第八十七話 迷子の子猫
「…ここは。」
見覚えのある景色。ここは確かに俺が生まれ育った町だ。いつもの通学路に、派手な看板の店、よく吠える犬がいる家。忘れもしない。この景色を見ると、本当に戻ってきたんだなと実感する。
それにしても俺が転移された日から、街にはまったく変化がない。俺の容姿もあの時のままで、本当に隕石は落ちなかったみたいだ。あれほどの大きさの隕石が落ちてくるのをこの目ではっきりと見たのに、一体何が起こったのだろうか。
また、一つだけ気になる点がある。
「おかしいな。まったく人通りがない。」
どういうわけか周りに人が全くいない。手持ちのスマホで時間を確認すると、今の時間は午前9時。この時間ならば、子供を幼稚園に送り届けた主婦が立ち話をしているはずなのに、今日はそれがない。
偶然なのか、それとも転送された瞬間を誰にも見られないように意図的に仕組まれたのかは分からない。
「…今はそんなことどうでもいいか。早くマイに会いに行かないと。」
誰かにマイが獣人だとばれてしまえば、途端に情報は拡散されてしまう。この世界ではそれが当たり前のように行われてしまうのだ。
「…父さん、母さん、夏美、ごめん。もうちょっと待っててくれ。絶対に帰るから。」
「えっと…確かこの辺だったよな。」
もともと渋谷にはほとんど行ったことなかったので、この辺りの地理は全然わからない。何とか案内標識に従ってハチ公前に着くと、そこには知った顔の男が一人立っていた。
「おーい、アレ…ン?」
アレンの服装は、顔と体に似合わずさわやかで、意外過ぎるその姿に思わず驚いてしまう。本当にアレンかと疑うほどだ。
「お、やっと来たか。」
「アレン一人だけか?」
「ああ。まだ誰も。マイの姿も見当たらないから、とりあえず誰か来るのを待っていたところだ。」
「そうか…。」
マイはまだこの場所にはついていないのか。人も多いし、何かの拍子で正体がバレてなければいいんだが。
「ちょっと俺探しに行ってくるよ。もしかしたら人に聞けずに、どこかで迷ってるかもしれないし。連絡先は渡しておくから、アレンはここでみんなを待っててくれ。」
「お、おい!ちょっと!…ったく、あいつらしいな。」
「マイー!どこにいるんだー!」
ひとまず大通りを道沿いに探すも、それらしき姿は見つからない。そもそも美織はよく渋谷駅を利用していたとしても、転移時に渋谷駅周辺にいた保証はない。このままがむしゃらに探しても、見つかる可能性は低い。
それでも探すしかない。どんだけ強くなったって、まだ小さな女の子。知らない世界で一人でいるのは怖いに決まっている。何かあったらアレンから連絡が来るはずだ。それまでは探し続けるしかない。
「マイー!くそっ…。ここにもいないか…。」
かなり離れた場所まで来たが、一向に見つかる気配がない。
「こっちの方にはいないのか…。」
そう思ってもと来た道を戻ろうとしたその瞬間、道路を挟んで信号の向かい側に、マントを羽織った一人の少女が歩いているのが見えた。
「…!?マイ!」
大きな声で引き留めようとするも、その声は自動車の走行音にもみ消されてしまう。信号が青に変わるころには、マイの姿はなくなっていた。
「まだ遠くには行っていないはずだ。ここら辺を探せばきっと…!」
急いで後を追いかける。
ここでマイを見つけられなければ二度と会えなくなる。そんな予感がした。
「俺があの子の手をしっかりと握ってやんないと。もう一人にはさせない。」
「お待たせ―。あれ?アレンさんだけ?ほかのみんなはまだ来てないの?」
「いや、それがよー。春人の奴、マイを探しに行ったきり連絡がねーんだよ。早乙女たちはまだついてねーし…。」
「そうなんだ…。じゃあ私も探しに…」
「その必要はないよ。」
遠くから真白たちに手を振る。もう一方の手にはしっかりとマイの手が握られている。
「マイちゃん!!」
「…よかった。見つかったんだな。」
「ああ。」
あれからというと、マイの後を追いかけた俺は、クレープ屋の前でよだれを垂らしているマイを発見した。俺の心配は杞憂だったようで、あっけなく見つかってよかった。
それにしても買ってあげたクレープをあまりにも美味しそうに食べるマイを見て、こっちまでおなかがすいてきた。
「みんなが来たら俺たちもなんか食べようか。」
「そうだね。ちょっと早いけど、お昼にしてもいいかもね。」




