10.獣人たちの国・6
楽しい食事時間を終えて、ロジーネはおもむろにアーロン神父に薬草の説明をする。
「これとこれは殺菌作用があるの。こっちは解熱作用ね。これはミツロウと混ぜ合わせて塗り薬として仕えるわ」
獣人国では、神父が医者や薬剤師の役割をこなすらしい。薬草に関する知識を持ち、薬草図鑑も持っていた。内容は、ロジーネが持っているものに比べて薄い。やはり、地上に比べれば日当たりが悪く、作物が育ちにくいからだろう。
「ふむ。やはり地上には多くの薬草があるの」
「私の畑では、いろいろな薬草を育てているの。もし、ヴィーラントが採りに来てくれるなら、私が地上に戻った後も……」
そこまで話して、ロジーネは縁談のことを思い出した。ロジーネがずっとこの辺境伯領に居られる保証なんてなかった。
「……ごめんなさい。ずっとは無理だけど、しばらくなら薬草を分けてあげることができると思う」
「いや、今貰った分があれば大丈夫じゃよ。ここにはそんなにたくさんの獣人はおらんからの」
「そう……?」
だとすれば、地上に戻れば彼らとのつながりは断ち切られる。ロジーネは少し寂しい気がした。
「ロジーネお姉ちゃん、お話終わった?」
猫獣人のアルマという少女が、待ち構えていたようにやってくる。おかっぱの黒い髪から、ぴょこりと出ている耳がかわいらしい。年齢はまだ七歳くらいで、この孤児院では幼い方だ。とはいえ、もっと人の手がかかりそうな二,三歳児もいて、特に子供扱はされていない。
「遊んじゃ、駄目?」
「いいわよ?」
子供たちは、夜に九時には自分の部屋に戻るよう言われているらしい。それまでの間は、いつもおしゃべりをしたり本を読んだりしているそうだ。
「人間の世界のこと、教えて?」
アルマに手を引かれて、椅子に座る。すると、他の少年少女も数人だが集まって来た。
年長者は低年齢の子供の面倒を見るらしく、さっさと部屋へ戻っていった。
ロジーネは請われるがまま話をした。
獣人国と人間の世界の違うところ、同じところ。ロジーネも同じように、知らないことを教えてもらう。
時折、アルマは甘えるように膝に乗りに来た。
「あーずるい。アルマ!」
「交代。次は僕!」
まるで親の愛情を求めるように、子供たちは次から次へとやってくる。
アルマと同じ年頃の子供は、年若の子供たちの面倒を見るには子供すぎるが、自分で自分のことはできる年だ。その分、何でも一人でやらなければならず、寂しいのかもしれない。
「そろそろ、部屋に戻りなさいよー」
最年長の女の子が呼びに来て、子供たちは立ち上がる。
「やば、行こう!」
「うん。ほら、アルマ」
他の子供たちに呼ばれるが、アルマは、ロジーネのスカートの裾を掴んで離さない。
「あの、あのね。ロジーネお姉ちゃん、明日帰るの?」
「ええ。ヴィーラントが送ってくれるんですって」
「そっか。また来る?」
ロジーネは一瞬返答に詰まり、あいまいにほほ笑んだ。
さすがに、崖から落下するのはもう勘弁だ。誰かが迎えに来てくれるなら……とは思うが、ヴィーラントがそれをしてくれるとも思えない。
「そうね。いつか、来られたら」
「そっか」
アルマは、笑顔だった。けれど、尻尾がしゅんと垂れ下がる。
「あ……」
「……もう寝なきゃ。またね、お姉ちゃん」
子供たちが走っていく。椅子をもとの位置に戻している間も、ロジーネの頭からは、先ほどのアルマの表情が離れない。
「どうした?」
やって来たのはヴィーラントだ。
教会の休憩室まで並んで歩きながら、話をする。
「悪いな。遊んでもらって」
「ううん。子供は好きなの。懐いてくれてうれしかった」
「まあ、あいつらは大人に優しくされたことがないからな」
「どうして? みんないい子たちなのに」
本気で不思議に思ったので聞いてみたのだが、ヴィーランドは顔を伏せたまま静かにつぶやく。
「親に捨てられた子はこの国では冷遇されている」
「どうして?」
「人間の世界ではどうか知らないが、獣人国にはスキルという能力がある。赤子の時に祝福を受けると神様から授けられる特殊能力だ。アーロン神父は状態把握スキル。ほかにも鑑定スキルや防御スキル、跳躍スキルや遠視スキルなど、様々な能力があるんだ」
「へぇ……」
ロジーネにはいまいちピンとこない。
「孤児にはそのスキルがないんだ」
「どうして?」
ヴィーラントは両手を広げると首を振った。
「さあ。俺にもよくわからないが、スキルの発現には両親の愛情が必要らしい。教会に名づけの報告をする際に、神殿で祈りをささげるとスキルを表すあざが浮き出てくるんだ。捨てられる孤児の多くが、名前も付けられない。獣人は、スキルの特性に合わせて仕事を選ぶから、孤児はいい仕事にもつけないんだ」
なんとも不自由なシステムだ。スキルがなければ……と言っても、スキルのあるなしは本人のせいじゃない。そのシステムでは、孤児が報われることなどないだろう。
「ひどいわ、そんな。スキルがないのは、子供のせいじゃないのに」
「俺もそう思う。だけど、そういう社会だ。どうにもならない」
「そんな……」
ロジーネはやるせなさに唇を噛み締める。
「せめて……名前を付けてあげてから捨てればいいのに」
「そもそも望まれずに生まれているんだ。獣人には発情期がある。その期間を乗り切るための抑制剤はあるが、たまに飲み忘れて暴走する輩がいる。それで襲われることもあるんだ。特に草食系獣人は、肉食系獣人の欲のはけ口にされることが多いから」
「そんな、ひどいわ! それって犯罪よ。罰せられないの?」
ロジーネは憤慨したが、ヴィーラントは冷めた目で見つめるままだ。




