「はい。私は結婚に悩み、崖下を眺めながら物思いにふけっていました。そこへユリアンナが戻るよう呼びに来てくれたのです。話しているうちに地震が起き、足元が崩れて私は崖下へ。……ユリアンナのせいではありません!」
はっきりと、ユリアンナの無実を主張する。
「しかし、彼女は反論もせずに……」
バルナバスが戸惑ったようにつぶやく。
「本当です。早く、彼女を探してください!」
「いや、この崖から落ちて、無事なわけが……」
「私は無事でした! ユリアンナだってそうかもしれません」
そうは言ったものの、確かにあの高さはまともに落ちれば死ぬに決まっている。
ロジーネは運が良かったのだ。
(……でも)
崖下には、別に血の跡などはなかった。もちろん、うまく真下に落ちるとも限らないから、ロジーネが通って来た道にユリアンナが落ちたとは限らないが。
(捜しに行かなきゃ……)
ロジーネは踵を返し、崖の際に向かった。
「ロジーネ嬢!」
バルナバス殿下の声はするが、振り切って叫ぶ。
「ユリアンナー!!」
しかし、返事は当然ない。
「お願い、ユリアンナ! 生きているなら返事をして」
「ロジーネ嬢!」
バルナバスが後ろからロジーネの肩を捕まえる。
「離してください!」
「危ないと言っているんだ。せっかく無事に戻って来たのに、無駄死する気か?」
「それは……」
ロジーネにもこのまま飛び降りるのがいかに無謀なことなのかはわかっている。
「ロジーネ、家に戻りなさい。ユリアンナのことは残念だが、お前だけでも戻ってきてくれて、私はほっとしている。頼むからおとなしくしていてくれ」
「……お父様」
父親が割って入り、ロジーネも頷くよりほかなかった。




