しんかいぎょ
見下ろす街は暗く、その所々に点々と灯りが灯っている。
風がないからか、辺りは静寂に包まれていて酷く寂しい。
───否、それが良い。
暗い暗い闇の中を行き交う車の光は発光する深海魚のようで、静謐は深海のそれだ。
今、この世界に生きているのがまるで自分一人だけのような錯覚は、きっと思い違いに過ぎないのだろうが。
そう考えて、否定する。
思い違いで良いのだろう。
人の認識する世界は眼球からの刺激を脳が映像にした虚構であって、それを正常だと感じるこの感情は、思い違いのすれ違いの、………勘違いなのだから。
であるならば、
ここが異界みたいだなんて認識も間違いで。
この無機質な風景はきっと嘘なのだ。
光の下には人がいるし、人がいる所には光がある。
そんな当たり前のことも、このうろんな頭は考えつかないらしい。
───そっと、一つ段差になっている場所に登る。
そこは都心の高層ビルの屋上、眼下には暗い深海みたいな世界が広がっている。
現代では珍しい、死と隣り合わせの空間。
そういう意味では、成る程異界というのもあながち間違いではあるまい。
少し誇らしげに、されど悲しげに、感情が流れていく。
「ここから飛び降りたら、楽なのかな……」
毎日毎日奴隷みたいにコキ使われて、そのまま使い潰されるよりはマシだろうか。
────わからない。
わからないから、わからないけれど夢想する。
このまま墜ちて、深海魚みたいにふわふわ漂って、そうして…………死ぬ。
きっと辛いことなんて何もありはしない。
もし、ここから一歩踏み出したなら
「いや」
やめだ。
このままではおかしな方へ引きずり込まれそうだ。
帰ろう、そう思い立って、屋上を後にする。
心には一握りの後悔が取り残されて、酷く切ない。
───だから、誰にでもなく呟く。
「明日も早い。」
そして、日常へ