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第十話 勇気

「うぅ……、ごめ……さ……。……なさい」

「どうしたの?こんなところで」


 一人で苦しそうに泣いている少女に、真白は近寄って声をかける。


「……ごめんなさい。マイが弱いせいで、皆さんをこんな目に……。うぅ……」


 自分を悲観的に捉える少女は、両手で顔を覆いながら泣いている。


「えっと……。よくわかんないけど、張り紙を貼った子は君であってるのかな? 一度俺たちに事情を話してくれないかな」


 春人が少女に話を聞こうとしたとき、洞窟の入り口からゲラゲラと笑う声が聞こえてくる。見れば入り口には10人ほど人相の悪い男たちが、入り口をふさぐように横並びで立っている。


「――よお。よくやったなガキ。早速バカがつられてきやがった」


 顔中にピアスを付けたリーダー格の男が言う。男は頭を掻きながら、人を小ばかにしたような態度で春人たちのほうへと歩いていく。


「どーもぉ。俺が依頼をしたハルザだ。さっそく例の物を渡してもらおうか」

「……それよりも先に聞きたいことがある。この子はお前たちのなんなんだ。どうしてこの子は泣いているんだ」


 少女はハルザと名乗る男の声を聞いたとたん、体を震わせ始めたのだ。その姿は何かに怯えているようだった。


「あー……、そいつは俺たちの仲間だ。なあ?」

「……はい、そうです……」


 そう答える少女の声は震えている。その声からは生気を感じない。


「そいつがいると便利なんだよなぁ。俺が命令すれば、絶対断らずに言うこと聞くんだぜ? 最高だよな」

「ふざけるな! 何が仲間だ! そんなのは仲間とは言わない! 仲間っていうのは互いに助け合って、笑いあえるもののことを言うんだよ! 恐怖で縛るもんじゃない!」

「あ? なんでてめーにそんなこと言われなきゃいけないんだよ。おいガキ! こっち来い。さもねーと……わかってんだろ」

「あんな奴の言葉聞かなくて……」


 春人が言い切る前に、すでに少女はハルザのもとへと歩いていた。その行動は自分の意思というよりも、何かに支配されているようだった。


「どうして……」

「はははは。言っただろぉ! こいつは俺の仲間なんだよ! わかったらさっさと頼んだ物をよこせ!」

「あなたに渡すものなんてないわ!」

「そうか……。しゃあ力尽くで奪うしかねえなー。お前ら、やれ!」


 ハルザの指示で、入り口に立っていた男たちが一斉に春人たちへと襲い掛かる。


「ちっ。どうするよ」

「――やるしかないな」


 人数が多いのをいいことに、男たちは春人たちの力量を測ることもなく、考えなしに突っ込んでくる。


「おらああ!」


 金髪のやや太った男が春人に殴り掛かる。しかし、春人はそれを軽く受け流すと、腹に1発拳を入れる。


「ぐおっ……!」

「あんまり俺たちをなめない方がいいぞ」


 人数差をもろともせず、春人たちは次々と男たちを倒していく。一人一人の強さはそれほど高くなく、十分3人でも勝てるレベルだった。


「大したことねーな」

「もうあなたたちに勝ち目はないわ! だからその子を放してあげて!」

「……勝ち目はないだと? はっはっは! そいつはどうかな」


 そういいながらハルザは少女を抱き上げ、首元に短剣を突き刺す。人質にされた少女はただ震えるだけで、泣うこともなければ抵抗もしない。


「――こいつがどうなってもいいのか?」

「なっ……!?」

「お前……!」

「動くんじゃんーぞ。少しでも動いたらこいつの命はねえ」


 声を張り上げ、春人たちに動かないように仰ぐハルザ。それに対して、春人たちは抵抗することができない。


「おい、おめーら。やれ。ただし殺すんじゃねーぞ。最後は俺がトドメをさす」

「うっす」


 倒れていた男たちが起き上がると、人質を取られて動くことのできない春人たちを殴り始める。容赦のない一方的な暴力に、春人たちは為す術なく倒される。


「はっはははは! ざまーねーなぁ! どうだぁ? 便利だろ! こいつは!」

「ふざ……けるな。……その子は……お前の道具なんかじゃ……ない」


 ふらつく足で春人は立ち上がる。


「しっつけーな。そいつを起き上がれないくらい殴ってやれ」

「うっす」


 先ほど殴られた恨みからか、顔を重点的に殴る男たち。攻撃の雨は止むことなく降り注ぐ。


「ぐっ……!まだ……だ。俺はその子の……本当の気持ちを聞くまでは……絶対に倒れない!」

「なんなんだこいつ! いい加減に倒れろよ!」


 何度殴っても倒れない春人にイライラした、坊主頭の男の全力の一撃が春人の腹にはいる。


「がはっ!!う……ぐ……」

「春人君!!」

「はぁはぁ……。やっと倒れたか。ちっ、手こずらせやがって」


 殴られ続けた春人は、だんだんと薄れゆく意識の中に、少女の姿を見る。泣きながら助けを求める少女の声。


 ――俺はまだ倒れるわけにはいかない!


