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第八十五話 いつもと違う世界

「ん…。あれ、いつの間に寝てたんだ。」


 あたりを見回すと、みんなその場で寝ていた。中には椅子から転げ落ちて床に寝ている人もいた。


「はは、昨日あんなに盛り上がったからな。もう少し寝かせておいてやるか。」


 俺は外の空気を吸いに酒場を出て、マナの木まで歩いくことにした。あの場所は町全体が見渡すことができる上、空気も澄んでいる。


 朝早いため、街はまるで時間が止まったかのような静寂に包まれている。誰もいない街中を一人歩く。見慣れた街のはずなのに、知らない街を歩いているみたいで、少し不思議な感覚になる。


「あれ、こんな道あったかな。」


 坂を上る途中にある、店と店の間の路地。普段は人通りも多いのでわからなかったが、せっかくなのでこの道を行ってみることにした。


「へー、こんな場所があったのか。」


 この道を歩いていくと、すぐ右手に小さな広場があり、気軽にくつろげるスペースとなっていた。よくよく観察しながら歩いていると、まだ知らない発見がたくさんあって、朝の散歩もいいなと思う。


 マナの木のふもとにつくと、グッと伸びをする。


「風が気持ちいいなー。」


 さわやかな風が心地いい。疲れた体を癒してくれる。


「今日でこの街ともお別れかー。しっかりと目に焼き付けておかないとな。」


 そんなことをしみじみと思っていると、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。


「やっぱここにいたんだね。」


 まぶしい光に照らされながら、現れたのは真白だった。


「真白も起きたのか。ここ良い場所だよな。」

「そうだね。」


 真白はマナの木のほうへと歩いていく。そして手をそっと木肌にあてる。


「全部この木が守ってくれたんだよね。いつもこの場所から街のみんなを見守ってくれた。」


 マナの木は魔物を寄せ付けない。何年もの間一歩も動かずに街を支え続けてくれたんだ。そしてこれからもずっと。


「いつか俺もこの木のように強く、誰かを守り続けられるような人間になりたいよ。」

「そのためにはもっと頑張らないとね!」


 真白は元気な声で言う。


「はは。そうだな。少しずつ頑張っていくよ。」


 今は自分のことだけで精いっぱいだけど、みんなのことは、みんなの笑顔は守れるようにならないとな。


「そろそろ戻ろうか。みんなも起きてるかもしれないし。」

「それもそうだね。」


 俺は真白の手にふれ、ぎゅっと握る。


「え、ちょっ。どうしたの。」

「せっかくなんだから手をつないで帰ろう。」


 酒場に戻るまでの短い時間だけでも触れていたい。小さな手から伝わるぬくもりを感じていたい。


「…もう十分すぎるほど守られてるよ。」

「何か言った?」

「ううん。何も。」






「おかえりなさい。」


 酒場に戻ると、マイが一人起きて掃除をしていた。ほかのみんなはまだ気持ちよさそうに寝ている。


「ただいま。マイちゃんはどうして掃除なんかしているの?」

「あ、えっと。なんか目が覚めちゃって。お世話になったし掃除でもしようかなって。」

「マイ…。」


 なんていい子なんだ。一人でずっと掃除を…。


「俺たちもやるよ。」

「そうだね。どうせなら昨日よりもきれいにしちゃおっか!」


 こうして元の世界に帰る前の大掃除が始まった。最初はみんな寝ていたものの、気が付けばみんな酒場の掃除をしていた。予想以上の大掛かりな掃除によって、酒場は昨日どころか、最初にこの店に来た時よりもきれいになった。


「ふう。これほどまでにきれいだと、気分もいいな。」

「うん。ばっちり目も覚めたしね。」

「ありがとよ。いつか掃除しようと思っていたが、忙しくてな。助かったぜ!」

「じゃあこれは昨日の分のお代ということで。」


 おごるとは言われたものの、イッテツさんにはかなり助けられたので、少しでも役に立つようなことができてよかった。


「さて、俺たちはそろそろ元の世界に帰るけど、あんたらはどうする?」

「僕も帰るよ。もう思い残すこともないしね。」

「んー。俺はどうしようかな。春人君はどうするんだ?」

「俺たちは最後に寄って行くところがあるから。」


 昨日のうちにまだ一か所だけ行っていない場所がある。行かなくてはならない場所だ。


「なら俺もついていくよ。」

「そうか。ってことはここでお別れだな。またどこかで会おうぜ!」


 大河たちは手を振りながら元の世界へと帰っていった。


「言っちゃたねー。」

「うん。わかってはいたけど、一気に寂しくなったね。」


 酒場にはもう俺たちとここに住んでいるイッテツさんたちしかいなくなった。


「お前さんたちももう行くのか。」

「ああ。お世話になったな。」

「ちょっと待ってくれ。」


 少年が俺の裾を引っ張る。


「どうしたんだ。」

「いや、その…。ありがとな。」


 少年は恥ずかしそうに顔をそらしながら言う。


「気にすんなって。ちゃんとルナちゃんを守ってやるんだぞ、お兄ちゃん。」

「…当たり前だろ。」

「それでこそ男だ。」


 俺は優しく微笑んで肩をポンとたたく。


「それじゃあ行こうか。イッテツさん、お世話になりました。」

「おう!また来いよ!いつでも待ってるからよ!」

「そのときはまた安くしてくださいね。」

「任せとけ!」


 お別れを告げ、俺たちは最後の目的地へと向かった。

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