第十一話 少女の涙
「もう大丈夫。よく頑張ったね」
ハルザたちを縄で縛り安全を確保した春人たちは、少女のもとへと集まっていた。
「……もう自由なの?」
「うん。君を縛るものはもうないんだよ」
ずっと一人で奴隷のように扱われてきた日々は、想像もできないほどつらいものだっただろう。頼る人間もいなければ、支えになるものもなく、少女は明りの灯らない牢獄に捕らわれていたのだ。
それでも少女は自らの意志で変わることを選んだ。これまで自分を縛り付けていた恐怖という名の鎖を、必死にほどこうとしたのだ。それがどれほど勇気のいることだっただろうか。
「よければ君の名前を教えてくれないかな?」
「――マイ。それがマイの名前だよ」
「そっか、じゃあマイちゃん。これからどうする? 私たちと一緒に来る?」
そう問われてマイは少し困惑した表情で首を傾ける。
「……私迷惑ばかりかけちゃうかも知れない。そうしたらまた……」
「迷惑なんていくらでもかけていいよ。それを支えあうのが仲間なんだから」
「でもマイ、普通の人間じゃないよ……?」
そういって、マイはかぶっていたフードをとる。すると、フードの中から可愛らしい小さな耳がぴょこっと出てきた。茶色い髪から姿をのぞかせている耳が、子猫のような愛くるしさを漂わせている。
「――マイね、猫の獣人なの。だから、みんなの仲間には……」
「かわいいーー!」
マイの言葉をさえぎるように、真白が目を光らせて言う。
「マイちゃんすっごくかわいいよ!」
「え……」
マイの姿を見て興奮している様子の真白。真白のこれほどまでにキラキラした目を見るのは初めてかもしれない。
この世界では獣人という存在はとても貴重なようで、最初の大陸では存在すら確認されていない。異世界といっても、アニメやゲームで見るような種族の人間はいないのだと思っていた春人であったが、マイという猫の獣人を目の前にして、実のところ春人も興奮している。
「そんなこと気にする人はここにはいないさ」
春人はマイの頭を優しく撫でながら、にっこりと笑う。
「みんなと一緒にいてもいいの?」
「もちろん。大歓迎だよ」
マイの目に涙があふれる。きれいな透明の涙は、頬を伝ってゆっくりと落ちていく。それをマイは猫のように手を丸めて拭う。
「マイ、こんなに優しくしてもらったの初めてで……。なんだろう。心がポカポカするの」
「それはきっとうれしいからだよ。だから私もポカポカだよ。一緒だね」
真白はマイをぎゅっと抱きしめる。そのぬくもりを感じて安心したのか、マイは真白の腕に抱かれたまま眠ってしまった。その表情からは不安は一切なくなっており、遊び疲れてしまった子供みたいだった。
「よかった。これで一件落ちゃ……」
春人は視界が真っ暗になって、その場で倒れこんでしまった。受けたダメージがたまって、体力の限界を迎えてしまったのだ。戦闘で温まった体に地面の冷たさがちょうどよくて、今にも眠ってしまいそうだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
アレンは急いで春人にポーションを飲ます。
「もう! 人には危険だとか言っておいて、自分は無茶するんだから! どうなることかと思ったよ……」
「ごめん。これからは気を付けるよ」
春人は以前真白に言った言葉を思い返しながら、
――人って誰かのためになると、意外と自分のことって忘れるんだな
なんてことを考える。結果としてうまくいったが、無茶してもうまくいくとは限らないことなど春人も百も承知だ。それでも無茶してしまうのは春人の性分なのだろう。
「ほら、肩貸してやるから」
「ありがとう」
やがて3人はマイを連れて街へと戻る。
後にマイを利用していた男たちは黒谷たちにより発見され、これまでの数々の犯罪行為が明らかになり捕まった。あの素材も盗品という事実が発覚し、当然依頼はなくなり、無事騒動は収まったという。
◇◆◇◆◇◆
「ぷっ、はっははは! やべぇ、笑いが止まらねー。」
「ちょっと、さすがにやりすぎじゃない? かわいそ……ぷっ……だよ。」
「お前も笑ってんじゃねーか。」
春人が目を覚ますと、真白とアレンが春人の顔を見て笑っている。あれから街に戻る途中で眠ってしまったようで、アレンと真白が宿まで運んでくれたらしい。
二人の笑い声でマイも目を覚ました。大きく伸びをして、目をこすりながら春人の顔を見る。