 痛みで今にも倒れそうな体に鞭打って、春人は再び立ち上がる。


「なっ!?」

「――ずっと怯えたままじゃ変われない。逃げてばかりじゃ何も変えられない」

「何を言ってんだてめーは! その体でなぜ起き上がれる!?」

「誰かが勇気を振り絞って一歩を踏み出そうとするなら、俺がそれを支えてやる」

「だまれだまれだまれ!」


 必死に何かを訴える春人。その瞳には少女の姿が写っている。


「もう春人君を殴るのはやめて! 代わりに私がいくらでも殴られるから……! だから……もうやめて!」


(マイのせいであの人たちが殺されちゃう……。私はどうしたらいいの……? 私は……。)


 少女はずっと誰かのいいなりだった。命令されるばかりの少女の生活に、自由など存在しない。満足にご飯を食べさせてもらうこともなければ、言われたとおりにできないと殴られるなんて日常茶飯事だった。


 ――でも、これが普通なんだって。マイはずっとこのまま生きていくんだって思ってた。逆らおうなんて考えたこともなかった。いや、そんなことをする勇気がなかったんだ。


 そんな少女の目の前には、必死になって助けようとしてくれる人がいる。手を伸ばせば、手をとってくれる人がいる。


 ――今ここでマイが何もしなかったら、もう二度と変われないかもしれない。……そんなのいやだ。勇気を振り絞って、前に進むんだ。


「マイは……変わりたい!!」

「あ?」


 覚悟を決めた少女は、ハルザの手を思い切り噛む。鋭い歯で噛まれたハルザは、思わず少女を抱えていた手を放してしまう。その一瞬のスキをついて、少女は全速力で逃げだす。


「いってぇな! このクソガキィ!」


 ハルザはもう一度少女を捕えようと追いかける。人質を失った焦りから、ハルザは少女を追いかけるのに夢中で、春人たちへの注目が逸れる。その好機を春人たちは見逃さなかった。


「アレンさん! 春人君のほうをお願いします!」

「おう」


 アレンは春人、真白は少女のもとへとそれぞれ駆け寄る。


「よくがんばったね。あとは私たちにまかせて」


 真白は少女を優しく抱く。感じたことのないそのぬくもりに、少女は何が起きているかわからないような顔をしている。


「アレン。こいつらの相手、頼んでもいいか」

「ああ。任せとけ。俺が全員倒しておいてやるよ」

「――助かるよ」


 春人はハルザのほうへと歩みより、にらみつける。


「くそ! 死にかけのガキの分際で俺をにらむんじゃねぇー!!!」


 怒り狂ったハルザは、手に持っていた短剣を春人の顔めがけて突き刺す。


「……」


 春人は無言で突きをかわし、今までの怒りをこめて顔をぶん殴る。


「うぉぉぉぉ!!! いてぇーーー!!!」


 手加減なしの全力パンチを食らったハルザは、鼻から血を垂らして苦しそうにしている。


「……あの子の味わった苦しみはこんなもんじゃない」

「わ、悪かった! 頼む! もうなにも悪いことはしないから、見逃してくれ!」


 先ほどの威勢はどこかへ消え、ハルザは頭を垂れて命乞いをする。


「謝る相手は俺じゃないだろ。お前が今まであの子にやってきたことを反省しない限り、俺はここでお前を斬る」

「わかった! わかったから剣を下ろしてくれ!」


 そういってハルザあ立ち上がると、春人をちらちらと見ながら少女のほうへと歩いていく。そして、ある程度春人から離れた次の瞬間――


「バカめ! 俺が反省なんかするかよ! じゃあな!」


 そのまま仲間を置き去りに、ハルザは出口の方へと走り出す。しかし、ハルザの逃げる先にはすでにアレンが立っていた。


「どこ行く気だ?」

「お前……!? くっそ……みんなやられたっていうのか。使えねー奴らだ」

「あなたみたいなクズ野郎がリーダーのせいでしょうね」

「そういうことだ」


 春人は剣を構え、ハルザのもとへと歩み寄る。そして、尻をついて慌てふためくハルザの前に立ち、剣を振りかざす。


「おいおい、うそだろ……!」

「――言っただろ、反省しなければ斬ると」

「やめてくれ、死んじまう!」


 春人は思いきり剣を振り下ろす。


「ぎゃああああああ!!」


 春人は頭の上ぎりぎりのところで止めた。しかし、ハルザは叫び声をあげると、白目をむいてそのまま気絶してしまった。


「……もう二度と誰かの幸せを勝手に奪うな」

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