第八話 夢
「部屋がない!?」
「申し訳ございません、お客様。本日はもうすべて部屋のほうが埋まってしまいまして」
アルドラに薬草を届けた後、宿を探す春人たちだったが、時間もかなり遅いせいかなかなか宿を見つけられずにいた。
「あ、お客様! 1部屋だけなら空きがありました。どうなさいますか?」
「1部屋ですか……」
別の宿屋に行っても部屋に空きがある保証はないし、この宿屋の部屋がいつまでも空いている保証もない。ほかの宿屋を探している間に、部屋が埋まってしまう可能性も十分にあり得る。
しかし、まだ出会って数日の年頃の男女が2人きりで、しかも同じ部屋で1泊過ごすなど、簡単にお願いしますと言えるわけもなく、春人は悩んでいた。
「どうしようか」
真白は口に手を当てながらそういった。
部屋に泊まるか止まらないかでこれほどまでに悩んだのは初めてのことだ。そもそも修学旅行を除いて、家族以外の人と外泊した経験がない春人にとっては、どこまでが普通なのかという基準点がわからない。
「俺はその……、真白に任せるよ」
最終的に春人のとった手段は『他人に任せる』であった。これがこの場を切り抜ける最善策だと春人は判断したのだ。
「えーずるいよ。んー……、変なことしない?」
上目遣いで見つめてくる真白を見て、思わずドキッとする春人。ごちゃごちゃした頭の中を整理し、春人は自分が安全な人間であるかを見極める。その結果、自分は安全な人間であることが分かった。そもそも女性との交流が少なすぎて、変なことのバリエーションの乏しさに自分で少しがっかりなくらいだ。
「……しない自信しかない」
「ふふ。じゃあ大丈夫かな。一緒で」
「かしこまりました。ではカギをお渡ししておきます。何か困ったことがありましたら、受付までお越しください」
何とか部屋を確保することができた春人たちは、大きなため息を吐くと、部屋にあるベッドにダイブする。
「ああー、これいいなぁ。めちゃくちゃ気持ちいいー」
少し硬めのベッドが疲れのたまった体にちょうど良い。二人は元の世界とよく似たつくりに、実家のような安心感を感じていた。
「ふう、休憩したらおなかすいちゃった。私何か作ろうか」
「料理できるの?」
「よく料理してたからね。結構自信あるんだよ」
腕まくりしながら自慢げに言う真白の表情は、いつもよりも柔らかい。
料理ができるということは、カップラーメンくらいしか作れない春人にとって、素直に感心できることだった。
「なにがいい?」
「えーっと……、ハンバーグとかって作れたりする?」
ハンバーグ――それは春人の一番の好物。最後の晩餐はハンバーグと決めているほどである。
「ちょっと時間かかるけど、それでもいいかな?」
「構わないよ。俺も何か手伝えることあるかな?」
「ううん、大丈夫。春人君は休んでて」
そういうと、真白はすでに買っておいた食材で手際よく料理を始める。基本的な食材は元の世界とも差異はないので、作り方に変化はない。
ふんふんふーん――鼻歌を歌いながら料理をする真白の後ろ姿は、ついさっきまで命がけの戦いをしていたものとは思えない。
「……真白っていい奥さんになりそうだよなあ」
春人の口からつい本音がこぼれる。幸いにも料理中の真白の耳には届かなかったようだが、春人は一人で耳を真っ赤にして照れる。
「――できたよー……って、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
春人は何事もなかったかのようにごまかして、何とかこの場を切り抜ける。
「ふーん、まあいいか。それよりもどうかな?」
目の前に置かれた料理は信じられないくらいおいしそうだった。ちょうどよい焼き加減に加え、上にかかったソースが一段とハンバーグの魅力を引き立てている。
早速一口目をいただく春人。
「食材があまりなかったからこんなものしか作れなかったけど……、どうかな?」
「……まい。これ、めちゃくちゃおいしいよ! 毎日食べたいくらいだよ!」
これには思わずハンバーグ通の春人も驚かざるを得なかった。とろけるような柔らかさに、一口噛むと口いっぱいに広がる肉汁が胃袋を満たしていく。
「毎日って……」
真白は顔を赤らめて、まんざらでもないような顔をしている。
「――喜んでもらえてよかった。」
春人はあまりのおいしさに、あっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
「……ねえ、覚えてる? 私には夢があるって言ったこと」
「うん、覚えてるよ。そういえばどんな夢なんだ?」
「私ね、幼稚園の先生になりたいの」
そう話す真白はどこか自信がなさそうに見えた。
「ずっと幼稚園の先生を夢見て勉強してきたけど、自分に自信が持てなくって。それでお母さんに相談したら、『やめておきなさい。あなたにはもっと向いている仕事があるわよ。』って言われちゃったんだ」
「でも真白は幼稚園の先生になりたいんだろ」
「うん。でも……」
「自分を信じないで叶えられる夢なんてないよ」
春人はまっすぐ真白の目を見て言う。
「誰に何を言われても、自分がなりたいと思ったら自分を信じなくちゃ。誰かに反対されて揺らぐようなら、叶うわけないよ」
「春人君……」
「俺は応援するよ、真白の夢。だって俺は真白がすごい奴だって知ってるんだから。夢のない俺にとって真白は輝いて見えたんだ。何かのために必死になれるって簡単なことじゃないと思うから」
何一つ偽りのない、春人から見た真白の姿。
真剣に話を聞いてくれる春人を前に、心なしか真白の目は少しうるんでいるように見えた。
「――ありがとう。そんなこと言ってくれる人初めてだよ。そうだよね。自分を信じないとだよね。私頑張ってみるよ」
「うん。だから早く元の世界に戻らないとな」
それから二人はしばらくたわいもない話で盛り上がり、気が付いたらその場で眠ってしまっていた。
◇◆◇◆◇◆
「――んん。あれ、いつの間に眠ってたんだ?」
翌朝、目が覚めた春人は、いつものように冷たい水で顔を洗おうと蛇口に手を伸ばす。すると、左腕についている装置が光ってることに気が付く。
「なんだこれ?」
スイッチをおしてメニュー画面を開いてみると、一通のメッセージが届いていた。
「こんな朝早くにだれからだろう」
目をこすりながらメッセージを確認する春人。どうやらメッセージの差出人はアレンのようだ。
『朝早くに悪いな。お前に頼みたいことがある。俺はコラドの街の東側にある武器屋にいるからよ、時間があったらちょっと来てくれ』
コラドの街の東側にある武器屋は、今二人たちのいる宿屋の反対側に位置している。
「――なに、どうしたの?」
目を覚ました真白が、洗面所の入り口からひょこっと顔を出して聞く。
「アレンからメッセージが届いてたんだ。なんか困ってるみたいだから行ってみようと思うんだけど、どうする?」
「私も行くよ」
特に予定もなかった春人たちは、朝の支度を済ませると、アレンのいる武器屋へと向かった。