「ん……ふぁぁ。あれ、お兄ちゃんの顔変だよ?」
「変……?」
何かついているのかと洗面所に向かう春人であったが、鏡を見て二人が笑っていた理由を確信する。顔中にマジックペンで落書きがされていたのだ。子供っぽいいたずらではあるが、やられた側は気が付かないうえに、消すのが意外と大変でかなり面倒くさい。
「おい、アレン! お前!」
「すまんすまん。あんまりお前がぐっすり寝てたもんで、ついやっちまった」
「何がついやっちまっただよ。まったく……」
起きて早々散々な目にあった春人だが、宿まで運んでくれたことを考えると、あんまり文句も言えない。これもまたある意味で、生きているからこそできることだと割り切って、春人は今後のことについての話をし始める。
「なあ、アレン。俺たちのパーティーに入らないか?」
「私からもお願いします。マイちゃんの安全を考えると、アレンさんがいてくれると心強いです」
「そういってもなあ。俺は鍛冶屋だからな。」
「もちろん無理にとは言わないけど……」
この先敵も強くなっていく中でマイを守っていくには、二人だけでは少し厳しい。これからの環境下で生きていくためには、圧倒的に人数が足りない。もし、またあの時のように逃げられない状況下に置かれたら終わりだ。
「――そんな顔すんなよ。もともと断るつもりなんかねーよ」
「それってつまり……」
「ああ、パーティーに入ってやるよ。その代わり、素材集めとか手伝ってもらうからな」
「助かるよ!」
こうして春人は、マイとアレンのパーティーの加入を済ませる。メニュー画面には4人の名前が刻まれており、少しづつではあるが、着々と仲間が集まってきた。最初の頃と比べれば大きな進歩だ。
やがて、4人は少し早い昼ご飯を食べることにした。
「また、真白の料理が食べれるなんて」
「ふふ。サンドイッチでいいかな?」
「さんどいっち?」
この世界にはサンドイッチという料理は存在しないらしく、マイはとても興味津々な様子で聞く。
「いろいろな具材をパンで挟んで食べるんだよ。一緒に作ろっか」
「うん!」
初めてのサンドイッチづくりに、マイは終始興奮しっぱなしだった。
「マイちゃん、鼻に卵クリームがついてるよ」
「えー、どうしよ。手もこんなになっちゃってるから……」
「じゃあ、私がとってあげるね」
そんな内容の会話が続いている。微笑ましいその姿はまるで本当の親子のようだ。
「それで、お前さん。真白のことどう思ってんだ?」
「どうって?」
「とぼけんなよ。好意とかはねーのかって話だ」
いままで一緒に戦ってきたが、こんな世界だからかそんなことは考えたこともなかった。確かに真白はきれいだし、料理も上手で、子供思いなとても魅力的な女性だと思う――でも……。
「俺にはまだそういうのわかんないかな。」
何しろこんな感覚生まれて初めてなのだから。
「へー、なるほどな」
「何がなるほどなの?」
サンドイッチを作り終えた真白とマイが、キッチンからテーブルへとサンドイッチを運んでくる。
「いや、何でもないよ」
「うお、こりゃ確かにうまそうだな!」
「マイちゃんが手伝ってくれたおかげだよ」
「えへへへ」
マイはとても照れくさそうに笑う。もうすっかり元気みたいで、とりあえず一安心だ。
「それじゃあ、いただきまーす」
しっかりと手を合わせて食材に感謝し、サンドイッチを手に取って口に運ぶ。
「おいしい!」
みんなとてもおいしそうに食べる。特にマイは幸せそうな顔で食べている。
「こんなにおいしいの初めて!」
「よかった。喜んでもらえて」
あっという間にお皿は空になった。マイの見事なまでの食いっぷりに思わずみんな笑顔になる。
「どう? みんなで食べるご飯は」
「……すごくおいしかった」
マイにとって誰かと一緒にごはんを食べるのは初めての経験。
自分で作ったご飯を食べるのも初めての経験。
今日という日はマイにとって初めてだらけの一日。
「次はもっとおいしいの作ろうね。」
「次?」
「うん。これからは一緒にご飯を食べるんだよ」
これからは『初めて』が『日常』になる。そんなことがマイにはとてもうれしいことだった。
もうこの子がつらい日々を思い出すことがないように、俺たちの当たり前がこの子にとっても当たり前と思えるようにしたい。誰も悲しまなくて済むように――春人は心からそう思うのであった。




