第八十六話 元の世界へ
「それで、俺たちはどこに向かっているんだい?」
「もうすぐわかると思うよ。」
酒場を出発した俺たちは岩山を登っていた。
「それにしても不思議なもんだよな。人間を見るや否やすぐに襲ってきた魔物どもが、今やこんなに大人しいなんてよ。」
「それだけ魔王の支配力がすさまじかったんだろうね。」
魔王の支配がなくなった姿がこれならば、本当に魔王の力はとてつもないものだったのだとわかる。しかし、襲って来ないなら俺たちに戦う理由はない。
「あ、見えてきたよ。」
そこにはカラフルに色づいた花畑が広がっていた。
「ここが最後に来たかった場所なのか?」
「ああ。ほら、あそこに何か見えるだろ。」
俺は一本の木を指さす。その木には盾が一枚立てかけてある。
「…そっか。あの場所に眠っているんだね。」
「この場所は俺たちにとって印象深い場所だからな。」
この大陸で初めて美織と出会い、この場所で一緒にグロウフラワーを探したんだっけ。それから早乙女と出会って、戦って、仲間になって。あの日のことがもう遠い昔のように感じる。
「そういえばあの戦いの後、美織ちゃんと気を失った春人君を連れてどこかへ向かっていたけど、この場所に向かっていたんだね。」
「うん。せめて安らかに眠れるようにって。」
その優しさをきっと美織にも届いているはずだ。
「…しゃあ掘り起こそうか。」
中で眠っている美織を傷つけないように優しく掘り進めていく。すると美織の笑った顔が土の中から顔を出す。その表情はとても優しくて、まるでまだ生きているかのようだった。
その後も掘り進め、全身があらわになった。胸に空いた大きな穴はあの時のままだ。
「…美織。」
俺はそっと手を握る。とても冷たくて、とても温かい手。
「あれからいろんなことがあったよ。巨大な骨と戦って、廃墟にすんでいる兄妹に出会って、鬼と戦って、それから魔王と戦って…。それから…、たくさんの愛にふれて、たくさんのありがとうを知って、たくさんの思いを見たんだ。みんなそれぞれ大切なものを抱えていて、それを守るために必死に生きているんだ。」
俺はこぼれようとする涙を必死にこらえる。それを見た真白が優しく俺の肩をたたき、話し出す。
「私たちは美織の分まで頑張ったよ。ずっと見守ってくれてありがとう。でももう心配いらないからね。自分を大事にしっかりと休んでよ。それでまた会えたら、その時はたくさん話をしよう。悲しい話なんかじゃなく楽しい話を。それから一緒に出掛けて、服を買いに行って…。ああ。泣かないって決めてたのにな…。」
一度流れてしまった涙は止められない。
「まだ美織とやりたいことがたくさんあったのにな…。もっと一緒に生きていたかったな…。」
気が付けばこの場で平静さを保てる者はいなくなっていた。涙で顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣いて、泣いて、たくさん泣いた。
「美織…。最後にもう一度だけ君の力を借りるね。」
俺は美織の左腕の機械に触れると、マイを呼ぶ。
「マイ。俺たちの戻る世界は、ある意味マイにとってここより危険な世界かもしれない。それでも俺たちと一緒にいたいと思ってくれるのなら、この画面にある承認の文字を押してくれないか。」
「えっと…。」
「もちろん強制はしないけど…。できれば私もマイちゃんと一緒にいたい。」
「…私もだよ。」
マイは迷うことなく画面を押す。
「最初からついていくつもりだったよ。だめって言われても無理やりついていくつもりだったもん。」
「そっか。ならこれであとは元の世界に帰るだけだな。」
メニュー画面を開くと、左下には転送の文字が書かれている。ここを押せば元の世界に帰ることができるはずだ。
「美織。ありがとうな。好きって言ってくれてうれしかったよ。…さようなら。」
最後にみんなで美織の手を握ると、もう一度俺たちの手で優しく埋めなおす。
俺たちは忘れてはならない。みんなのために命をはって戦い抜いた者がいたということを。
「いよいよだな。なんか帰るだけなのに緊張するぜ。」
「そうだな。だいぶ長いこと留守にしてたからな。」
「あたししょっちゅう家出してたから、心配よりも先に怒られるかもなー。」
「ははは。でもずっと会えなかった人に会えるんだから、それはやっぱりうれしいことだよ。」
確かに優樹の言うとおりだ。父さんも母さんも夏美も元気にしているかな。心配かけちゃったな。帰ったら謝らないとな。
「よし、準備はいいな?」
「うん。」
「あ!待って!」
「…!?」
画面を押すぎりぎりのところで早乙女が叫ぶ。
「あっぶな…。危うく押すところだったぜ。」
「連絡先聞いておかないと!このままじゃ帰っても会えないよ。」
「確かにそうだな…。でも連絡先じゃマイが…。」
「あー、そうだよね…。」
連絡手段を持たないマイと合流するには、別の方法を考える必要がある。
「じゃあどこか目印になるような場所に集まればいいんじゃないかな。例えば東京スカイツリーみたいな。」
「いや、それもマイにはわかんないと思う。」
「じゃあどうすれば…。」
せめてマイの居場所を俺たちに伝えることができたら…。
「一つ気になってたんだけど、マイちゃんってきっと美織のいなくなった場所に転送されるんだよね。」
「多分そうじゃないか?」
「なら私マイちゃんのいる場所わかるかも。前に美織の住んでいる場所を聞いたことがあって、よく渋谷駅を利用してたって言ってたから、その近くにいるかも。」
渋谷か。それなら電車で一本だし、十分行ける範囲だ。
「マイちゃん、転送されたら犬の銅像を目指してもらえるかな。私たちもすぐに向かうから。」
「犬…。わかった。」
「じゃあ今度こそ帰ろう、俺たちの住む場所へ!」
転送の文字を押すと、足元が光り始め、ゆっくりと転送が始まる。そして同時にこの世界との別れの瞬間が迫っていく。
「みんな、渋谷駅でまた会おうな!」
「また後でね!」




